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肝胆ブログ

かんたんにかんたんします。

「牧師館の殺人」アガサ・クリスティーさん(羽田詩津子さん訳)

 

 

アガサ・クリスティーさんのミステリ「牧師館の殺人」にかんたんしました。

 

www.hayakawa-online.co.jp

 

 

 

ネタバレはしません。


超人気作家なので当然と言えば当然なのですが、
アガサ・クリスティーさんの作品はハズレがないというか、
ミステリが読みたくなった時に迷ったら選んどけという安心感があります。
(と言っても、5-6冊しか読んだことはないのですけど)

去年の末にNHKで「そして誰もいなくなった」のドラマもやってましたしね。


この小説は「ミス・マープル」という女性を主人公としたシリーズの
第一弾になります。

ミス・マープルとはどんな主人公かというと。

いわゆる「職業探偵」ではありません。
もちろん「警察官」「刑事」でもありません。

「片田舎」の「ゴシップ大好き婆ちゃん」であります。

この掴みが既に上手いですよね。
「近所の婆ちゃん」が殺人事件を解決する小説。
これだけで、ちょっと読んでみたくなりませんか。


この小説は、ミス・マープルではなく、クレメント牧師という人物の視点で
物語が進んでいきます。

殺人事件が起きて以降、関係者の話を聞いて回ったり遺留品を捜してみたりと、
いわゆる「にわか探偵役」の行動はすべてクレメント牧師が担当します。

その間、ミス・マープルが何をしているかというと?
ほとんど家から出ていかないで、近所の人(クレメント牧師含む)がもたらす
噂話を集め、分析し、仮説をつくり、検証して……ということを
一人で黙々と行っているのです。

そうして、ミス・マープルの中で完全な確信が得られた時、
始めて彼女は推理を披露し、それにしたがってクレメント牧師や警察が
犯人を追い詰めることになる訳です。


噂話をもとに「犯人はあの人ですよ。動機はこう、トリックはこう」と。
ミス・マープルはどうしてそんな離れ業ができるのか?

確かな記憶力、鋭い観察力に加え、人間心理に対する深い洞察力……
小説を読み進めていくと、彼女の尋常ならぬ能力と魅力に驚かされるばかりです。

 

わたしのように長いこと人間性を観察してきますと、多くのものを期待しなくなるんです。たしかにむだなおしゃべりはほめられたものではありませんし、残酷ですけど、たいてい真実をついていますのよ、そうじゃありません?

 

直感は言葉をつづらずに、言葉を読むようなものなんです。子どもはほとんど経験がないので、それができません。でも大人はその言葉を何度も見ているので、できるんです。

 

誰かを知るには、これまでに知っている人や出会った人と比較するしかありません。はっきりした類型は全部あわせてもほんの少ししかないとわかったら、驚かれるでしょうね


ミス・マープルはこうした台詞通りに事件を観察し、関係者の内面・人間性を洞察し、
人生で得た経験・類型と照らし合わせて……直感的に真実を見つけ出してしまうのです。
唸ってしまいますね。
安楽椅子探偵」という言葉があるそうですが、
この作品なんかがまさに当て嵌まるのでしょう。


ちなみに、私はクレメント牧師同様、ミス・マープルによる説明抜きには
犯人もトリックも分かりませんでした。

真相に関係する情報と関係ない情報が手元で混ざっていて、
関係ない情報の方に振り回されてしまったのです。
口惜しいですが、口惜しいだけミス・マープルの凄さが引き立ちます。

ミステリというやつはトリックを解けた作品よりも、
解けなかった作品、騙されてしまった作品の方が印象に残りますしね。


この作品の舞台となる「セント・メアリ・ミード村」も印象に残りました。

イギリスの話のはずが、なんか日本の地方部っぽい雰囲気なんですよね。
(これは訳者の羽田詩津子さんの力量も大きいのでしょう)

若者が少なくて、噂話が好きな年寄りはいっぱいいて、
表向きは平穏だけど裏では隠し事や揉め事や嘘がいっぱいあって。
人の数と出入りが少ない分、コミュニティメンバーの経歴や思想やプライバシーを
互いに知り尽くしてしまって、互いに複雑な感情も溜まっていて……。

こうした舞台設定が一人ひとりの登場人物に強力に作用し、
リアリティある性格や台詞に繋がっているように見受けられました。
ミステリに限らず、その時代や土地の匂いがするようなキャラクターを
生み出すことができれば、作品の質はぐっと上がるのでしょうね。


他の読んでいないミス・マープルものにも手を出してみようと思います。

その時もまた、事件に振り回されて、あっと驚かせてもらえますように。