弁護士の長谷川俊明先生による表題本が良著でかんたんしました。
日本企業の海外進出がますます増えている・重要になっている一方、
東芝や日本郵政のような失敗事例の話を聞く機会も増えてきております。
また、日本国内においても営業や製造や事務や企画やあらゆる領域で
「コンプラ疲れ」が話題になっている風潮でもあります。
こうした世の中の流れに受け身でいても面白くなさそうなので、
最近はグループベースでのコンプラ・ガバナンス領域に対して
むしろ前向きに学んでいこうという気になってきました。
学んでみるとけっこう面白いものですね。
こちらの本は色々と読みかじっている中で、特に面白かったものです。
海外法務案件に強みを有する弁護士先生が書いてはるだけあって、
理論も実例もポイントが分かり易く、かつ実践的でためになりました。
字のフォントもそんなに小さくありませんし、難解な法律用語も少なめです。
海外展開している企業・海外進出を検討している企業さんにおかれましては
経営者さんも監査役さんも実務者さんもお目通しいただくといいと思いますよ。
以下に序章、1~3章、付録資料という本書の構成に従って
かんたんに概要や感想を書いてまいります。
序章 海外事業・海外子会社のリスクコントロール
-海外事業をめぐるリスク要因を分析
まずは昨今の状況の確認ということで、海外事業からくるリスクと
国内事業のリスクの違い(性質や大きさなど)を確認し、
海外子会社を法人格にして親会社へのリスク波及を遮断すべきという基本や、
駐在員の安全確保、海外子会社の独立性向上、海外子会社のグループ再編といった
論点を整理していただいています。
その流れで東芝事件やオリンパス事件にも触れてはりますが、
個人的にはイラン革命~イラン・イラク戦争時の某プロジェクト撤退判断
(日本側とイラン側で見解が分かれる)の事例が興味深かったです。
戦争も含めた現地固有リスクを予測し、あらかじめ契約に織り込んでおくことが
重要ですね。
他にも、中国沿岸部やインドでは現地人材の雇用・労務問題の観点から、
一度進出した企業は「かんたんには撤退できない」という視点も新鮮でした。
そう言えば知り合いのメーカーのおっちゃんもそんなこと言ってたような。
第1章 海外子会社の管理体制
-ガバナンス・コンプライアンス体制を解説
経営者や組織企画者向けの章になります。
グローバルグループのガバナンス・リスクマネジメント・コンプライアンスを
効かせるために、どのような組織体制や統治手法が考えられるかを
整理いただいています。
分かりやすい例で言うと、日本親会社が各海外子会社を直接統治する方法か、
日本親会社の下に各地域(米国、ユーロ、アジア・中国等)のハブ拠点を設置して
その下に各海外子会社を配置する方法か、などなど。
というのも、財務・会計関係は世界標準化が進んでおりますが、
法務関係については地域地域のローカル性が強いことが背景にあります。
確かにアメリカとユーロでもけっこう文化は違いますし、
社会主義国やイスラム圏になってくると法律も行政も個性的ですよね。
これらをすべて日本本社が直接マネジメントするのは非効率的かもしれません。
一方で企業理念や事業スピードなどはグローバルに浸透させる必要があって、
この辺の塩梅が経営者の腕の見せ所なのでしょう。
印象的だったのは「親会社による不正の防止」という観点です。
海外子会社の……というタイトルは「現地のリスク」だけを学ぶ本であると
想起させますが、この本は「親会社経営陣の牽制」にも力点を置いているところが
特長だと思います。
海外子会社から親会社監査役へのヘルプラインをつくっておけ、とか。
「親会社が子会社にばっちぃものを押し付ける」事案が本当に多いようで……。
読み手がまず襟を正さないといけませんね。
第2章 海外子会社の法的リスク コントロール体制
-最新の動向をふまえてリーガルリスクを明らかにする
この章は実務者・海外赴任者にも興味が湧く内容です。
具体的な海外現地のリスク事例をたくさん挙げていただいております。
先に節を挙げた方がイメージを掴みやすいかと思います。
第1節 新興国型法的リスクの管理
第2節 外国公務員に対する贈賄防止体制
第3節 独占禁止法・競争法コンプライアンス体制の課題
