肝胆ブログ

かんたんにかんたんします。

「三好長慶さんの銅像」堺市南宗寺と大東市役所

 

 

いつの間にやら三好長慶さんの銅像が2体も誕生していてかんたんしました。

いちファンとして、寄贈なされた有徳の方々へ敬意を表するとともに御礼申し上げます。

 

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www.sankei.com

 

 

 

すごいですね。

H26年('14年)に堺南宗寺、H29年(’17年)に大東市役所。

 

3年に1体のペースです。

30年後には10体になっている計算です。
10か国設置も夢ではありませんな。

 

 

こういう吉事はみんなで祝った方がいいと思いますので、私も「長慶銅像フォルダ」を開放させていただきます。

 

 

 

堺 南宗寺

重要文化財「甘露門」の横に長慶さんの座像が設置されております。

 

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文武相備、在家菩薩。

 

「文武相備」の元ネタは「大林宗套」さんの長慶さん三周忌時のお話の一節「忠義相備、文武兼全」から取られた感じでしょうか。

大林宗套さんは長慶さんが参禅した大徳寺90世の高僧で、南宗寺を開山した方です。

長慶さんのことを「手に六韜三略の兵書をひらき、万葉・古今の歌道を譜し、風月を詠むこと三千に及ぶほどに和歌を愛好した、文武にかけたところのない人物であった」と讃えはっています。

 

「在家菩薩」の元ネタは「笑嶺宗訢」さんが三好長慶さんの遺骸を秉炬(ひんこ。点火……要するに火葬すること)したときのお言葉です。

長慶さんのことを「主を奉って道をたもち、民によりそって慈悲の心を有する人柄であり、心の本性は禅を修学して会得し、正邪は時期に応じて弁別し、在家の菩薩である」と讃えはっています。

笑嶺宗訢さんは大林宗套さんの高弟で、大徳寺聚光院(長慶さん菩提所)を開山した方ですね。
あの千利休さんも笑嶺宗訢さんに参禅しております。

 

(「大阪春秋'17新年号」に掲載されていた「三好氏と禅宗」(竹貫元勝さん)の記事を参考にさせていただきました)

 

 

長慶さんを弔う際のお言葉とはいえ、すっごく褒めていただいていますね。

個人的には笑嶺宗訢さんの「正邪は時期に応じて弁別し」というところが実に長慶さんらしいと思います。

 

 

 

写真を続けます。

 

 

後光っぽく太陽を浴びています。さすが聚光院殿。

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角度を変えてみたところ。ちょっとかわいい気がします。

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更に近う寄ります。桐紋がお似合いですね。

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アップ。威厳はありつつも、まったりとしたお顔。

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南宗寺の座像は長慶さんの肖像画ベースですね。(画像はwikiより引用)

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堺南宗寺ということで、元長さんを弔ったり、利休さんと茶をしばいたり、大林宗套さんに叱られたりしている場面が思い浮かびます。

文人色が強く出ている座像でいいですね。

 

寄贈されたのは「堺・ちくちく会」、製作者は「岡村哲伸さん」とのことです。

 

 

 

大東市市役所前

 

行ってみて驚いたんですが、大東市市役所のほんまに正面玄関に設置されていました。

「初代市長」みたいな場所に長慶さん像ですよ。

すごいなあ大東市

 

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按成一剣 定天下。

長慶さんの肖像画(上記参照)に書かれた笑嶺宗訢さんの「讃」が元ネタで、「一剣を按成して天下を定める」、すなわち「長慶さんによる天下平定」を讃える内容ですね。

同時代の人々の言葉からは、長慶さんが動乱続きの畿内に平穏をもたらしてくれたことを感謝するような内容が多く見受けられます。

 

ちなみにこの銅像

台座がツルピカですので、遠くから写真を撮ると撮影者の姿が写ってしまいます。

長慶さん像に自分の残念な姿を入れ込みたくない人は気をつけましょう。

 

 

 

 

近付いて見上げたところ。風格ありますね。

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角度を少し変えたところ。小姓とかはこんな感じで仰いでたんでしょうか。

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更に接近! 凛々しい。

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アップ。老境(なお40代前半)の貫録を感じますね。

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飯盛城主時代で出陣場面とくれば、教興寺の戦いでしょうか。

弟を失ったり籠城していたりで少し疲れてはる気もしますね。

それでも傷んだ心身に鞭打って、畿内戦国史上最大規模の決戦に挑むんですから……勇壮と悲壮がない混ぜになった名シーンだと思います。

しんどい時、爽やかに采配を振るう義興さんを見たら頼もしかっただろうなあ。

 

 

銅板に長慶さんの事績紹介も記されています。陰影はご容赦ください。

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大東市ですので「河内キリシタン」や「飯盛千句」がピックアップされています。

 

 

長慶さんの武人姿。

文人ぽい堺の座像と差別化できていていいですね。

 

姿は江戸時代の浮世絵を参考にされたのでしょう。
(歌川芳虎さん筆「大日本六十余将」)

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寄贈されたのは「大東ロータリークラブ」、製作者は「奈部雅昭さん」とのことです。

 

 

 

 

 

 


銅像って、見てみたら意外と楽しいですよね。

観光でもメインの目的物にはならないけど、意外と印象に残っていることが多いように思います。

 
豊国神社の豊臣秀吉さん(圧力充分)。

岐阜駅の織田信長さん(スーパーモード)

皇居の楠木正成さん(頼もしい)。

日暮里駅の太田道灌さん(爽やかたくましい)。

 
ぱっと思い浮かべるだけでも見応えある方々が出てきます。

私個人の思いとしては、いつか「馬を背負う畠山重忠像(埼玉県)」と「斎藤実盛の首を抱え涙する木曽義仲像(石川県)」あたりを見に行きたいものです。

 

埼玉県「大里郡寄居町の鉢形城(長尾景春&北条氏邦)」と「深谷市の畠山重忠公史跡公園」 - 肝胆ブログ

篠原古戦場「斎藤実盛の首を抱え涙する木曽義仲像」石川県加賀市 - 肝胆ブログ

 

 


三好長慶さんの銅像堺市大東市の名物になったらいいなと思いますし、三好義興さんや三好実休さんや安宅冬康さんや十河一存さんの銅像もいつかできるといいなあと空想しています。

義興さんの像に黄色のスプレーをかけた人は呪われて死ぬ的な都市伝説が生まれるかもしれません。

 

 

まずは長慶さんの銅像が観光客や市民に受け入れられ、親しまれますように。