肝胆ブログ

かんたんにかんたんします。

「山人として生きる」志田忠儀さん(角川文庫)

 

志田忠儀さんの書籍「山人として生きる」にかんたんしました。

 

山人として生きる 8歳で山に入り、100歳で天命を全うした伝説の猟師の知恵 志田 忠儀:書籍 | KADOKAWA

 

山人といっても三角寛さんや北神伝綺的な内容ではありません。

 

志田忠儀さん。

伝説の猟師、ラストマタギ、クマ撃ち名人、磐梯朝日国立公園管理人、
朝日連峰遭難救助隊、地元猟友会会長、ブナ林保護活動家、
そして勲六等単光旭日章受章者……

山にかかわる数々の逸話に彩られた、その筋では超有名なお方です。

 

私自身は登山について素人ですが、登山をこよなく愛する方と縁があったり
修験者の方と縁があったりして、山という神秘の世界に漠然とした憧憬を
抱いております。

山登りというのは命懸けの趣味で……

家族や身内の者からすれば心配が増えるばかりなのですが。

本人にとっては趣味などではなく、生き方のようなものなのでしょう。
何千年も前から変わらず、山は人々の思念を吸ってなお泰然と鎮座しています。

 

そんな私情もあってこの本を手に取ってみました。

内容は4章構成で、

 ・第一章 クマを撃つ(クマ狩りの話)
 ・第二章 魚を捕まえ、動物を追う(釣り、クマ以外の猟、茸狩り)
 ・第三章 山に生まれ、自然とともに暮らす(人生の振り返り)
 ・第四章 岳人を助ける(山岳救助活動)

と、全部で200ページ少々。

合間合間に志田さんと動物の写真なんかも挿入されていて、
たいへん読み易い書籍です。

ちなみに2014年に出版された「ラスト・マタギ」という本の
加筆修正版になるそうで。



志田忠儀さんのお人柄か、文章は淡々と、簡潔かつ素朴でいながら、
自然に対する深い愛情と畏れが伝わってくる……不思議な情趣があります。

プロの作家やライターやブロガーとはどこか違うんですよね。

昔、やはり何かの名人のエッセイ(インタビュー?)がこんな文体だったような
気がするのですが、誰だったか思い出せません。

特定の何かを極めた人が生涯を振り返る時、おのずとこういう削ぎ落した
文章表現になるのかも?



私の感想として、印象に残ったところを少し紹介します。


一章のクマさんのところでは、現地独特の「狩り用語」が印象的でした。


「連中」……狩猟のグループ
「巻き狩り」……朝日連峰一帯で行われているクマの猟法
「巻く」……猟に出ること
「鳴込」……クマを追う役
「通切」……クマを仕留めやすい場所に誘導する役
「立前」……クマを撃つ役
「前方」……全体を仕切る役
「倉」……猟場


地方地方の祭などもそうですが、昔から続く集団行動の場には
古い日本の言葉づかいが残っていて興味を引かれます。

民俗学の学者さんなんかは古老の語りを記録して言葉の保存に努めてますもんね。


言葉は時代とともに変わるもので、実用方面はそれでいいと思います。
でも、昔の言葉にたまに触れてみるのも豊かな暮らしだと思います。



二章の中では、ウサギ猟と、ウサギ料理の話に惹かれます。


ウサギ猟の話は細々とは引用しませんけど、ウサギの習性というものも
なかなか侮れない英知だと感心しました。


ウサギ料理は志田さんの子どもの頃の話として紹介されています。

ウサギが我が家に来た時は、私は学校から帰ると骨叩きをやらされた。
まずウサギから肉をとり、その後の骨を固い平らな石の上に乗せて、金槌でとんかんとんかん頭ごとつぶす。これを何時間もやって、非常に細かくなるまで叩く。そうしたものに、同じく細かくつぶした生豆を混ぜ、団子状にまるめて大根やごぼうと煮て食べるのだ。
そのうまいこと! いつも腹いっぱい食べた。
そして、その汁を食べ、話を聞きながら、私も大人になったらそんな遠くの山や川に行ってみたいなあ、そして狩猟や釣りをしたいなあと思ったものだった。

むむ、クックパッドとかにはまずなさそうな料理ですが、
なんだかとてもおいしそうです。

牛骨粉ならぬ兎骨粉。
たぶん極めて栄養豊富で、当時の山村では貴重な食事だったことでしょう。

ジビエ料理店とかで食べられたりするのかなあ。



三章と四章のエピソードは一つひとつが濃すぎるのに数ページで片づけられて、
「えっ、これだけしか語ってくれないの? も少し詳しく!」
という気持ちになります。

戦地の話。戦後の貧困の話。ブナ林保護活動の話。数多の遭難者救助。
どう見てもエピソード1つで小説を1本書けるくらいの内容なんですよ。
ラジオの話なんて戦中世代や終戦直後生まれの涙を誘うこと間違いなしです。
ラストのエピソードは山岳写真家の人生を変えてしまいかねないと思います。

もっと知りたくなるのに筆者の志田忠儀さんは既にこの世になく……。
(2016年に百歳で大往生)

うう、もったいない。

文章を読んで飢えたような気持ちになったのは久しぶりです。



これらの他、山の中で見つけた珍しい獣や植物の話題なども豊富で、
山好き自然好きには間違いのない一冊です。



手つかずの自然、人類未踏の自然……
これからも、いつまでも存続していきますように。