肝胆ブログ

かんたんにかんたんします。

「南朝研究の最前線」編 呉座勇一さん/監修 日本史史料研究会(洋泉社歴史新書)

 

南朝研究の最前線、という新書にかんたんいたしました。

 

南朝研究の最前線 - 株式会社洋泉社 雑誌、新書、ムックなどの出版物に関する案内。

 

……こんな本が出版されていたとは。
10年以上前に読んだ「闇の歴史、後南朝」(森茂暁さん)以来の驚きです。

 


よく見たら編者は「応仁の乱」で話題の呉座勇一さんでした。

「はじめに」のところでこんなことを仰っています……。

本書の諸論考によって、建武政権南朝がけっして“歴史のあだ花”ではないことが明確になるだろう。
これをきっかけに、読者の皆さんが南北朝時代に関する興味関心を深め、本書が掲げる参考文献を手に取ってくださるならば、本書の企画者として望外の幸せである。

こういう光の当たっていない世界に光を当ててくださる方なんですね。
ありがたいことです。

 


表紙のソデの部分にはこんなことが書かれていました。

◎世の中の常識

北条氏による権力独占が進んだ鎌倉幕府後醍醐天皇は、北条氏に不満を持つ武士たちを糾合して幕府を滅ぼす。しかし、新たに発足した「建武政権」は武士を冷遇し、反発した足利尊氏らによって政権は崩壊、朝廷は南北に分裂する。


◎本書の核心

建武政権には多くの旧幕府の官僚が参加し、後醍醐天皇は武士たちに積極的に恩賞を与えた。南朝の政策も時代に即したものだった。では、なぜ後醍醐の「異形」性や建武政権南朝の非現実性が定説化したのか? その核心に迫る16論考。

 

記載の通り、この本は「南朝ってこんな連中」という南朝入門的な色合いと、
南朝研究の経緯を整理したよ」という研究史解説的な色合いがあります

後者の論点については大変分かり易く纏められているのですが、
そもそも南朝を知る人が少ないことを思えばニッチな魅力に留まる気がします。
中世史専攻の学生にとってはめちゃくちゃありがたいでしょうね。

一方、前者の論点については「ちょっと歴史に興味がある人」にも
自信を持っておすすめすることができます。
南朝史は室町時代の裏返しですから、「なんで室町時代ってこんななんやろ?」
という素朴な疑問を解消する手助けになりますよ

 

 

以下、各部別に私の感想を書いてまいります。

 

 

【第1部】建武政権とは何だったのか

 


1 朝廷は、後醍醐以前から改革に積極的だった!(中井裕子さん)
2 「建武の新政」は、反動的なのか、進歩的なのか?(亀田俊和さん)
3 建武政権を支えた旧幕府の武家官僚たち(森幸夫さん)
4 足利尊氏は「建武政権」に不満だったのか?(細川重男さん)

 

しょっぱなから興味深い内容が続きます。


1では、後醍醐天皇の特異性を語る講談が多いものの、
近年の研究で後醍醐天皇以前から朝廷はさまざまな改革を重ねてきたことが
明らかになってきていることを紹介されています。
こういう「ヒーロー誕生前夜の研究」ってのはどの時代でも大事ですね。


2では、建武の新政を反動的(平安時代に回帰する的な)と評する人もいれば
革新的だと評する人もいることを紹介しつつ、両者がどっちにしろ
太平記の影響から抜け出せていないことを指摘しています。

太平記、面白すぎますからね……。
しかも他にほとんど史料が残っていないし……。
これは仕方ないのかも。


3は個人的には1部の中で一番面白かったです。
後醍醐天皇によって採用された旧鎌倉幕府官僚たちが、
建武新政の中で実務経験や人脈を蓄積し、
そのまま足利幕府にスライドしていったことを明らかにしています。

建武新政という過渡期を挟まずに足利幕府がいきなり立ち上がっていたら
南北朝とは別の問題が起こっていたかもしれませんね。
恩賞実務の混乱とかが生じまくって、観応の擾乱的内部抗争が
更に大変なことになったりして。

