表題のニュースが盛り上がっていてかんたんしました。
それぞれ各地域を代表する偉人ですから、案の中身を理解もせずに文句をつける政治家さんとか出てきそうですね。
盛り上がっていますが、「坂本龍馬」「武田信玄」「上杉謙信」「クレオパトラ」といった固有名詞が消えるかもということばかりが取り上げられていて、この案を作成した「高大連携歴史教育研究会」の発表資料を具体的に読んでみた人は少なそうです。
こちらの歴史系用語精選の提案(第一次)を読めば、日本史も世界史も具体的な提案が分かります。
個人的にはけっこう納得感の高い趣旨・案だと思いますね。
趣旨としては、歴史教科書の収録用語数がどんどん増えていて「歴史=暗記科目」になっており、生徒も先生も大変だという点、結果として歴史の流れを掴む思考力を育む余裕がない点などが課題として挙げられています。
大学受験との関係も強く、入試問題でマニアックな用語が出ると、教科書にもマニアックな用語が載るようになる、次の入試ではもっとマニアックな用語が出て……という背景もあるようです。
量的増加以外に、従来の「用語の暗記」は2つでの点で、質的に深刻な問題を含んでいます。第一にそれらの用語について、基本的な流れや時代の特色とその個別具体例 などの階層分けが明示されないため、生徒たちはたとえば「フランス革命」もその中の各事件の名前も重要度を区別せずに、平面的・羅列的に覚え続けることです。第二は、従来の「用語」が人名・事件名など固有名詞や事実に関する用語に偏っていることです。フラ ンス革命を理解するために不可欠な「市民革命」などの歴史・社会に関する一般概念や、 資料から歴史を考察するために必要な「一次史料」などの方法概念には、「用語」の扱いを受けていない(索引や用語集に立項されていない)ものがきわめて多く、それらをどこまで授業で用い習得させるかについては、何の基準もありません。これを語学にたとえれば、 必要な文法用語や基本文型の選定を一切せずに、ただ覚えるべき単語の数だけ増やしている状態に等しいのではないでしょうか。
ごもっともであります。
私個人の意見としましては、
・「社会人」としては大賛成
・「学生」としてはやや反対(学生じゃありませんが)
です。
社会人として若者教育に求めるものは会がおっしゃっている通りのことです。
用語マニアよりも、自分なりに物事の大まかな流れを粗掴みして語れる方がいい。
正確な知識を得るための調査手法まで思いを馳せられる方がいい。
歴史から得た教訓を今に生きる自分の身に投射できる方がいい。
歴史に限りませんが、企業であれ研究室であれ、こうした人材の方が活躍できる可能性は高いことでしょう。
とりわけ、世間の流行や先入観や固定観念や同調圧力に迎合しない、「リテラシー」を伸ばす姿勢は重要だと思います。
義務教育の小学生中学生ならともかく、高校生向けの教科書ですからね。
学問的・科学的なアプローチ重視で適切かと。
実務者的にも、長年かけて膨れ上がったモノを可視化して効率化しようというスタンスには好感と共感を抱きます。
(どんな領域であれ、放っとけば実務は膨れ上がるものです)
一方、元学生としては……
ぶっちゃけ暗記優先の方が楽でよかったなあ、という思いはあります。
用語数が多ければ多いほど暗記力で点数に差をつけられますし。
思考力や構成力を問う問題(論述等)だって、結局は用語……知識のとっかかりがたくさんあった方が誤魔化しやすいですしね。
たぶん大学受験の問題・採点を担う人も、暗記系の方が楽だと思います。
論述なんていちいち採点してられない。
歴史は教科書に載っている「定説」と直近判明している「新説」にかなりギャップがあるのも問題です。
詳しい学生が新説ベースの論述をして、数十年前ベースの教科書定説と食い違いがある場合、試験官はマルするべきなんでしょうかバツするべきなんでしょうか。
自分の気に入らん説だったらバツとか、恣意的な運用にならなきゃいいんですけど。
資料の9ページ以降に具体的な学習用語案が載っています。
世界史ファンも日本史ファンもお目通しいただくとけっこう楽しいと思いますよ。
例えば古代ローマ。
政治領域の個人名はカエサルさんとオクタウィアヌスさん、コンスタンティヌスさんのみ。
確かにクレオパトラさんはいません……ていうかこの3人を相手にしたらそりゃ載る余地はないですね。スキピオさんやハンニバルさんやポンペイウスさんたちすら載っていないんだもの。
「3頭政治」とかも一過性のものだから省略していいやろということなんでしょうね。
日本史の戦国時代。
という感じです。
「武田信玄」さんや「上杉謙信」さんの名前は確かに消えていますが、「武田氏」とお家は紹介してくれる感じみたいですね。
「上杉氏」が戦国大名のところにありませんが、これは分国法とかとの関係でしょうか。
代わりに、室町幕府の守護体制では関東管領としての上杉氏を紹介いただけるようです。
太平記の英雄たちも名前がほとんどありませんし、別のページでは鎌倉時代の有力御家人の名前もありませんし。
このバランス感ならば、信玄さんや謙信さんの名前がないのもまあ妥当な気はします。
現行の教科書でも
・また、甲斐の武田信玄と越後の上杉謙信が激突したりもしました。
と、取り上げられ方に唐突感があったのは否めませんし……。
また、大内氏が取り上げられていないのはさすがに気になります。
細川政権や三好政権も触れてほしいという思いはなくはないのですが、最近の細川・三好研究は定説になったとは言い難い段階ですから、教科書に載せるのは向こう数十年無理だろうなあ。
着実な議論の進展を待つことにいたしましょう。
幕末。
幕末で活躍した人はほぼ名前なしです。
坂本龍馬さんや吉田松陰さんだけでなく、高杉晋作さんなんかもいないですね。
新撰組はもちろんいません。
明治期に入ってからの活躍として大久保利通さん、岩崎弥太郎さん、西郷隆盛さん、木戸孝允さんなんかが登場してきます。
よかったじゃないですか高知県の方。
岩崎弥太郎さんがしっかりいらしゃいますよ。
けっこう眺めていると楽しいです。
また、47ページ以降には作業ファイル(載せるか載せないかの議論シート)が掲載されていてこちらも楽しいです。
個人的には
の、金瓶梅リストラの流れがツボでした。
文化系は「人口に膾炙でOK」だけど人物名は「人口に膾炙程度だとNG」というのは世間理解をやや得づらいポイントかもしれませんね。
「●●さんは教科書に載せる価値なし」といったアレな角度の報道が出ているようですが、全体のバランスを見ればそんなに変な内容ではないと思います。
でも、趣旨や全体バランスを見ずに「何事だ! ゆとりか!」とか騒ぐ人はたくさん出てくるでしょうから、会の方々も大変ですね。
歴史教育に何をどの程度のレベル感で求めていくのか、地に足のついた議論となりますように。