読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

肝胆ブログ

かんたんにかんたんします。

「三好長慶と曜変天目茶碗」  徳島新聞 徳島市男性の「曜変茶碗」化学顔料ほぼ検出されず

 

 

続報はあるまいと思い込んでいた曜変天目茶碗のニュースが入ってきたので
かんたんしました。

せっかくなので、曜変騒ぎや三好長慶に関する雑感でも
書いてみようかと思います。

 

まずは曜変の件。

 

徳島市男性の「曜変茶碗」 化学顔料ほぼ検出されず【徳島ニュース】- 徳島新聞社

 

贋作贋作と言われてしまった曜変天目の持ち主の方が、
奈良大の魚島純一教授(保存科学)に鑑定を依頼したとのことです。


結果。

 

18世紀以降に開発された化学顔料はほぼ検出されなかった

 

魚島教授は「どの色にX線を照射しても、ほぼ同じ成分が検出され、使われた釉(ゆう)薬(やく)は1種類とみられる。この結果が出たことで偽物とは断定できなくなった」と話した


とのことであります。

記事にある通り、

 

番組での鑑定結果に異論を唱えていた専門家は、中国の模倣品と斑紋が酷似していることを理由に「化学顔料が使われている」と訴えていたが、その主張を覆す結果となった。


とひとまずは言えそうです。
持ち主の方はさぞ嬉しかったことでしょうね。


とは言え、一足飛びに「じゃあ本物なんだね」とはなりません

あくまで今回分かったのは、
「18世紀以降に開発された化学顔料はほぼ検出されなかった」
ということだけなのですから。

持ち主の方の協力を得られるのであったとしても、
まだまだ検証のポイントは多いと思われます。


<科学的鑑定>

①茶碗の成分的に、つくられたのは何世紀と推定されるのか
  -現代人が化学顔料を使わずに、奇跡的につくったのかもしれない

②茶碗は南宋時代の同種の茶碗と同じ特徴・成分を有しているのか
  -当時の日本人が奇跡的につくったのかもしれない


<史学的鑑定>

③本当に三好長慶由来なのか
  -確かに南宋時代の茶碗でも、いわれが違うかもしれない


<美術的鑑定>

④本当に「曜変」なのか
  -長慶由来の南宋の天目茶碗でも、曜変とは認められないかもしれない

曜変だとして、美しい、価値があると認められるのか
  -曜変だけど「格落ち」と判断されるかもしれない


と、思いつくだけでもチェック項目は多そうです。
もっとも、①②を満たした時点でけっこうな値打ちものでしょうけど。


私としては、

①②は予想しようがないので専門家に委ねるしかない、
一旦確かに南宋時代の天目茶碗だと仮定した上で、

・③は三好家由来っぽいが、三好長慶が使用した確証は得られない
 (他の三好一族由来である可能性の方が高い)

・④⑤は向こう数十年、「曜変」とオーソライズを得られることはない

辺りが暫定の検証結果となる気がいたします。


③について。

四国に貴重な茶碗が伝わったとなれば、「三好一族」はアリだと思います。

ただ、既に色々な方が指摘されておりますが、
なんでも鑑定団では家系図・由来書が妙に新しい品のように見えた上、
三好一族で茶の湯となると、長慶よりも宗三か実休が思い浮かぶのですよね。

長慶は茶の湯というより連歌の人です。

一方で宗三と実休は知る人ぞ知る茶数寄者で、一般的にはマイナーながら、
茶道の歴史においては長慶よりもメジャーな存在であります。

例えば「清玩名物記」というドキュメントには、
「耀変の持ち主は元々近江の六角殿で、今は三好実休である」
ということが記されています
(出典:三好長慶 宮帯出版社 今谷明/天野忠幸監修)

 ※この「耀変」が今回の「曜変」かどうかは不明

宗三は刀剣乱舞で大人気の宗三左文字のまさにオーナーだった人で、
名物の大収集者、当時の武家を代表する茶人です
刀剣女子よ三好沼に来たれ。

宗三か実休、いずれか系の子孫が曜変天目を秘蔵していて、
何代も経つうちに細かい祖先の素性が分からなくなって、
江戸時代か明治・大正ごろに後から家系図・由来書を加えた……
折角だから長慶直系にしてやれ……とかはいかにもありそうに思えます。

大穴としては、死の経緯、墓の在り処がよく分からない
安宅冬康由来だったりしたらロマンがありますけどね。

現代人でも、自分の祖父の祖父の祖父がどんな人だったかとか分からないものです。
江戸時代も明治時代も、家系図づくりがブームだったようですし、
ちょっとくらいの脚色は当たり前だったようですし。

