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かんたんにかんたんします。

「観応の擾乱」亀田俊和さん(中公新書)

 

中公新書の「観応の擾乱」(かんのうのじょうらん)にかんたんしました。

 

観応の擾乱|新書|中央公論新社

観応の擾乱は、征夷大将軍足利尊氏と、幕政を主導していた弟の直義との対立から起きた全国規模の内乱である。室町幕府中枢が分裂したため、諸将の立場も真っ二つに分かれた。さらに権力奪取を目論む南朝も蠢き、情勢は二転三転する。本書は、戦乱前夜の動きも踏まえて一三五〇年から五二年にかけての内乱を読み解く。一族、執事をも巻き込んだ争いは、日本の中世に何をもたらしたのか。その全貌を描き出す。

 

 

同じく中公新書の「応仁の乱」に続いて、中世史本が売れていますね。

ちょっと驚くべき世相だと思います。
混迷深まる現代を中世室町期に仮託している読者が多いのでしょうか。

 

 


観応の擾乱」は上記あらすじのとおり足利尊氏・直義兄弟の対立によって初期室町幕府が分裂・内乱した事件のことを指します。


足利尊氏・直義兄弟は鎌倉幕府打倒・建武新政打倒において仲の良い兄弟として知られておりましたが。

いったい兄弟の間に何があったというのでしょう?


兄弟対立の原因は「太平記」の頃から色々と言われていて、一番メジャーな通説は足利家執事の「高師直」さんが邪悪な人柄だったせい説、他にも尊氏さんは後醍醐天皇と対立したくなかったけど直義さんが後醍醐天皇政権を崩壊させる主導をして尊氏さんがそのことを恨んでいた説などがありますね。

 


こちらの本では……可能な限りの一次史料を駆使してこうした通説を退けていきます。

とりわけ高師直さんについては通説で言われているような「私利私欲・傲慢」に対してかなりフォローが入っております。


その上で観応の擾乱の真因を「恩賞充行」「所領安堵」「訴訟」などへの不満、更には天災による不穏な世情・食糧不足等に求め、

不満の矛先は、当初は恩賞充行の業務を担っていた執事高師直に向けられ、次いで勝利したにもかかわらず味方の武士たちに報いようとしない直義に向かった。恒常的な災害の多発も、観応の擾乱を激化・長期化させたと推定できるのである。

とまとめられております

 


観応の擾乱は最終的に高師直さんも足利直義さんもお亡くなりになり、足利尊氏さんが勝利いたしました。

尊氏さんは息子義詮さんと室町幕府態勢を整備し、南朝勢や反乱勢に対して優位な地盤を整えていく……
観応の擾乱後の室町幕府は「迅速な恩賞充行・迅速な所領安堵・迅速な訴訟」を特長とした、武士にとって「努力が報われる政権」になったのだと著者の亀田俊和さんは論じてはります

(官位や幕府ポストの恩賞化も進みました) 



当書籍は観応の擾乱の経過を一次史料をもとに丹念に論じており、世間に知られている通説一つひとつに検証を当て、擾乱後に完成した室町幕府の長所を的確に評しているという、優れた研究本だと思います。

人物評価については著者の私見がけっこう入っている印象ですけどね。
それもまた楽しいものです。
研究者でない一般読者にとっては、平板な解説よりも“思い”が入っている方が接しやすいですし。

 


今日的にはこうした「一次史料から導く実像」という構成の歴史本がメインストリームになってきていて、具体名は挙げませんが小説家等による「●●の真相!」「●●という陰謀!」「●●は逆説的にはこう言えるんだ!」みたいな虚像説・根拠なし説は嘲笑される風潮になってきていますね。

まっとうな流れではあります。
が、こうなってくると読者のリテラシー頼りになってきますので、歴史ファンという群団も「学問的アプローチ派」と「難しくて地道な話は嫌いでおもしろければいいじゃん派」に分断されていくんでしょう。

私は前者の方が好きなんですけど、後者を切り捨てて「歴史が一部の人にしか分からない趣味」になっていくのもちょっとなあと考えています。
あんまり後者を嘲笑するのも、歴史カテゴリ趣味への間口を狭めているようで。

どんな雑説でもいいからまずは歴史に興味を持っていただいて、そこから学問的アプローチにも触れていくような美しい流れが構築できるといいんですけどね。

 

 

 

