肝胆ブログ

かんたんにかんたんします。

「銀座復興 他三篇」水上滝太郎さん(岩波文庫)

 

水上滝太郎さんの「銀座復興 他三篇」にかんたんいたしました。

 

銀座復興 - 岩波書店

 

明治安田生命の偉大なOB、水上滝太郎さん。

現役の職員方はご存知でしょうか。
明治~昭和初期に活躍した明治生命創業一族・筆頭専務にして小説家。
二足のわらじで、どっちでも高い功績を上げたすごいお人なんですよ。

 

 

本屋さんでたまたま目にして購入してみました。

関東大震災から立ち直る銀座のお話。

2012年3月発売。
東日本大震災の一年後に合わせて発売したようです。

岩波文庫、意外と商売上手。

 

四編で200ページ少々と読みやすい本ですので気軽に読み進めたんですが、
この短編集、非常にいいですよ。

 

以下、一部ネタバレを含みます。

 

 

 

 

 


表題の「銀座復興」

関東大震災で銀座壊滅。
どうも被害にムラがあったようで、丸の内や山の手や郊外は無事、
銀座や下町や海辺は壊滅という状況だったみたいですね。


煉瓦造りのビルディング群が軒並み倒壊した銀座を前に。

もう二度とあんな銀座は見られないよ。贅沢と浮気は叩きつぶされた。

と絶望に暮れる者。

この天災を天譴(天が与えた罰)と見て、我国民は反省せなければならんと云うのだ。

と震災を浮ついた世相の攻撃材料に使う者。


さまざまな人々の姿が描写されています。

なんかあまり現代と変わらないですね。

 

そんな中、廃墟と化した銀座でただ一人バラックの料理店を開業し、
復興の先陣だとおでん・刺身を売り出した「はち巻夫婦」。
はち巻岡田という実在のお店がモデルだそうです)

このお店に皆が集まってきて、飲んだくれて激論を交わしたりしつつ、
復興に向けた勇気を与えられて、実際に銀座に賑わいが戻ってくる。

こうしたポジティブな万歳やったねなトーンで物語は進んでいきます。

 

明るい。実に明るい。

震災を扱った作品ですが、“死”の匂いはありません。
人情もののお芝居を観ているような、予定調和感すら漂う根明さ。
ヤフーニュースとかフェイスブックとかで喜ばれそうなエピソードです。


こういう“天災もの”は珍しいですね。
岩波文庫がわざわざこの作品を現代に甦らせた思いが分かる気がします。

そのうち首都圏直下地震が来るかもしれませんし、あらかじめこういう本を、
こういう気構えを得ておくのも有意義だと思いますね。

 


さて、この本には他に三篇「九月一日」「果樹」「遺産」が収められています。


「九月一日」「遺産」も震災ものです。


「九月一日」関東大震災当日の模様がライブ感ある描写で記されつつ、
若者たちの青春模様と死と消失とが交差している内容となります。

「銀座復興」とはまるで雰囲気が違っていて、悼むものを感じます。

 

 

「遺産」は一風変わった内容で、震災で豪邸を囲んでいた煉瓦塀が崩れ、
諸事情あって中に引き籠っていた金貸しのおじさんが町内会の皆さんと
交流することになった話なのですが。

コミュ障のおじさんにムカついて、全体同質主義な町内会の皆さんが
暴力を振るう
のです。

「たたんじまえ。」
「やっつけろ。」
「高利貸。」
「社会の敵。」
「鬼。」
「畜生。」

やだ、これだから町内会とかPTAって嫌い。蛮族かよ。

でも、社会人なのにコミュ力ないおじさんもおじさんだよね。

日頃は関わることのない両極端なコミュニティが顔を合わせざるを得ない
震災被害現場、そこで起こりがちなトラブル。

このリアリティある記述が最高です。

 

 


「果樹」は震災と関係ない、仲良し夫婦のあたたかいお話です。

いいなあ、こういう夫婦。

そう素直に思える傑作短編だと思います。


夫がいいんですよ。

「ああ今日程忙しい事はなかった。すっかり疲れてお腹も減ってしまった。初茸御飯が待ち遠しいな。」

「今日はしんが疲れたんだなあ。こんな時は早寝にしよう。ほんとに風邪なんか引いては馬鹿馬鹿しいや。」

なんてことない平凡な台詞なんですけど、超かわいい。超いとしい。
こんななんてことない夫がほしいです。

 

 


完成度で言えば「果樹」、面白さで言えば「遺産」ですかね。

「銀座復興」で人目を引きつつ、後編に行くほど話の質が上がっていく。
この辺り、岩波文庫編集者の高い技量を感じます。


岩波文庫といえば堅苦しかったり読みづらかったりな印象を持っている
若い人が多いと思いますけど、読まず嫌いせずに手を出してみると
さすがの良品揃いで愉しいですよ。

ときどき、こうした時流に乗った本も出してはりますし。


最近は岩波文庫仕入れてくれない本屋さんも多いのですが、
まあ色んな事情があって仕入れない理由もよく分かるのですが、
これからも根強く岩波文庫が残っていきますように。