肝胆ブログ

かんたんにかんたんします。

「三好元長さんとは何者なのか」信長の野望201X '18/1の勾玉交換武将より

 

あけましておめでとうございます。

 

新年早々、201Xに三好元長さんが降臨されていてかんたんいたしました。

さいきんのコーエー社の三好家周辺推しはいったいどういうことなんでしょう。
ただただありがとうございます。

 

↓元長さんのニュースリリース

お知らせ

 

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なんと勾玉交換で全体攻撃武将が手に入るのです。

倍率は全体0.7+中列1体0.7。

 

攻撃力が高く、勾玉に余裕があれば開眼30%も容易ですので、今川義元さん(全体0.8)や黒田官兵衛さん(全体0.7+後列1体1.0)に近しい活躍も可能かと思います。

これは初心者ユーザーに嬉しい仕様ですね。

 

私は義元さんも官兵衛さんも持っていないので、汎用物理全体の朝倉宗滴さんに並ぶ汎用術全体にしてみようかなと思っています。

 

 

ちなみに開眼特性は痺刃・弐でした。

これも麻痺らせ役には垂涎の開眼特性であります。

 

 

 

スキル名の「大物総号令」は大物崩れでの活躍から来ているのでしょう。

 


特性名の「蹉跌の冀」は……


 蹉跌:物事が上手くいかないこと。挫折。

 冀:こいねがうこと。(梁冀跋扈にからめている訳ではないですよね?)

 

ということで。
大望を果たせなかった」史実から取っているんでしょうか。

効果も「周りに足を引っ張られなければ強い」というキャラ付けです。
出陣式のセリフから見ても、いろんな人に足を引っ張られた悔しさがありありと。

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こちらは拡大図。

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……息子さんそっくりです。

親子そろってスーツと直垂をチャンポンさせるカオスな着こなし。
これが三好家のスタイルなんでしょう。

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正装感のある長慶さんに比べると、お父さんは家で晩酌してたら突然足利義維さんとかが訪ねてきたので慌てて烏帽子をかぶった感じですね。

享年32歳と思えない老け顔も苦労を感じさせてくれます。

 

 

 

ちなみに本題と関係ありませんが、津田宗及さんを見ていると堺衆と三好家が入魂なのが伝わってまいりますね。

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三好元長さんの生涯

では、史実の元長さんとはどんな感じの人物だったのでしょうか。

 

 

例によって私見・素人解釈ベースになりますが……

 

「友達の少ない三好長慶

「さすが三好之長の直系子孫」

「武闘派ヤクザと経済ヤクザの見事なフュージョン

 

という印象を私は持っております。

 

 

 

 

戦国時代の序盤戦~中盤戦。

畿内では分裂した足利家と細川家(と畠山家)がドロドロの争いを続けておりました。

 

 

元長さん活躍前の情勢は

 足利家家督……足利義晴さん

 細川家家督……細川高国さん

という体制。

朝倉家や尼子家や浦上家や北畠家や六角家や大内家もこの体制推しです。
あまり畿内情勢には絡みませんが、上杉謙信さんの父長尾為景さんもこちら派
(すこぶる豪華なメンバーですね)

 

 

一方、三好一族は

 足利家家督……足利義維さん(阿波公方)

 細川家家督……細川晴元さん

という体制を推して代々戦ってきておりましたが、その中で元長さんの祖父之長さんや父長秀さんが討ち死にする等、総じて劣勢でございました。

 

 

そうして阿波で将軍候補の足利義維さん、細川家家督候補の細川晴元さん、阿波守護の細川持隆さん、三好家家督三好元長さんなどが逼塞していたところ……

 

細川高国さんが波多野稙通さんの弟をうっかり殺してしまうという事件が起こり、キレちまった波多野稙通・柳本賢治兄弟が細川高国政権に反旗を翻すという事件が起こります。

 

 ※波多野稙通さんは元清さん・秀忠さんの二代をがっちゃんこしてますが、
  201Xにあわせて稙通さんベースで書いていきます

 

 

これ幸いと阿波逼塞組は畿内に殴り込み、畿内の反細川高国勢と合流して、見事細川高国さんを畿内から追放※。

堺に足利義維さんを奉じる堺公方府(堺幕府)」を立ち上げ、畿内支配に乗り出すことになります。

 

 ※ちなみに、この過程で元長さんは高国派の朝倉宗滴さんとも戦っています。
  201Xの姉川異聞では「宗滴さんが元長さんに敗れた」と言われてましたが、
  実際は「宗滴さんが越前に帰っちゃったので、残された高国さんが敗れた」という
  経緯のようですよ。
  宗滴さんから見ても元長さんや稙通さんが手強かったのは事実でしょうけど。

 

 

しかし……

 

まだ細川高国さんは生きていて各地で反撃準備を進めているのに、堺公方府内ではさっそく仲たがいが発生します。
政権交代あるあるですね)

 

特に四国衆代表の三好元長さんと丹波衆代表の柳本賢治さんの関係は最悪。

 

もともと三好一族(ヤクザ)は畿内では人気がありません。 ※除く宗三さん

 

