森鴎外さんの「青年」を初めて読んだのですが、イメージとは異なる「人妻(未亡人)の虜になってしまう青年モノ」な物語にかんたんしました。
↓岩波文庫による紹介
現代社会を描きたいという希望をもって東京へ出た文学青年小泉純一が,初志に反して伝説に取材した小説を書こうと決意するまでの体験と知的成長を描く.作中に夏目漱石,木下杢太郎,正宗白鳥,森鴎外自身などをモデルとした作家が登場する.漱石の『三四郎』と並称される鴎外初の現代長篇小説.改版(解説=須田喜代次)
ということで、文学的というか、内省的というか、懊悩的というか、そういう小説なんだろうなと思っていたところ、いや、実際そういう面もふんだんにあって確かに文学的傑作なんですが、それよりも森鴎外さん48歳(執筆時)による人妻(未亡人)ってイイよね……的要素がいちばん強烈に印象強くて面白かったです。
以下、ネタバレを含みます。
主人公は文学青年の小泉純一さん。
童貞、イケメン、実家が金持ち、故に無職(小説家志望、但し書いたことはない)。
小説家になりたくて、故郷の山口から東京に引っ越してきたところ。
無職なので暇です。
小説家のところを訪ねていったり、難しげな本を読んでみたり、お友達と東京近郊の観光にいったりと、優雅な暮らしをしております。
イケメンなので、女性はみんな彼に一目惚れします。
なんだこの主人公。
そのまま同世代の女性あたりと付き合って身の丈にあった恋愛でも覚えていければよかったのですが……
人妻(未亡人)と知り合う
↓
本を借りる約束をする
↓
人妻(未亡人)の家に赴く
↓
童貞を捨てる(奪われる)
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懊悩する
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もう会わないと思ったり思わなかったり
↓
また会いにいく
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懊悩する
↓
もう会わないと思ったり思わなかったり
↓
また会いにいく
↓
酷い現実を突きつけられる
↓
懊悩する
↓
もう会わないと思ったり思わなかったり
↓
いまならイイ小説が書けそうな気がする
↓
完!!
……という美しい文学的流れで物語は進展していく訳ですね。
あ、一応断っておきますが、明治期の文学なのでダイレクトないかがわしい描写はございませんのでお含みおきください。
こういう楽しいプロットの上に、森鴎外さんらしい当時の社会への洞察、青年特有の(ある種自己中心的な)懊悩、それぞれが魅力的な空気を放つ女性たち……などなどの優れた描写が乗っかって、実に満足度の高い作品に仕上がっているのです。
慰められるのは主人公と友人の、青年期における友情の素晴らしさの描写。
人妻(未亡人)とのあれやこれやで濁り始めている主人公の物語において、非常に爽やかな得難さを与えてくれる場面になっているんですね。
「きょうは話がはずんで、愉快ですね。」
「そうさ。一々の詞を秤の皿に載せるような事をせずに、なんでも言いたい事を言うのは、我々青年の特権だね。」
みたいな会話は、森鴎外さん48歳も、我々青年でない読者も、確かに眩しさを感じる青年期の幸福だと思うのです。
身の丈に合わない恋愛の懊悩も、若い友情の素晴らしさも、世代を超えた不変のテーマでありますし、それらを鮮やかに描いてみせたこの「青年」は現代でも不変の傑作だと思いますね。
もしかしたら青年よりも、元青年にこそ勧めたい作品かもしれませんが。
これから日本では人数が減っていく青年の方々も、同じように素敵な経験値をたくさん身につけて立派な社会人になっていかはりますように。