肝胆ブログ

かんたんにかんたんします。

「近代はやり唄集」編 倉田善弘さん(岩波文庫)

 

明治・大正期の流行歌を収録した書籍「近代はやり唄集」がなかなか興味深い内容でかんたんしました。

 

近代はやり唄集 - 岩波書店

 

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明治・大正期の民衆によって愛唱された「はやり唄」.日本音楽史は元より,近代文学歴史学でも顧みられることの少ない一二〇余曲を,八つのテーマ別にしてまとめる.物言わぬ人々の喜び,哀しみ,怒りは,「はやり唄」の歌声として表現された.それは,時代を写し出してもいる.歌謡・芸能史を開拓,推進してきた編者の永年の研究の集成である.

 

 

収められている唄は街角の唄、寄席の唄、座敷の唄、壮士の唄、書生の唄、ヴァイオリン演歌、劇場の唄、映画の唄と多岐にわたります。


ヴァイオリン演歌……

現代ではこち亀の85巻くらいでしかお目にかかれない言葉であります。

 

 

この時代の唄、言葉のつかいが楽しいんですよね。

"ギッチョンチョン”とか"オッペケペーとか"ヘラヘラヘエのヘラヘラヘエ”とか"テケレッパ”とか。

ドラえもんあたりでよく見かける言葉でしょう。

落語等を経由して、明治大正期のはやり言葉が昭和期の大作家藤子・F・不二雄先生などに流れていったんだと思うと感慨もひとしおです。

ギッチョンチョンは平成期のガンダム00でも使われていましたし。

 

当時の世俗を素直に唄った歌詞が多いものですから、例えばテケレッパの唄にしても

いまじゃひらけて 高野の山も
女きんぜい やめになり コリャ
にくじき さいたい おゆるしで
ヘッつい ざんばつ 女ぼもち
これから子どもが たんとたんと
テケレッパ


といった一節が入っていて、高野山の女人禁制終結が世間の人に驚きをもたらし、明治時代の流行歌として反映されていたことが分かるのです。

さいきん高野山を訪れたり高野山を舞台にしたBL漫画を読んだりした私にとってはタイムリーで印象に残りました。

 

他の唄でも、大正期に「新婚旅行」という単語がすでに登場していたり、女性の髪形の移り変わりが描写されていたり、世相の変化がどのように庶民に受け止められていたのかがなんとなく分かって面白いですよ。

 

 


世相という点では、来年大河ドラマになる西郷隆盛さんの唄もあったりします。

西郷隆盛や鰯か雑魚か
たいに追われて逃げかねた

西郷隆盛や枕が入らぬ
入らぬ筈だよ首がない

可愛西郷さんにあげたい物は
金のなる木と玉薬

いやだおッカサン巡査の女房
出来た其子が雨ざらし


……なんだかブラックな唄です。

最後の節に「巡査」という言葉がありますが。

西南戦争後、東京から大量の巡査が鹿児島に送り込まれた、巡査は雨の日も市中を監視している、巡査の子も親と一緒で雨に濡れている……といった解説がついていました。

庶民が官憲を囃す唄だったんですね。

これを唄っていた者は捕縛され重刑に処せられたとのことです。

唄や音楽が自由なものになるのはまだまだ先のことであります。

 

 


真面目な唄のなかでは「華厳の嵐」という唄がよかったです。


藤村操さんの事件を唄った内容になりますが、格調の高さと悲愴な決心が高い次元で顕現していますね。

自死に美しさを見出したくはないのですけれども……。
若者方には美しい精神性と自死という行為を分離して受け止めてもらいたいものです。

 

 

恋の唄としては「ゴンドラの唄」がいいですね。

有名な「いのち短し 恋せよ 少女(おとめ)……」というやつです。

この歌詞は時代を超えた普遍性があると申しますか、古今和歌集の時代に持っていっても現代の恋する世代に読ませても必ず称賛されると思います。

 


他にも「カチューシャの唄」「金色夜叉」「籠の鳥」「宮さん」などなど、有名な唄がたくさん収録されていますよ。

 

 

 

また、巻末の解説では、音痴極まりなかった日本人が明治~大正にかけて徐々に「音程」「歌唱力」という概念を身につけていった経緯が記載されていて、こちらも興味深かったです。


幕末の外国人によるコメント

音調の十中の九までが調子はずれと思えるような、西洋の音曲とは全く異なった一連の音程からなる日本の音楽にヨーロッパ人の耳をなれさせるには、よほどの長い年期を必要とするだろう。


ですとか、


明治期の外国人によるコメント

日本人は彼にても耳を娯ましむるや。左ながら犬の吠えるに似たり


ですとか。

 

方言の問題もあって、唱歌や軍歌を徹底するには長い年月を必要としたようです。

私は音痴ですので「みんな音痴のままだったらよかったのに」と思わなくもないのですけど、こうやって徐々に日本人の唄が向上したことで現代のヒットソングの数々も誕生することになったんでしょうからやっぱり先人の努力に感謝すべしですね。

 

 

以上、言葉の響きを楽しめる読み物としても文化史を紐解く資料としてもおすすめです。


やまと言葉がますます豊かに、音楽文化がますますエネルギッシュにありますように。