肝胆ブログ

かんたんにかんたんします。

「北条氏康の妻 瑞渓院 政略結婚からみる戦国大名」黒田基樹さん(平凡社)

 

北条氏康さんの妻「瑞渓院」さんを切り口に今川家・北条家の興亡を追った書籍が興味深くてかんたんしました。

 

www.heibonsha.co.jp

 

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さいきんの中世本は「家格」「身分秩序」といった当時の価値観をあらためて評価する本が多いような気がいたしますが、この本では「正妻」という立場の役目、重さ、くびきを詳らかにご教示いただける内容になっております。

 

「正妻」から生まれた子だから嫡子はこの子、二番目の跡取り候補はこの子。
手元に置いておきましょう。

この子は妾腹の生まれだから養子に出すことにしましょう。
ああでも、養子先が立派な家だから、いったん「正妻」と養子縁組してからあらためて外に出すことにいたしましょう。

 

そんな判断がふんだんに味わえます。

 

……妾経験者にはちょっとつらいかも。

 

 

 

あらためて瑞渓院さんのご紹介を。

 

瑞渓院さんは今川家の生まれで、父親は今川氏親さん、母親は寿桂尼さん。

長じて北条家に嫁ぎ、夫は北条氏康さん、子どもは北条氏政さんや、今川氏真さんに嫁いだ早川殿など。

 

いずれも錚々たる面子であります。

関東戦国史終盤のまさにど真ん中に生きた女性という訳ですね。

 

201Xではろけっと砲をぶっ放す面白美人な扱いですが、

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その生涯は実家と婚家の二つの滅びにまみえる悲壮なものであったりいたします。

 

 

この本は瑞渓院さんおよび近縁の方々の目から今川家・北条家の歴史を追っていくものですが、瑞渓院さんの人柄を示すような文献は元より存在しませんので、紹介される史実自体はある程度関東史を知る方であればお馴染みの内容が多ございます。

(一方、初学者にとってはコンパクトに今川家・北条家を学べていいと思います)

 

 

その上で実に面白かったのが、今川家・北条家の系図や生年を、母親の年齢等も参考にしながらあらためて検証してはる序盤のページ。

 

 

まずは今川家

 

結論だけを取り上げますが、著者黒田氏の説によれば、今川氏親さんのお子様は……

 

 

とされております。

 

今川義元さん妾腹説にどうしても目が行きますね。

確かに玄広恵探さん同様、妾腹の子だけが出家していた……と見れば筋は通りますが。

今川家研究に一石を投じた形だと思いますので、今後の検証が楽しみです。

 

本の中では「今川家は家格が高すぎて嫁探しに難儀した、結果京から公家の娘を貰ったり調整に時間がかかった、そのため晩婚化の傾向があった」という考察がされていたのも興味深かったです。

こういう家格にまつわる苦労や難題って、当時の方々の判断軸を想像するのにリアリティを与えてくれる感じがしていいですね。

 

 

 

続いて北条家

 

北条氏康さんのお子様方は……

 

  • 北条氏親(1537)……瑞渓院実子
  • 北条氏政(1539)……瑞渓院実子
  • 七曲殿 / 北条氏繁妻(1541頃)……瑞渓院実子
  • 北条氏照(1542)……瑞渓院実子
  • 千葉親胤妻(1542頃)
  • 北条氏規(1545)……瑞渓院実子
  • 長林院 / 太田氏資妻(1545頃)
  • 早川殿 / 今川氏真妻(1547頃)……瑞渓院実子
  • 北条氏邦
  • 上杉景虎
  • 浄光院殿 / 足利義氏妻(1555頃)
  • 北条氏忠(1555頃)……養子
  • 北条氏光(1557頃)……養子
  • 桂林院殿 / 武田勝頼妻(1564)

 

とする説を唱えられております。

 

印象的だったのは、北条氏邦さんが妾腹ではないか、但し本人の実績からどんどん北条兄弟の中での序列が上がっていったのではないか……という説と、嫡子北条氏親さん&三男北条氏照さんの名前は今川氏親さん&今川氏輝さんから取ったのではないか……という説。

 

しかも氏照さんに氏輝さんと同音の名前をつけた背景には、「実家今川家の当主に妾腹の義元がついたのが気に入らぬ」みたいな心情があったのではないか……と想像されている場面は思わず微笑んでしまいました。

検証のすべはありませんけれども、実際にあったかもしれぬ心の働きに思えなくもなくて楽しいですね。

 

 

本の中盤・終盤では今川家・北条家が滅びに向かっていくのを追いかけていく形になりますので、瑞渓院さんの立場はどうしても哀調を帯びてまいります。

 

駿河から逃れてきた今川氏真・早川殿夫妻をかくまい(長生きしはりますけどね)。

息子の氏政さんは武田家とのアレで離縁する羽目になり。

秀吉さんに囲まれて降伏寸前の小田原城の中、瑞渓院さんと鳳翔院殿さん(北条氏政継室)は同日にお亡くなりになるのです(自害でしょうか)。

 

家格の高い武家に生まれた娘として、大国に嫁いだ正妻として、その生を毅然と全うしたような印象を受けますが……

滅びの近くに位置した女性のあわれを思わずにはいられません。

 

 

 

上記のような新説やあわれに出会えますし、比較的ライトな内容の本でもありますので、関東史のファンにはいいのではないでしょうか。

 

こうした家族の検証が畿内史にも波及してきてくださいますように。

史料が多く残っている家はいいなあ。