有名な杉山城に行ってみたところ、噂通り、小規模な山城ながら巧み極まりない築城の工夫がたくさんなされていてかんたんしました。
こんな城を攻めたくはないものです。
菅谷館の続きです。
埼玉県比企郡嵐山町「菅谷館(続日本百名城)と嵐山史跡の博物館」 - 肝胆ブログ
比企郡嵐山町は町内に二つも続日本百名城が存在するという、城好き垂涎の地として知られています。
特に杉山城は、城郭ファンからは「戦国期城郭の最高傑作」「築城の教科書」とも呼ばれているそうで。
案内図。
私有地なのに地権者の方のご理解・ご協力によって公開いただいているそうです。
本当にありがたいことですね。
パッと見にはただの野山にしか見えないかもしれませんが……
立体的な縄張りをよく見ると、攻め手を絶対殺すような仕様があちこちに。
張り出した土塁に、近所の菅谷館と共通した築城思想を感じ取れなくもありません。
本郭周辺。
あちこち写真を撮ったのですが、縄張りの凄さは私の写真技術では再現できそうになく容量の無駄遣いになりそうなので貼るのはやめておきます。
城郭に詳しい先達に伺ったところ、「素人が土塁や堀の迫力を写し出すのは無理」とのことなので、そんなものかと思って気が楽になりました。
代わりに歩いてみた体感を申しますと、うねうね入り組んだ侵入経路が印象的なお城で、あたかも3次元の迷路を進んでいるような気になってしまいます。
そのため、ともすれば方向感覚が狂いそうになり、「どっちから来たんやっけ」「どっちに向かってるんやっけ」という恐ろしい状態に頭が。
しかも、そんなときに頭上を見上げるとちょうどいい位置に守り手が陣取ってそうな郭が見えて、ああこうやって狙い打たれて討ち死にするんですねという感慨を楽しむことができるんですよ。
斜め上を見ながら歩いてみることを推してみたいと思います。
この面白さは現地に行ってみないと分からないので、埼玉の近くにお住いの方はぜひぜひ訪れてみてください。
ちなみに車のナビをセットする際は、杉山城でなく「玉ノ岡中学校」「積善寺」で検索するのがおすすめです。
私が訪れた際は、積善寺の方らしき人がご親切に道を教えてくださいました。
本当にありがとうございます。
ちなみにこの杉山城、誰が築城/整備したのかでいまも論争が続いているそうです。
築城技術が高すぎるのでずっと「後北条家の城」だと考えられていたところ、近年の発掘調査によって「どうも山内上杉家の城らしい」という風になってきているのだとか。
(既にオフィシャル説明は山内上杉家の城という扱いになっていました)
そういえばちょっと前に「杉山城の時代」という本が話題になってましたね(未読)。
私はライトな歴史好きなので詳しいことはよく分かりませんが、後北条家の優れた築城技術のルーツには興味があるので、仮に山内上杉家の城だったとしても、こうした良き先例を吸収発展させたのが後北条家なのだと思えば十分にロマンがあるなあと思っています。
間違いなく後北条家が築いた名城があちこちにある訳ですし。
関東は争乱が長く続いていたので築城技術の堆積があっても違和感ありませんし、西国から進出してきた後北条家が土地に根付いたノウハウを吸い取っていくのも実に凄み。
こんな論争が巻き起こるくらい、この城には訪れた人のトキメキを掻き立てるような魅力があるということだと思います。
菅谷館ともども多くの方がこの地を訪れて、山城ファンが増えていきますように。