「失敗の本質」という本が再び書店でプッシュされていたので買って読んでみたら太平洋戦争のつらい経緯描写がいっぱい載っていて暗い方向にかんたんしました。
(人数が多いので記事タイトルは敬称略)
太平洋戦争について、そもそもの資源不足とか戦略欠如とかは一旦置いておいて、個々の作戦遂行時の失敗事例を詳細に取り上げ、その上で日本軍の組織的課題を解きほぐしていくという構成の本になっております。
同じ日本人の組織の失敗を扱う本ですので、企業など現代日本組織にも共通する要素がいろいろ見受けられまして、これは参考になるわいと重宝がられて昭和59年発行の本でありながらいまも盛んに読まれている訳ですね。
この本で語られている日本軍組織の「失敗の本質」については、文庫版あとがきの以下の部分が分かりやすいかと思います。
われわれにとっての日本軍の失敗の本質とは、組織としての日本軍が、環境の変化に合わせて自らの戦略や組織を主体的に変革することができなかったということにほかならない。戦略的合理性以上に、組織内の融和と調和を重視し、その維持に多大のエネルギーと時間とを投入せざるを得なかった。このため、組織としての自己革新能力を持つことができなかったのである。
それでは、なぜ日本軍は、組織としての環境適応に失敗したのか。逆説的ではあるが、その原因の一つは、過去の成功への「過剰適応」があげられる。過剰適応は、適応能力を締め出すのである。近代史に遅れて登場したわが国は、日露戦争(一九〇四~五)をなんとか切り抜けることによって、国際社会の主要メンバーの一つとして認知されるに至った。が同時に日露戦争は、帝国陸海軍が、それぞれ「白兵銃剣主義」、「艦隊決戦主義」というパラダイムを確立するきっかけともなった。その後、第一次世界大戦という近代戦に直接的な関りを持たなかったこともあって、これらのパラダイムは、帝国陸海軍によって過剰学習されることになったのである。
組織が継続的に環境に適応していくためには、組織は主体的にその戦略・組織を革新していかなければならない。このような自己革新組織の本質は、自己と世界に関する新たな認識枠組みを作り出すこと、すなわち概念の創造にある。しかしながら、既成の秩序を自ら解体したり既存の枠組みを組み替えたりして、新たな概念を創り出すことは、われわれの最も苦手とするところであった。日本軍のエリートには、狭義の現場主義を超えた形而上的思考が脆弱で、普遍的な概念の創造とその操作化ができる者は殆どいなかったといわれる所以である。
自らの依って立つ概念についての自覚が希薄だからこそ、いま行っていることが何なのかということの意味がわからないままに、パターン化された「模範解答」の繰り返しに終始する。それゆえ、戦略策定を誤った場合でもその誤りを的確に認識できず、責任の所在が不明なままに、フィードバックと反省による知の積み上げができないのである。その結果、自己否定的学習、すなわちもはや無用もしくは有害となってしまった知識の棄却ができなくなる。過剰適応、過剰学習とはこれにほかならなかった。
400ページに及ぶ本書を著者自身の手でよく要約されていると思います。
読んでいて胸が痛くなったり自身の所属組織の黄昏を憂いたりした方もいるのではないでしょうか(笑)。
もうひとつ、本著のポイントとして日本軍と米軍それぞれの組織を比較している箇所がありますのでそちらも引用しておきます。
分類 項目 日本軍 米軍 戦略 1 目的 不明確 明確 2 戦略志向 短期決戦 長期決戦 3 戦略策定 帰納的
(インクリメンタル)演繹的
(グランド・デザイン)4 戦略オプション 狭い
ー統合戦略の欠如ー広い 5 技術体系 一点豪華主義 標準化 組織 6 構造 集団主義
(人的ネットワーク・プロセス)構造主義
(システム)7 統合 属人的統合
(人間関係)システムによる統合
(タスクフォース)8 学習 シングル・ループ ダブル・ループ 9 評価 動機・プロセス 結果
詳細は読んで確認してくださいという感じですが、先にこういう視点を頭に入れておくと一章の具体失敗作戦事例についても理解がスムーズかもしれません。
この本の後半、二章と三章については、上で挙げたようなポイントを丹念に解説いただける内容になっております。
時間がない方など、二章と三章だけを読んで「分かった気になる」人も多いのではないかと思います。
その上で、あえて私は「一章」を精読することをおすすめしたいと思いました。
一章で取り上げられている具体失敗事例……
1 ノモンハン事件
2 ミッドウェー作戦
3 ガダルカナル作戦
4 インパール作戦
5 レイテ海戦
6 沖縄戦
(こうして挙げるだけでも気分が重くなるやつばかりですが)
を読んで、ある程度でも「追体験」をした方が二章・三章の内容が身につくと思いますし、理解や現実への応用もしやすいのではないでしょうか。
もちろん、こうした太平洋戦争の各作戦については現代も研究が続いておりますので、この本で挙げられている作戦の背景や推移については昭和50年代時点の分析であることは含んでおく必要があります。
大きくは現代でも通用する定説ベースですので、詳しい方以外は気にならないかもしれませんけどね。
以上が本に書いてあることのざっくり概説で、ここからは私の感想です。
おおむね納得感の高い内容でとても参考、刺激になりましたが、個人的には「では、どうして日本軍の組織課題がこのように醸成されていったのか」という点の掘り下げが少し薄いかなと気になりました。
上で引用したところにも書いてありますが、日露戦争あたりの成功体験にその「因」を置きすぎているようなきらいが。