歴史は戦ばかりが注目されがちですが、実務方の安定も超重要だと思います。

ところで武家官僚の中で「斎藤基夏」「斎藤基任」という人物名がありますけど、
これって後の三好長慶家臣「斎藤基速」(元は幕臣)のご先祖なんすかね。


4は足利尊氏のパーソナリティをおもしろおかしく紹介しつつ、
つまるところ当時の武士たちが「源頼朝の再来」を渇望していて、
それに尊氏はピッタリだったと述べられております。

足利尊氏という方は本当に不思議な人です。

永井豪先生の「バイオレンスジャック」に群盲象を評す※といったことが
書かれていて、なるほどスケールの大きい人物とは多面性を有するものかと
かんたんした記憶がありますが、尊氏なんかはまさに何面もの人間性を有する
複雑極まりない(ひょっとしたら迷惑極まりない)大人物だと思いますね。

 ※群盲象を評す - Wikipedia

 


【第2部】南朝に仕えた武将たち

 


5 鎌倉幕府滅亡後も、戦い続けた北条一族(鈴木由美さん)
6 新田義貞は、足利尊氏と並ぶ「源家嫡流」だったのか?(谷口雄太さん)
7 北畠親房は、保守的な人物だったのか?(大薮海さん)
8 楠木正成は、本当に“異端の武士”だったのか?(生駒孝臣さん)


いいですねえ、やはり歴史への興味は人物への興味からです。


5は……哀しいですね。

後から出てくる後南朝もそうですけど、北条一族の生き残り……
年端もいかぬ少年が、不満を溜め込んだ武士たちに神輿と担ぎ上げられ、
結局は滅んでいく……。

お家滅亡から逃れ、相当ねじまがっていたであろう思想を教え込まれて育ち、
一瞬の活躍を歴史に残すも、とどのつまり若くして首を落とされるんですよ。
自分の人生を省みることはあったんでしょうか。

戦乱に翻弄される民も悲惨ですが、翻弄される貴種も悲惨だと思います。


6は注目を浴びそうな内容です。
太平記では新田義貞足利尊氏より家柄は上のような書かれ方をしていますが、
その実、新田家は足利家の分家に過ぎない(細川家や畠山家等と同じ)ことを
あらためて強調されています。

以前からそうじゃないかという説はあったのですが、やっぱりそうだと。

繰り返しですけど、太平記は面白すぎて歴史研究を歪めちゃってるんですね。


7は、私の大好きな北畠親房さんです。
それだけで嬉しい。

北畠親房さんは公家こそ最高武家絶対殺すマンみたいな扱いをされがちですが、
その実はたいへん優秀でまっとうな価値判断のできる人だと思いますよ。
こちらでも紹介されていますが、別に武士嫌いではなくて源頼朝北条泰時
褒めていたり後醍醐天皇を諌めまくったりしてますからね。

こういう判断も実務も戦も全部できる負け組側のパーフェクト人材って、
本当にロマンがあると思います。


8も注目されそうな内容です。
河内のヒーロー楠木正成さん駿河出身説(鎌倉御家人ルーツ説)。

楠木正成はひたすら史料がありませんから、
これからも様々な説が出たり消えたりするんでしょうね。

私は、実は最近の若い人は楠木正成を知らないと感じていますので
(戦国・幕末コンテンツ強過ぎ問題)、講談レベルの認知でもいいから
再び人気が出てほしいなあと思っています。

 


【第3部】建武政権南朝の政策と人材

 


9 建武政権南朝は、武士に冷淡だったのか?(花田卓司さん)
10 文書行政からみた<南朝の忠臣>は誰か?(杉山巖さん)
11 後醍醐は、本当に<異形>の天皇だったのか?(大塚紀弘さん)


9は1部の3と同じく、私が一番面白いと思った内容です。
建武新政崩壊の真因は恩賞給付の実務上の混乱だった! 説。
恩賞を振舞うつもりはあるのに様々な事情でいっこうに実務が進まない。
武士、キレる。尊氏を頼る。
取り上げられている具体例を見るに、かなり説得力があると思います。

話はすこしズレますが、室町時代の政権構造が話題になる際、
「尊氏が恩賞を大盤振る舞いし過ぎて幕府の力が初めから弱かった」
「結果として守護大名の力が強くなり過ぎ、幕府は統御に苦労した」
「それが戦国時代化した遠因だ」などと評されることが多いと思います。

なんにでも事情はあるもので、もともと室町幕府建武新政のカウンターで
できあがったり南朝との競合上の理由であったりして、各地の強者に
たくさん迅速な恩賞給付をするのはやむをえなかったんでしょうね。

