肝胆ブログ

かんたんにかんたんします。

「人口減少時代の土地問題」吉原祥子さん(中公新書)

 

「持ち主がわからない土地が九州の面積を超えている――。」というキャッチーな帯をまかれたこの本。

読めば読むほど本当に「どうすんだコレ」感に富みすぎていてかんたんしました。

 

人口減少時代の土地問題|新書|中央公論新社

f:id:trillion-3934p:20171105095824j:plain

 

 

日本の私有地の約20%で、所有者がわからない――。持ち主の居所や生死が判明しない土地の「所有者不明化」。この問題が農村から都市に広がっている。空き家、耕作放棄地問題の本質であり、人口増前提だった日本の土地制度の矛盾の露呈だ。過疎化、面倒な手続き、地価の下落による相続放棄、国・自治体の受け取り拒否などで急増している。本書はその実情から、相続・登記など問題の根源、行政の解決断念の実態までを描く。

 

 

 


内容は上記引用の通りで、なぜこんなことになってしまったのかを詳らかに解明している書籍となります。

こうした調査が横断的になされたこと自体が初めてとのことで、これは今後の政策立案や法案作成に向けて貴重なデータになるのではないでしょうか。
200ページ足らずの小品ですし、行政や不動産関係にお勤めの方、あるいは僅かでも土地をお持ちの方は目を通されるといいと思います。

私も田舎の生まれ育ちですので、なんか思い当たる節のある内容がちらほらと。

 

 

一番気になるのはみんな「登記」してない問題です。


日本の法制では、不動産の相続は所有者の死亡に伴って所有権が移転するので、登記をしなくても所有権は失われませんと。

登記はあくまで不動産売買時等に第三者に権利を主張するための対抗要件任意の申請マターですので、売買等をしないのであれば登記をする義務もインセンティブもありませんと。

 -登記の手続きコストが高い
 -権利者(親族)が多いと調整も大変
 -山間部等の土地は安い(登記コストに見合わない)
 -法務局が近所にない

などなどのネガティブ要素を並べて、なおかつ「任意」で、登記したら固定資産税をかけていただけますとなると、そりゃ誰も登記なんかせんわなというものです。

 

 

で、こうした土地の所有権移転&みんな登記しない問題が相続を繰り返すたびに複雑化するわけですけれど。

未登記のまま50年くらい放置していた場合の権利者の末広がりが半端ないですよ。

この本のP12-13が圧巻なんですが、三代に亘って登記をしてなかった結果、法定相続人が子世代で何人、そこから孫世代が何人、そこからひ孫世代が何人とネズミ算的に数が増え、調べ上げた結果トータル150人になってしまっていたと。
その上で登記をするには、150人全員の同意が必要なんですよと。

一人でも海外在住なり行方不明なりが混じっていたらえらいことになりますよと……。


少子化の世の中とはいえ、三世代も四世代も時間がたつと、やはり権利関係者は異常に増えてしまいますね。

土地に限らず、いくらでも枝葉が広がっていく法定相続人制度(代襲相続)のありかた自体を見直さんとマズいんじゃないかと……私は思いますよ。
マックス10人くらいで歯止めをかけるような仕組みを入れられないものでしょうか。

 

 

こうした経緯があって、売買に適さない場所を中心に「所有者不明(登記されている所有者はとっくに死亡)」という土地が日本中にめちゃくちゃたくさんありまして。

震災復興だとか、空き家問題だとか、道路拡張だとか、いろんな場面で深刻な問題になってくる訳です。

 


一方、こうした土地の権利情報を所轄する行政の方でも、各種台帳の情報が名寄せされていない、地籍調査も進んでいない、予算もない人手もないマイナンバーの活用も目途が立っていない……と何重苦かわからない状態に陥っており、結果として問題は放置せざるを得ず、徐々に固定資産税を徴収できないなどの弊害が明らかになっております。

地方自治体に解決を委ねるのは、私の感覚では無理だろうと思いますね。

根っこの相続や登記や所有権に関する法制度から変えてしまわないと、現場の運用や執行でなんとかしてくれというのは無茶ぶりが過ぎましょう。

 


相続放棄された土地や、所有者不明のまま数十年が過ぎた土地を、行政等が受け入れられないという問題もどうかと思います。

そりゃ国も地方自治体も管理費だけがかさむ土地をもらってもしゃあないでしょうけど。
予算化するのもハードルが高いでしょうけど。

筆者が述べてはるとおり、国土(領土)管理としてそれでいいんでしょうかとは誰もが気になるところです。

 

 

初めの方に書いた通り、こちらの本は「問題顕在化」をしてくださっている内容で、「問題解決」的要素は薄めです。

諸外国の制度等をかんたんに紹介いただいておりますが、実際に参考にして日本社会の実務として落とし込んでいくためにはもう数段の調査が必要でありましょう。

こうした調査も今後様々な担い手により進展していくといいですね。

 


解決に向けてはマイナンバーをちゃんと使おうよということに加えて、猶予期間を設定の上で権利者不明土地は接収していくような権利制限的施策が必要だと思いますが。

このあたりの土地に対するスタンス・執念が、いまの70代以上と現役世代でそうとう深い溝があったりもするのでなかなか国民的議論もまとまる気がせず。
(田舎のお年寄りは本当に土地が好きです。たぶん在地武士のDNAを継承する最後の世代なんだと思います)


放置していても即大問題にはならないこともあって、まだしばらくこのままの状態が続くんだろうなと予想せざるを得ないですね。

 

 

 

それにしても、これだけややこしい問題になってくるとビジネスチャンスも出てきそうです。

ややこしい問題を代行するのが上手に手数料を稼ぐコツですもんね。


以前紹介した「法のデザイン」という本にも、権利問題でうまく活用できていないアーカイヴが多いことが取り上げられていました。

「法のデザイン 創造性とイノベーションは法によって加速する」水野祐さん(フィルムアート社) - 肝胆ブログ


土地以外でも、たとえば宙に浮いた休眠預金口座や保険金請求権なんかも法定相続人探しがたいへんだと伺っております。


行政書士司法書士なんかが真っ先に思い浮かびますが、今後はヤクザなんかがシノギとして参入してくるかもしれません。

広がりまくった権利者間の意見調整とくれば、短絡的な方法を求めるニーズも強そうですし。

地上げ稼業が21世紀型にリブート!

おお怖い怖い。

 

 

 

もう少し世の中の議論カロリーをこうした実務寄りの「公益と私人権利の調整」に振り分けられるようになっていくといいですね。

財政面だけでなく、制度面においても将来世代にあんまりツケが残りませんように。