あらためて「観応の擾乱」新書に話を戻しますと。


同じ新書の「応仁の乱」に比べて分かりやすいですか? と聞かれれば。

事案の中身は応仁の乱より遥かに分かりやすいです。

高師直さんに批判が集まった、足利直義さんに求心力が集まった、尊氏さん&師直さんが追い出された、師直さんが死んだ、尊氏さんと直義さんが和睦した、今度は尊氏さんに求心力が集中した、直義さんが逃げた、直義さんが死んだ、その後の室町幕府は……という流れが明確ですので、「応仁の乱はどういう流れで進んだか」より「観応の擾乱はどういう流れで進んだか」の方が絶対に答えやすい。

こちらの本は観応の擾乱全幕を丁寧に描写してくれていますので、この本を読めば事案の中身は間違いなくインプットできることでしょう。

 


読後感を問われれば。

応仁の乱は「施政者もそれなりに頑張っているけど、世の中は思ったとおりに動かない」という現実を……
観応の擾乱は「施政者とは民意に振り回されて責任だけは取らされる気の毒ポジションに過ぎないのではないか」という現実を……

どちらもふんだんに味わわせていただけます

こういう新書を買いそうな経営者・ミドルマネージャークラスの方には「つらい」かもしれません(笑)。

 


歴史情勢トータルでの理解しやすさで言えば。

応仁の乱の方が「室町時代後期の雰囲気」を掴みやすくて、観応の擾乱は「室町時代初期の雰囲気」を掴みにくいかもしれません。

応仁の乱の新書は奈良興福寺の立場から当時の空気感がリアリティ高く伝わってくるのですが、観応の擾乱は「なんで当時の武士はこんなに恩賞にこだわるの?」という肝心なところが分かりにくいためです。
観応の擾乱については、できれば「南朝研究の最前線」あたりも一緒に読んで建武新政期からの経緯を把握しておかないと、「観応の擾乱」単品では深いところが理解しにくい気がします。

 

 

私の印象ですが……

鎌倉幕府の崩壊も、
建武新政の崩壊も、
観応の擾乱の経緯も、
尊氏さんが気前よく大名に所領を与えまくったのも、

当時の日本社会が「恩賞水準」「実務速度」の相場観を形成する過渡期であったために起こった悲劇だったのではないかと考えています。

 


元寇も国内内乱も。

当時の日本人にとっては源平合戦以来の大変革期でありまして、政権によって動員される各地の軍勢の皆さんは「どれくらい頑張ったらどれくらいのスピード感でどれくらいの褒美がもらえるか」という相場観が白紙の状態であった訳です。

いくら命が軽い当時の事とはいえ、戦に出れば銭もかかるし人も死ぬし悲しくて痛いのです。
それで「恩賞? ないよ。」とか「恩賞? 3年待って。」とか「訴訟? 10年かかるよ。」とか言われたらキレてしまうのもむべなるかななのです。

 


とりわけ建武新政観応の擾乱南北朝終結までの流れは、施政者の野望や人間性がどうこうではなくて、実態は武士たちによる「施政者ガチャ」「施政者リセマラ」に近かったんじゃないかなというのが私の感覚ですね。

ガチャ1回あたりのコスト(内乱負荷)と、引いた施政者による実務改善効果の天秤。
そうした試行錯誤とバランス調整の末に出来上がった室町幕府は、それまでの政権に比べれば「気前の良さ」「実務スピード」がまあ満足いく水準だったんだと。

だんだん分かってきた相場観の中において、「納得感」の高いものだったんじゃないでしょうか。

 

 


そんなことを考えさせられた本でありました。

やっぱり、経営者やミドルマネージャーにとっては「つらい」内容であります。
でもおすすめですよ。


あと、両統迭立問題がここまで尾を引いていることを踏まえれば、施政者サイドの方々は大義を割るようなことをしちゃいけないってのが何よりの歴史的教訓ですね。
室町幕府応仁の乱以降に権威が分裂しちゃいましたが、無理やりにでも分裂させなかった江戸幕府はなかなかたいしたものです。

 

 

 


さあ、中世史のブームが続いているうちに。

足利義満さん期の南北合一と後南朝問題」か、「細川京兆家~大内家・浦上家・三好家界隈」の新書もシレッと出版されて、地味に売れたりしますように。
あるいは、「畠山義就さん以降の河内畠山家」を詳述するような新書を。

 

 

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