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かんたんにかんたんします。

隠岐の島観光「島前:後鳥羽上皇、後醍醐天皇、摩天崖トレッキング等」

 

歴史ファン憧れの島である隠岐に行ってみたところ、歴史関係のロマンを存分に味わいつつ、想像以上の大自然スペクタクルにも出会えてかんたんしました。

 

oki-dougo.info

 

 

隠岐の島の図。

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隠岐の島ってひとつの島だと思っている人が多いんですが、実は複数の諸島から成り立っているんですよ。

皆様知っていましたか。私は恥ずかしながら行くまで知りませんでした。

おおきくは図奥の島前と、図手前の島後という二つの地域で構成されています。

 

 

今回は島前です。

隠岐の島といえば後鳥羽上皇配流と後醍醐天皇配流&脱出という人も多いと思いますが、このお二人に関係する史跡の観光は島前が中心となります。

 

 

まずは島前の中ノ島、海士町にあります隠岐神社。

okijinja.sakura.ne.jp

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後鳥羽天皇を祀る神社でして、後鳥羽上皇の行在所である源福寺跡や後鳥羽院資料館にも隣接しております。

 

リンク先でも見ることができる、「菊浮線」の紋がいいですね。

 

 

行在所(源福寺)跡。

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後鳥羽上皇は日本刀を愛好されていたこともあり、現代でも刀鍛冶から厚い尊崇を受けておられるそうです。

資料館でも日本刀を拝見することができますよ。

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後鳥羽上皇承久の乱の経緯で隠岐の島に配流されてしまいましたが、江戸時代頃から再評価がなされ、昭和初期の隠岐神社創建に至ったようです。

ご本人の無念等はさておき、隠岐神社は桜の名所として地域の人々からも愛されているようですし、悪いことばかりではないよなという気持ちにもなります。

 

「承久の乱 真の「武者の世」を告げる大乱 感想」坂井孝一さん(中公新書) - 肝胆ブログ

 

 

 

隠岐神社と港(菱浦港)の間には、後鳥羽上皇を支えた「村上家」の資料館と、その城「因屋城」がございます。

村上家は交易で全国に名を知られた豪族兼豪商で、後鳥羽上皇の資産管理担当の公家「水無瀬家」とも代々交流を持っていたそうで。

 

因屋城跡。村上家資料館の左手にある階段を登ったところです。

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戦国時代、村上家は毛利家に属していたそうで、隠岐に攻め寄せてきた尼子家残党軍とこの因屋城で戦って追い返したという伝承が残っています。

 

島前には村上家の他に松浦家という有力者もいらっしゃるのですが、それぞれが著名な水軍衆と同じ名字なだけに、何か繋がりがあったんでしょうかね。

 

 

 

 

続いて、海士町から内航船で西ノ島へ。

(今回、知夫里島には行けませんでした。赤壁見たかったんですけど)

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太平記の里。

西ノ島の歴史観光は後醍醐天皇推しです。

 

 

黒木御所。後醍醐天皇行在所跡と伝わっています。

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建武中興発祥之地」という石碑がイカつくていいですね。

 

黒木とは加工していない(樹皮がついたままの)木材のことで、他の天皇が配流された佐渡ヶ島等にも同様の地名が残っているそうです。

 

後醍醐天皇行在所は、島前の黒木御所説と、島後の国分寺説があるそうで、一般的には島後の国分寺説が定説になっているそうですが、隠岐の島の住民(島前・島後両方)的には黒木御所説の方が有力、とのことでした。

脱出の機を伺うなら本土に近い島前の方が合理的とのことで。

 

 

 

黒木御所からほど近いところには、後醍醐天皇が脱出して船を待つ際に腰掛けたという石まであったりします。

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こういう「●●さん腰掛石」ってあちこちで見かけますけど、石に座っただけで史跡になってしまうのだから高貴な方や有名人の力ってのはドエライもんだと思います。

 

「南朝研究の最前線」編 呉座勇一さん/監修 日本史史料研究会(洋泉社歴史新書) - 肝胆ブログ

 

 

 

続いて神社をふたつほど。

隠岐の島は素敵な神社がたくさんあるんですよ。

 

 

由良比女神社。昔は付近にイカが大量に打ち寄せてきていたことで有名だそうです。

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社殿建築が超イイの。

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名産のイカの彫り物があったりも。

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隠岐の島は北前船交易で栄えた歴史があるので、神社も大坂あたりの腕のいい職人の手を借りて見事なものを築くことができたそうです。

 

 

 

こちらは重要文化財の焼火神社。駐車場から山道を徒歩15分。

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洞窟の形にあわせて社殿をつくったそうです。

 

ちなみに隠岐の島は火山島(島前は世界でも珍しいカルデラの内海を持つ)なので、この洞窟も火山活動によってできたのでしょう。

 

 

付近では夏の紅葉がきれいでした。

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野鳥も多く、トンビやキジも見かけました。

キジは猟師来島目当てで放鳥したそうですが、あまり猟師は来てくれず、どんどん繁殖しているそうです。マムシを食べてくれるのはありがたいそうですが。

 

 

港(別府港)には水木しげる先生の焼火神社エピソードも。

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史跡の次は、大自然

この大自然がですね、下調べせずに「ついで」くらいの気持ちだったのですが、めっさかんたんしてしまう絶景でございまして……。

 

「摩天崖」という地上257m、70階建てタワマン並みの断崖から、「通天橋(国賀浜)」という奇岩までをトレッキングしてみたところですね。

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ちょっとジャパン離れした景色が続くのですよ。

 

 

スタート地点。

遥か向こうにあるネズミ色の地点(駐車場)まで、緑を1時間かけて歩いていきます。

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こういう草っぱらをのんびりとね。海風も快く。

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辺りでは、普通に牛や馬が散歩しています。

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食事中の方には失礼ですが、牛糞馬糞が大量に落ちているので要注意です。

 

 

イケメンの馬。

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首がかゆくて標識でかいている馬。この後標識は倒されていました。

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摩天崖からの絶景。

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摩天崖を離れたところから。

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デカいってただただ素晴らしい。

 

 

ゴール付近まで降りてきて、通天橋と観音岩。

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尖っているのが観音岩で、角度等によっては観音像に見えるそうな。

 

 

以上のコースを遠くの赤尾展望所から眺めたところ。

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このトレッキング、本当に気持ちよかったです。

非日常感あふれる景色。超贅沢な時間。

基本下り坂なのでしんどくないし。

 

隠岐の島へ行くことがあれば、ぜひ歩いていただきたい場所ですよ。

 

 

 

残念ながら隠岐の島はインバウンド等の恩恵もほとんど届いておらず、これだけの豊富な観光資源を持ちながら観光客は減っていっているそうです。

ロマンに満ちた史跡、圧倒的な絶景、カルデラに代表されるジオな地形、多様な生物、おいしい魚介類と揃っている中でなぜ。

(首都圏・博多との直行便がない、魅力も彼らに伝わっていない、からな気がする)

 

 

隠岐の島の観光客が上昇に転じて少しは盛り上がって、豊かな史跡や自然がこれからも保全されていきますように。

 

 

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