この辺りは尊氏さんの性格に原因を求めてはいけないと思います。
(尊氏さん、そういう実務に関わってなさそうだし)


10はおもしろいというより、頭が下がるパートです。

東京大学史料編纂所が「花押かがみ 南北朝時代」という資料
南北朝時代の人々のサイン集=現代でいう公印集)を
刊行されたということで、筆者はそれを使って南朝のスタッフを
網羅的に洗い出しました、結果こういう人物がいたことが分かりました、
この人物はこんな感じでキャリアを積んでいました、という内容です。

どんだけ大変な作業なんだ……!
こうした研究は、きっと今後さまざまな場面で重宝されるんでしょうね。
すばらしいことだと思います。


11は後醍醐帝の極端な異形性は牽制しつつ、
それでも当時流行っていた宗教の要素を取り入れたり
各宗派の寺宝を集めたりしたのは事実でしょうと。
きっとそうして自身の権威・求心力を高めようとしたんでしょうと
記されております。

現代の政治家とかがAKB総選挙の結果に一喜一憂してみたりして
「親しみやすい権力者アピール」をするようなもんなんですかね。

いつの時代も人気を集めるのは大変な苦労が要るものです。

 


【第4部】南朝のその後

 


12 鎌倉府と「南朝方」の対立関係は、本当にあったのか?(石橋一展さん)
13 「征西将軍府」は、独立王国を目指していたのか?(三浦龍昭さん)
14 「後南朝」の再興運動を利用した勢力とは?(久保木圭一さん)
15 戦前の南北朝時代研究と皇国史観(生駒哲郎さん)


12は実に室町幕府的です。

南朝との争いに決着がついてくると、今度は所領を与えすぎた各地の
有力武家がウザくなってきます。
そいつらに「お前、実は南朝方らしいな」と因縁をつけて鎌倉府が
襲いかかって所領を没収しちゃうのです。

これぞ室町幕府
これぞ関東統治。

おおこわいこわい。


13はときどき話題に上がるやつですね。

懐良親王の征西将軍府、実は南朝との関わりは薄く、独自に明に朝貢したりして、
ひとつの独立した「九州国家」だったんじゃねーか説です。

結論は断じておられませんが、南朝自体が弱ってくる中で
南朝の一角という面と九州独立国家という面の両方があったのかもしれませんね。

ちなみに、この征西将軍府を滅ぼした今川了俊さんは今川義元さんのご先祖ですよ。

その他、ものすごくマイナーな南朝方のヒーロー「五条頼元」さんが
取り上げられていて嬉しかったです。


14は後南朝の活動について大変分かり易くまとめて頂いております。

後南朝……伝奇的。超ロマン。個人的には惹かれてやまない方々です。
実態は2部の5同様、各地の反幕府勢力に担がれる気の毒な方々ですが……。

三種の神器強奪事件で赤松氏の興亡にも密接に絡みますし、
地味に応仁の乱にも参加していたりしますし。
室町時代の歴史においては欠かせないバイプレイヤーです。
戦国時代くらいまでは、後南朝の脅威は記憶に新しかったんじゃないすかね。

 

15は……南朝研究の歴史を分かり易く纏めてはるのですが。
戦前を中心とした研究者の発言・記述を正確に紹介されているため、
めっちゃくちゃアクが強いです。

最後の章になりますが、この章を読む際は気合を入れ直して、
リテラシー力を高めて……読むことをおすすめいたします。
それほどに過ぎ去りし方々のお言葉はアクが強いのです。

足利尊氏は人間的にすぐれた人物だ、と書いたばかりに大臣を棒にふった人がいる」中島久万吉 - Wikipedia

「足利の下についてゐるのはカスばかりであります」

「豚に歴史がありますか」

…………。
このパワーワードの数々よ。

気軽に南北朝を語れる現代は幸せな時代です。

 

 


以上です。

またしても、やたら長い記事になってしまいました。
書いている私も疲れますけど、読んでくださっている方々にも
ご負担をおかけしていると思います。

すみません。


一言で言えば面白い本ですので興味がありましたらどうぞ。

 

南朝関係の史料がもっと発掘されますように。
そうして、太平記時代をネタにした創作が増えて人気が出ますように。