市川雷蔵さん・山本富士子さん出演の映画「歌行灯」の美しさにかんたんしました。
能楽の名手・恩地喜多八は、伊勢の素人能楽師・宗山の芸を侮辱し、自殺へと追い詰めてしまう。
之を知った父から破門を言い渡され、放浪の日々を送る喜多八。その旅先で宗山の娘・お袖と運命の再会をする。
能を題材とした作品で、原作は泉鏡花さんです。
原作は青空文庫で読むこともできます。
もとの小説もたいへん美しい文章なのですが……
映画で描かれた場景・映像の美しさはひとしおでございました。
能の世界……
夢幻……幽玄……の邂逅、
淡い、凍みた心映えに吸い込まれてしまうような感覚を抱きました。
能と映画の組み合わせって、こんな可能性が秘められていたんですね。
以下、若干のネタバレを含みます。
上のあらすじにあります通り、素人能楽師を辱めて死なせてしまった能の名手「喜多八」(市川雷蔵)さんと、死んだ素人能楽師の娘「お袖」(山本富士子)さんが、あろうことか惹かれあってしまう内容なのですが。
素人芸が原因で死んだ父のことが理由で、芸妓に身をやつしてからも歌舞の練習に身が入らないお袖さん。
偶然再会した喜多八さん(能の一座から破門され、同じく門付に身をやつしています)に舞を教えてもらうことになります。
喜多八さんはお袖さんに舞を教えることが罪の贖いになると信じて。
ともに新たな人生の始まりになることを祈って……。
払暁の森の中、舞の稽古に励む二人のシーンは息を呑むような名場面です。
能といえば夢うつつの中で亡霊や神様に邂逅する話が多いのですが、この二人の舞の稽古もまた、現実から少しはみ出た世界で過ごしているかのような情趣が漂います。
市川雷蔵さんと山本富士子さんの瞳がまた……井戸の底のような深い光をたたえていて、生者と能面のはざまのような映り様なんですよ。
情熱とも絶望とも悲嘆とも自棄とも言えない、寂枯の瞳。
演技や演出だけであんな瞳ができるものなんでしょうか。
その後、喜多八さんは別のトラブルを起こしてしまい、思いがけずお袖さんと離れ離れになってしまいます。
そうこうしている間にお袖さんは金持ちの旦那さんに身請けされそうになるのですが。
更に言えばお袖さんは「殺鼠剤」を密かに手に入れ自死する気まんまんなのですが。
お袖さんが芸妓として最後に相手をしたお客さんが、まさかの喜多八さんを破門にした能の大家二人。
これで最後なのだからと、喜多八さんに習った舞を披露するお袖さん。
彼女の舞に驚愕し、謡と鼓を受け持つ能の大家二人。
(大家だけあって、舞を誰が教えたのかも即座に察知しています)
座敷から聞こえてくる謡を塀の外で偶然耳にし、お茶屋に駆けつけてくる喜多八さん。
すべての因縁が能の諸役として集い、白梅がにぶく光る夜に訪れるハッピーエンド……
邂逅によって不運の因縁が起こり、
邂逅によって舞という縁が繋がり、
邂逅によって凶事が霧散していく響きのよさ。
これぞ能、これぞ夢幻の物語。
いい映画ですよ……!!
役者がたの演技も、カメラ・照明の画面つくりも、何もかもが素晴らしい。
市川雷蔵さん。
謡。舞。ため息が出るほど揺さぶってくださいます。
山本富士子さんもすっごくいいですよ……!
美人なことはもちろん、手の動きで心情を表す演技がいいです。
舞は少し硬いですが、その硬さが物語によく適合しております。
二人のファンなら必見ものだと思います。
あまり有名でない作品ですが、これからも歴史に埋もれることなく新たなファンが増えていきますように。
本当にめっちゃいい映画ですよ。