リアル三好家の傍流の子孫が、ハッタリを効かせたくて
三好一族最大の英雄「長慶」の直系子孫を名乗った。
くらいのかわいい結末なら穏健だと思います。

が、子孫を称する方が実際に現れて、
様々な角度から検証しないと結論は出ないでしょうし、
そうした検証が実現する可能性は低いでしょう。


まあ、茶碗が長慶由来だろうが宗三由来だろうが実休由来だろうが
三好一族とまったく関係ない人由来だろうが、
正直価値はあまり変わらないと思いますし。

テレビで中島誠之助氏も触れておられましたが、
茶の湯関係の芸術品って「誰から誰の手を経て……」という
由来の積み重ねが大事な世界です。

番組を観て誤解されている方も多いようですが、
長慶が駄目、信長や秀吉がOKという訳ではなくて、
有名人の手を経るごとに何割かのプレミアムがついていく、
そうしたバフの重ねがけが足りないという文脈だったと思うのですよね

どれだけ名品でも、「長慶→現代人」だけだと箔が足りない。
「長慶→Aさん→Bさん→Cさん→……→現代人」だったらよかったね、
ということなのだと私は受け取りました。

仮に現代人が超名品をつくったとしても、直ちに国宝にはなりません。
一目置かれるような人物の手に渡り、それが更にあの人の手に渡り、
数寄者の世界でだんだん話題になって、世間にも知られるようになって。
そういうプロセスが必要なのですよ。

美の価値って、そのもの以上に、そのものを愛した先人たちへの
敬意が大半な気がします。


色々書きましたが、
③については残念ながら真実が明らかになることはなく、
ご想像にお任せします的な感じになると予想します。

(①②で江戸時代につくられた品とかになれば別ですが)


④⑤ですが、これはもう審美眼の世界、面子の世界になってきますので、
我々庶民がどうこう言える領域ではないのですが、
まあ従来の曜変に権威を与えてきた人たちは認めないでしょう。

かんかんがくがくした上で、
「曜変と言えば曜変であるが、これは広義の曜変であり、狭義の曜変ではない」
とか実に哲学的な結論で棚上げされるのではないでしょうか

かつて「佐野乾山論争」というのがありました。
あれも結論はいまもって不明ですが、
基本的に新発見は権威から叩かれるものなのでしょう。
そして、それだけ新発見=贋作という事案が多いのでしょう。


それにしても、この④⑤。
③以上に、④⑤の方が三好長慶との親和性を感じてしまうのは私だけでしょうか。

 

「曜変は三点だけ」という定説に対して、突然現れた今回の曜変茶碗。

 

「戦国期の天下人は信長・秀吉・家康の三英傑だけ」という定説に対して、
近年急速に「最初の天下人」と賞され始めた三好長慶

 

似ている。
似過ぎている。

天下人議論で言えば、これまで信長の特異性や革新性をアピールして
ご飯を食べてきた人がたくさんいる以上、
「長慶が最初の天下人だよね」とオーソライズされることはしばらくないでしょう。

じゃあ長慶と信長の違いは?
官位の差、領国数の差、外交、秀吉という後継者を得たかどうか……などが
論点になるのだろうとは思いますが、そういう実証的なプロセスをすっ飛ばして
「信長を長慶なんぞと一緒にするな」という結論ありきにしたい人が多いでしょうし、
こじらせたニッチファン側も「むしろ信長が長慶の二番煎じ」的に煽り返して、
不毛な議論が続いて、そのうち皆飽きて放り投げてしまう。

なんだかそんな未来を想像してしまいます。

そして、曜変の④⑤も似たような議論になる可能性が高いと思います。

 

私個人としては、曜変の美はよく分かりませんが、戦国期の天下人は
細川政元・高国・晴元、長慶、信長・秀吉・家康の7人だと捉えています。
長慶ファンだけど、“最初の天下人”呼ばわりには違和感を覚えてしまうんですよね。 

天下人とは何か、曜変とは何か、ということを
まず定義して、ついでに素人にわかりやすくレクチャーしてくれると
ありがたいのですが。 

 

 

……まとめます。

仮に①②で「少なくとも南宋時代の天目茶碗ではある」と認められた場合、
③④⑤は論争の果てに「決着つかず」になると私は予想します。
(誰も傷つかない、優しい落としどころ)

そして、その「よく分からなさ」「人によって位置づけが違う感じ」が、
なんだかとっても三好長慶という人物に通じる感じがして、
面白いなあと思うのです


とりあえず、引続き①②の検証に進捗がありますように。

これだけ妄言を書いたのだから、あっさり「現代の作ですね」とかになりませんように。