しかも四国衆がデカい顔し始めると当然畿内衆は自身の権益が侵犯されないか不安になります。

しかもしかも畿内勢は細川高国さんは嫌いなものの、足利義晴さんのことは嫌いではなかったようで……。

 

人間面に加え、利害面や政権構想面での食い違いがそうとう発生していたようです。

本当に、政権交代目当てで野合するとろくなことが起こりませんね。

 

 

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細川晴元さんは四国衆に庇護されてきたわけですが、細川家家督管領として畿内統治に乗り出すなら畿内衆を大事にする必要が当然でてきます。

 

そうした彼の立場の変化は、元長さんにとっては「裏切り」「畿内の魑魅魍魎が俺の足を引っ張る」という風に映ったのかもしれません。

 

 

 

結局、元長さんは阿波で謹慎することになります。

 

したら、細川高国さんと浦上村宗さんが西から畿内へ全力で攻め込んできました。

 

堺公方府ピンチです。

 

  

 

柳本賢治さんが迎撃に出発しました。

 

したら、何者かに暗殺されてしまいました。

 

堺公方府ピンチです。

 

 

京都を守っていたはずの木沢長政さんも逃走し、堺公方府いきなり存亡の危機……

 

 

 

そこを救ったのは、やはり四国衆でした。

 

細川晴元さんの懇願を受け入れた細川持隆さんと三好元長さんが阿波から再び駆け付け、敵方を裏切った赤松晴政さんとともに細川高国さん・浦上村宗さんを討ち取る大戦果を挙げはったのです(大物崩れ)

 

三好一族は伝統的に戦がめちゃくちゃ強く、しかも材木や藍の取引、淡路島制圧、法華宗ネットワークを通じた商人密着などで経済的にも裕福だったのです。

そんな彼らが本気になったら大内家といった列強守護でも手を焼くくらいなんですよ。

 

 

 

あらためて堺公方府の救世主となった元長さん。

 

今度こそ元長さんの願い通り、足利義維さんを頂点とする新秩序が……

三好一族の幸せな繁栄がいまこそ……

 

 

とはいきませんでした。

 

 

三好元長さん、大物崩れの勢いそのままに畿内勢と喧嘩しまくります。

 

 

細川晴元さんは元長さんに感謝はしてたんでしょうが、やはり政権構想となると足利義維さん擁立よりは足利義晴さんとの和睦に心が傾いていたようで……。

朝廷が義晴さん派だったのも大きいかもしれません。
なんだかんだで義晴さんの努力がけっこう畿内各位に伝わっていたんでしょうか。

 

 

そんな晴元さんの変節が許せない元長さん。

 

伝統的三好一族らしく、思いを態度にどんどん出していきますよ。

 

 

 

まずは木沢長政さんとバチバチ。

 

それだけならまだしも……

 

元長さん、柳本賢治さんの急死から必死に家を建て直そうとしていた柳本家に殴りこんでいって、賢治さんの遺児(家督代行者とも)甚次郎さんを殺してしまいます……

 

 

 

 

晴元「やり過ぎやろ」

宗三「それはアカンやろ」

長政「次はいたいけな自分も元長に攻められそうです」

宗三「(それは畠山義堯を挑発したアンタのせいでは)」

 

晴元「宗三、お前元長の親戚やろ。なんとかならんか」

宗三「あやつは人の話を聞くような風流な耳を持っておりませぬ」

 

晴元「誰か元長を止められるやつーー」

一同「シーン(無理や)」

 

長政「そういえば、知り合いの一向宗法華宗と元長殺したいと言うてました」

晴元「\ピコーン/」

 

 

 

……そしてしばらくしてから。

 

 

木沢長政さんが籠城する飯盛山城を包囲していた三好元長さんを……

 

10万名以上とも言われる一向一揆が突如襲います

 

 

 

さすがの元長さんも数の暴力には勝てません。

 

堺まで敗走し、足利義維さん・細川持隆さん、そして妻と息子の千熊丸(長慶)さん11歳を阿波に逃がし、自分は堺の顕本寺で腹を切ります。

 

その最期は、十文字に斬った腹から腸を取り出し、天井に投げつけるという壮絶なものだったとも……(顕本寺血天井)。

 

 

 

こうして、三好元長さんはわずか32歳の人生を終えました。

 

足利義維さんが畿内を離れたことで堺公方府もまた崩壊。

細川晴元さんは足利義晴さんと和睦し、京に政権を開くこととなります……。

 

 

元長さんにとっては、夢に向かって頑張っても頑張っても畿内衆に足を引っ張られ、思い通りにいかないという結末でありました。

 

一方、畿内衆や晴元さんからすれば、元長さんは超有能である一方、あまりにもトラブルメイカー過ぎて、畿内安定化に向けては真逆の存在であったことも事実であります。

 

 

 

元長さんの「蹉跌の冀」。

史実に思いを馳せれば、かんたんに消すには忍びない……「無骨者」の一言で片づけたくない固有特性なんですよ(笑)。

 

 

 

 

 

 