この本を読んで思い描いた因果……あくまでイチ素人の妄言ですが……、こうした日本組織の特質・課題は、日本人の気質や文化というより、「明治維新期に自覚した“資源不足”」によるところが大きいんじゃないかなと考えてしまいました。
(もはや本の内容から離れてしまっています)
アメリカやロシア/ソ連、ヨーロッパ勢と比べた時の我が国の圧倒的資源不足感。
当著で挙げられた日本組織の課題、「短期決戦主義」や「一点豪華主義」、「戦略オプションの狭さ」といった要素は、そもそも資源不足の我が国においては「一つのことを徹底的にやる」以外の道がなかったんじゃないのかなと思えるのです。
例えば江戸時代なら、比較対象が海外というよりは他藩ですから、日本国内でもある程度の“多様性”を保持しておくことってできたんじゃないかなと。
新日本風土記で取り上げられるような地域地域の伝統文化って江戸時代以前に由来するものが多いじゃないですか。
それが、明治以降は世界の大国の中で日本全体の舵取りをする必要が出てきましたので、資源が足りない(人口だけはけっこうありましたが)日本は多様な戦略にトライする余裕なんてもとよりなく、白兵戦なら白兵戦、艦隊戦なら艦隊戦といった一点に特化していくしかなかった、長期デザインなんて検討する体力すらなく短期決戦でコトを決めるしかなかった……という理解の方がしっくりくるんですよね。
日露戦争だって、日本海海戦は確かに大勝利しましたけど、戦争全体は日本の戦費枯渇により屈辱的講和(当時の価値観ベース)で幕を閉じたじゃないですか。
そして、太平洋戦争後の高度成長だって「一つの経営スタイルを極める」で頑張ってきて軌道修正できずに低成長時代に突っ込んでいっちゃったじゃないですか。
何が言いたいかというと、この本で挙げられたような「日本組織の特性」って、読者はついついリーダーや組織員の人格とか、組織内で受け継がれていた文化風土とかの攻撃・反省に目を向けがちなんですけど、そうやって組織的現象に失敗原因を求めすぎるのも実は不健康で、真に直視すべきは不足しがちな資源とその配分のところなんじゃないのかなあと。
あえて組織課題として言うなら、伝統的に日本人は「資源」に関わる情報を上層部などで秘匿しがちで、多くの人に「資源不足」へ向き合うことをさせてこなかったところこそが一番反省すべきじゃないかなあと。
上層部は資源確保や資源不足を割と正確に把握して戦略を立てるんだけど、下に降りてくるころには「あそこを占拠せよ」「現場のマンパワーだけで何とかせよ」「大事なのは気合いだ」だけになっている感。
現代企業においても会社全体の収支とか将来予測とかはきちんと説明せずに現場には「売上目標必達」「人を減らせ」「物件費も減らせ」「現場のマンパワーだけで何とかせよ」「大事なのは気合いだ」だけになっている感。
日本は伝統的に「人」しか資源がないとよく言われますが、そんなけ優秀な人が現場にもたくさんいるんだから、もう少し資源に関する情報を共有して一緒に考えようよとやっても大丈夫だと思うんですけどね。
資源の現状を把握したうえで「一点豪華戦略しか取りようがない」「あれもこれもはムリ」ということを納得してからの方が、現場もよい知恵が湧きそうなものです。
極端なことを言えば、高度成長やバブルのあの頃に「とはいえ我々は“徹底”は得意だけど“方向転換”は苦手だ、色んなオプションを考えたり試したりするほどの資源の蓄積はないから。ハハハ」ということをあらかじめ把握しておければなあ……と(笑)。
太平洋戦争も、「資源の有効活用」と「資源の効率的確保」という一番大事なところを「大本営と現場と国民とでどこまで共有できていたのか、できていなかったのか」という視点でもう少し掘り下げたやつを勉強してみたいなあという気持ちになりました。
誰かそういう角度の良著を知っていたら教えてください。
という感じに、組織論に失敗の本質を求めにいく本を読んでいながら「なんでそういう組織になったのか」の方が気になってしまった読後感でした。
そんで、私個人としてはそもそもの資源不足(対大国比)あたりが現代に続く日本組織文化のルーツじゃないかなあと思った次第です。
繰り返しですけど素人意見ですのでご留意ください。
もうひとつ、私的な心情を。
私は歴史好きですが、やっぱり近現代史……当事者やその遺族が生きている時代……の話は読んでいてつらいなあと思いました。
まして失敗事例を集めている本な訳ですから。
太平洋戦争頃は、良くも悪くも私の乏しい想像力でもけっこうリアルに想像できてしまう時代なんですよね……。
一章の具体失敗作戦を読んでいると、どれだけ多くの人の命や努力や思いが無下に……という感情が湧いてきてとにかくつらかったです。
想像力に限界があるおかげで、江戸時代以前の歴史はけっこう客観的に向き合えたりもするのですが(我ながら自己中なものです)、近現代史はつらい……。
気軽に消費できない……。
その代わり学んだ内容は鮮烈な印象として残るのだけれど……。
歴史とお付き合いするって難しいものですね。
なんか本の主題から離れることをいろいろ書いてしましましたが、それだけ読んだ人に様々な思惟を促してくれる良著なのだと思います。
誰が読んでも書いてある内容は同じなのだけど、そこから得るものは読者それぞれで大きく違う。
そういう類の本ではないでしょうか。
失敗の記憶や組織の性質にある程度はとらわれつつも、人がよりかろかろと飄々と生きていけますように。
「最悪の事故が起こるまで人は何をしていたのか」ジェームズ・R・チャイルズさん / 訳:高橋健次さん(草思社文庫) - 肝胆ブログ