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肝胆ブログ

かんたんにかんたんします。

「PTA、町内会、管理組合……“選抜”なき組織のリスク」

 

千葉県の幼女殺害事件はひどい展開になってきましたね。
こんなに遣る瀬無くかんたんしたニュースは久しぶりです。
(文面を追うだけで吐き気がするのでリンクは貼りません)

容疑段階ということで事件について確かなことは言えませんが、
まずは何よりも幼い命の冥福を祈りたいと思います。

 

 

さて、容疑者がPTA会長だったということで、
ここぞとばかりにPTA不要論とかPTA悪の組織論を唱える方も多いようです。

これは重大事件の犯人が朝にパンを食べたからパンが危険、
犯人がアニメオタだったからアニメが危険、
犯人が日本人だったから日本が危険、
といった風にあまり論理的な考えとは言い難いのですが、
もともとPTAという組織に人気がなかったり不信感があったりということで
日頃皆が溜め込んでいるモノが噴出しているのでしょう。


真面目に地域のために尽くしているPTAの方々は気の毒です。

 


……PTA、人気ないですね。


はっきり言って私も嫌な思い出しかありません。
周囲の、現在PTAに巻き込まれている若い親世代の方々も苦労しているそうです。


運営がいにしえの専業主婦スタイルだから
平日にだらだら何時間もミーティングさせられるとか、
紙資料を配って合理化を提案したら「びっくりするから紙とか配らないで!」と
先輩ママ方が発●して謝罪を求められたとか、
「皆我慢してるんだからあなたも我慢しなさいよ!」とバッシングされたとか。

子どもに「友達たくさんつくりましょう」と言いながら
ママ方は仲のよいグループで固まって陰口を言い合っているとか、
子どもに「たくさん勉強しましょう」と言いながら
ママ方は昔からこうだったんだから変えなくていいの! と思考停止してたりとか。
子どもに「失敗を恐れずなんでも挑戦しましょう」と言いながら
ママ方は新しいことを提案する人を集団で責め尽くすとか。


話を聞いていると、いまだにそういう実態だそうです。

そういう実態だから、働いているママはもちろんのこと、
パパ方も呆れてPTAに関わろうとしないんですって。
PTAに関係のない行事では皆けっこう協力的なのに。

それで、PTAの役員とかやる人が固定化されていって、
ますます昔ながらのやり方に凝り固まって、
ますます働いているママ方やパパ方をドン引きさせている。
組織が一種のアホスパイラル状態に陥っていますね。

 

 

前置きが長くなりましたが、私はこれまでの乏しい人生経験の中で、
「人事選抜過程のない組織は信用しない」と考えるに至っています。

 

選抜。

面談、試験、選挙、歴代上司の評価積み上げ……色々とあります。
紹介者が責任を負うならば、縁故や家柄採用ですら選抜と言っていいかもしれません。

企業だろうが公務員だろうが、たいていの真っ当な組織には選抜過程があります。
採用段階、出世段階、様々なプロセスで人はふるいにかけられるのです。


もちろん選抜過程があろうが、不祥事や人選ミスは起こります。
リスクをゼロにすることはできません。
それでも、「やる気さえあれば入れます、リーダーになれます」という
組織よりは遥かにマシだと確信しているのです。


会社にお勤めの方へ。
やる気だけで、能力不問で人を採用すると聞いたらどう思いますか。
やる気だけで、能力不問で経営者を選んだら何が起こるか想像つきますよね。


お役所にお勤めの方へ。
やる気だけで、選挙要らずで知事や市長を選ぶと聞いたらどう思いますか。
やる気だけで、身辺調査なしで政治家を選ぶ危うさ、よくよくご存知ですよね。


試験、面接、選挙、歴年の評価積み上げ、
これらはけっこうストレスのかかるイベントですが、
それでも意味があるからどこの組織でもやっているのです。

法人の世界においても。
製品コンペ、信用調査や財務査定、長年の実績、今後の展望プレゼン、
様々な観点で取引先や融資先は選抜されているのです。

当たり前と言えば当たり前ですが、
そして人が人を選抜すると言うとどうしても不遜に感じますが、
これもけっこうな人間の英知なんですよね。



さて一方で、世の中には、こういう選抜過程を経ないで
リーダーを決めているめでたい組織が存在します。

そう。
PTA。町内会。マンションの管理組合。
すなわち、「面倒だからなり手のいない組織」

誰かがやらなくてはならない(ということになっている)、
だけれどやりがいも報酬も期待できない。

結局、無能だけど時間と意欲だけはある人くらいしか手を上げない。
(有能な人はたいてい既に実生活の予定が埋まっている)
「やる気」だけでリーダーを選ぶ組織になってしまっているのです。

仮に、たまたま超有能な人がリーダーを務めたとしても、
たいてい1年任期とかですぐにその人は離れてしまいますから、
持続性や再現性はまるで期待できないのです。


こんな組織が、まともな運営をできるとは思えない。
頼れる、信頼できる組織とは思えないのです。

今回の事件に当て嵌まるかは分かりませんが、まともな選抜過程のない以上、
危険な人がリーダーや役員に紛れ込むリスクも大きいですしね。

 

私自身、ほかに人がいないからと要職に就いた経験が多少ありますが、
自らの無能ぶりがよく認識できて苦しかったです。
ルーチン仕事をこなすだけならともかく、たいした知恵もないのに
先のことなんて考えられませんし、ルーチンだけこなして
時間がどんどん過ぎていけば、未知の課題はいつの間にか
どんどん大きくなっていっているものなのだと思います。
ルーチンだけ無難にこなせるリーダーはけっこうタチが悪いものです。

 

私としては、「なり手がいない」「やる気だけでリーダーを決める」段階に
至った時点で、その組織は解散してしまった方がいいと考えています。
多少費用はかかっても、アウトソースなどに舵を切った方がいい。

無能な人に組織を預けたら、結果として関係者全体に迷惑をかけるから。
下手をすればとんでもないトラブルや不祥事を起こしたりしてしまうから。
実際、資金の押領とかが発覚するのって、こういう組織が多いんですよね……。
(一般企業でも不祥事は起こりますが、この手のぐだぐだ組織よりは発覚しやすい)


逆に言えば、皆で盛り上がって運営できているPTAや町内会はすごいと思います。
長年の努力の積み重ね抜きには実現できないことです。

一律でPTAがダメだと言いたい訳ではなく、まともな人材選抜ができなくなった
末期状態のPTAがダメだと言いたいのです。
末期状態で残っている人たちに内部改革なんて期待できませんし……。


営利企業は不渡りで倒産しますが、
公共のための組織は内部統制が利かなくなった段階で解散するべきです。

ただ、こういう組織って企業のような会計監査、証券取引所監督官庁のような
外部チェック機関すらないから、自分たちだけでは「潰し時」すら
判断できないんですよね……。

うん。
やっぱり関わらないのが一番お利口のようです。

関わる組織は、“選抜”過程を有するかどうかで判断する。
“外部チェック”過程のある組織ならばなお望ましい

これからもそのスタンスでいきたいと思います。

 

 

やる気だけの人がリーダーになると本当に大変です。

人が人を“選抜”することの意義・重要性が、もう少し認知されますように。