三好元長さんの遺児たち

元長さんの死の経緯にヤックデカルチャーした千熊丸兄弟は……

畿内衆と上手く付き合っていくためには自分たちもカールチューンを目覚めさせねばならないことを思い知ったのか。

 

長男千熊丸さんは連歌の第一人者三好長慶となり

次男千満丸さんは茶の湯の第一人者三好実休となり

三男千々世さんは歌って茶も点てれる仁将安宅冬康となり

娘のいねさんは千利休さんに嫁ぐことになります。

 

※元長さんの顔を知らずに育った末子は元長さん似の武闘派元気っ子に育ちました

 

 

 

個人的には、元長さんが畿内衆にまったく受け容れられなかったことだけでなく。

同族の三好宗三さんが畿内衆と上手く付き合えている事実も千熊丸兄弟にとって大きかったんじゃないかなと想像しております。

 

「四国衆」「三好家」という出身属性・利害関係を超えて皆から慕われている人物がいる以上、目を背けずにベンチマークにせざるを得ないですよね。

 

 

 

こうしてヤクザから歌手にクラスチェンジした三好長慶さん。

 

201X屈指の微妙スキルと名高い長慶さんの「副王の寛容」(全体の攻撃力をやんわり強化、自身の防御力をかなり強化)も、あれは旗艦の安全カプセルの中で歌って皆を応援しているイメージなのかもしれませんね。

 

「藍・おぼえていますか」的な。

 

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「私の歌を聴けえっ!!」

 

 

 

ギュイーン

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\諸人之を仰ぐことノーザンクロス

 

 

 

 

長慶さんは畿内出身の家臣からもバッチリ慕われているようですし何よりであります。

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……まじめな話を補足しますと。

 

政権構想面でも、長慶さんはあれだけ元長さんが擁立にこだわった足利義維さんを全力でスルーする一方、足利義晴さんの息子「足利義輝」さんと喧嘩したり和睦したりしていきます。

そのせいか数少ない元長さんの味方だった「細川持隆」さんを殺めることにもなりますが……結果として畿内の安定には繋がっていたようにも見受けられますね……

割り切れる決断ではなかったと思いますが……。

 

元長さんの蹉跌した事績あってこそ、後の三好長慶さんがあったとも……。

 

 

長慶さんや実休さんの死後、 再び足利義維・義栄派が篠原長房さんという大人物を得て巻き返しますし、偉い人たちの分裂ってのは本当に何十年にも亘って禍根を残すものであります。

 

 

 

 

 

 

私が好きな元長・長慶親子のエピソード

以前この二人を調べていて見つけた、お気に入りの内容をふたつほど。

 

 

一点目は千熊丸さんの畿内政界デビューの日付

 

 

元長さんが一向一揆に滅ぼされた命日は6/20

 

そしてその一年後、暴走した一向一揆細川晴元さんの和睦を千熊丸さん12歳が斡旋した日付も……同じ6/20なのです。

 

 

この日付一致を見つけたときは、当時の人々の思いを受け止めたような気になって一人で感動したものです。

 

私は、三好元長さんのことを好きだった人々……妻や千熊丸さんや細川持隆さんなど……皆の総意でそうなったんだろうと思い込んでいます。

 

 

 

 

もう一点は、1551年に三好長慶さん30歳が詠んだ連歌

 

 

この年、畿内を制覇した長慶さんを刺客が襲います。

2度の暗殺未遂事件。

同盟者の遊佐長教さんも暗殺されてしまいます。

 

そんな不穏な情勢下、長慶さんは「千句連歌という大イベントを執り行いました。

 

鶴崎裕雄さんの論文で内容を拝見することができます)

関西大学学術リポジトリ: 新出連歌資料 「(仮題) 天文三好千句三つ物」

 

 

 

その千句連歌のラスト……最後の最後に長慶さんが詠んだ歌がこちら。

 

「ふかくしも 親のをしへに まかせきて」

 

 

暫定天下人となった長慶さんは、どのような気持ちで「親の教え」を思い起こしていたのでしょうか……。

 

 

長慶さんの生の人柄と、かつてあったであろう元長さん(とその妻)の情がにじみ出ているようで、とても好きな歌です。

 

 

 

 

 

以上、気がつけば正月からやったら長い文章を書いてしまいました。

すみません。

 

三好元長さんの人気が1ミリでも増えたら幸いです。

 

 

 

 

201Xの年末年始イベント、楽しいですね。

 

極・黄龍はビビッて手を出していませんが、初めてチャレンジした真・四神が意外と何とかなっていたり、かつて泣かされた黄金蠍を余裕で倒せるようになっていたりで、ひとりで喜んでいます。

 

国府台異聞の足利義明さんや里見義堯さんの描かれ方も愛しいです。
初期北条家ファンや里見家ファンには必見ものだと思います。

小弓公方がOKなら、細川晴元さんたちも登場のチャンスがあるかもしれませんよ。

 

 

 

 

正月から楽しい年はいい年に違いありません。

 

2018年、皆様にとっても私にとっても素晴らしい一年となりますように。

今年もよろしくお願いいたします。