第4節 知的財産権の侵害・非侵害防止コンプライアンス体制
第5節 人事・労務分野コンプライアンス体制の課題
第6節 サプライチェーンのコンプライアンスとCSR
第7節 M&Aとグループ再編のリスクコントロール
第8節 日本親会社と海外子会社間取引のリスクコントロール
この本の「あんこ」の部分でもあって盛りだくさんですね。
なんとなく内容や事例を想像できる方も多いことでしょう。
独占防止に向けたリニエンシー(自首)制度の普及には興味を引かれました。
カルテルやトラストについて、自首したらお前の企業は許してやるという制度です。
他のカルテル仲間企業はもちろん制裁を受けます。
裏切った後が怖いですね。
各国で数十億円規模の制裁金を喰らった、あるいは自首して制裁を逃れた
具体日本企業名が次々に出てきて面白かったです。
日本人は日本人同士で集まりがち(ライバル企業同士であっても)だから、
余計にカルテルを疑われやすいというのはなるほどと思いました。
サプライチェーンで、海外での仕入れ元に……奴隷状態・強制労働・人身取引が
含まれていたらアウト、というのも重要ですね。
英国では「現代奴隷法」という刺激的な名前の法案が出来ているようで、
こうした観点の労働者保護法は今後急速に各国に広まっていくことでしょう。
「安いからこの仕入れ先!」くらいのノリで取引をジャッジしていたら、
ある日いきなり「人類の敵」だとバッシングされる可能性があるということです。
取引先調査と契約時の人権保護要請が欠かせないことを覚えておきましょう。
他に印象的だったのは中国全般ですね。
中国は法整備と行政面の執行が急速に進んでいる、突然変わるという特徴があります。
とりわけ行政の権限が強い、変化が激しいというところは重要で、
基本的には「まっとうな方向に進んでいる」ということもあって、
「以前はザルだったから」「以前は賄賂でOKだったから」というノリで
接すると大火傷する可能性が高そうです。
デカい国ですからまだまだ緩いところもあると思いますけど、
着実に「隙は減ってきている」と意識しておいた方がいいのでしょう。
第3章 海外子会社の内部統制・ガバナンスおよび監査体制
-イメージをしにくい海外子会社監査を理解する
こちらは監査役向けのチャプターです。
2章までの内容を踏まえた上で、海外事業監査はすこぶる重要だ、
でも各国の法律や海外子会社の独立性の観点から親会社が単純な直接監査を
できる訳でもない、ならばどうするという内容になっています。
確かに……親会社の監査役が乗りこんでいって日本語でギャーギャー
わめき散らしても子会社からしたら迷惑なだけです。
(これは日本国内でもそうです)
親会社としては体制面のチェックを中心にすべき、
各地域のハブ拠点と連携してグローバルな監査体制を構築しようという
合理的な方向性を示していただいております。
独立監査役員や弁護士・会計士など社外リソース活用の重要性を
語られているのもポイントですね。
反面、内部監査部門への評価は低いです。
「内部監査部門は所詮サラリーマン、経営陣の不正には文句を言えない」という
「確かに……」な事実を突いてはって、だからこそ監査役員が大事なんだと。
著者が弁護士であることを割り引いても、これは納得感が高いように思われます。
「社長を刺すことを躊躇わない内部監査部門」が理想なんでしょうけどね。
資料① 海外事業の内部統制、ガバナンスおよび監査のチェックリスト
資料② 海外子会社現地従業員(NS)向けコンプライアンスアンケート<参考例>
資料③ 海外事業監査項目<参考例>
これらはありがたいおまけです。
本著の内容を実際の実務に落とすためのひな形ですね。
出版社の良心を感じます。
この内容をベースに各社の事業に応じてアレンジすれば
それっぽいものができるのではないでしょうか。
以上、様々な角度からよい学びを得られる本でございました。
素直に面白かったです。
食わず嫌いせずにコンプラを学んで「攻め」に使っていけたらいいなと思います。
こうした指針・ノウハウが普及して、海外のチャンスを掴みにいく
日本企業、あるいは野心と才能ある個人が増えていきますように。
そうした企業が増えれば「平清盛」「倭寇」「堺」「朱印船貿易」などの
歴史題材も再び人気が出てくるでしょうし。