講談社のノンフィクションルポ「年金詐欺」終盤の著者課題意識が共感できる内容でかんたんしました。
「年金詐欺 AIJ事件から始まった資産消失の「真犯人」」既刊・関連作品一覧|講談社BOOK倶楽部
本の構成は前半がAIJ事件、後半が厚生年金基金そのものの課題を論じるものです。
著者は年金業界誌「年金情報」の編集長さんで、厚生年金基金の潮流もAIJ事件もずっと追ってきはった方です。
当時の事件を追っていた方ならご存知かもしれませんが、「某社(AIJのこと)は怪しいですよ」と初めに警鐘を鳴らしたのもこの「年金情報」でありました。
業界誌が「某社の運用成績に疑問がある」と記事にすること自体ごっつい勇気がいる決断だったはずで、惜しみない敬意と称賛をお送りしたいです。
(AIJに運用を任せていた厚生年金基金からクレームを食らいまくったそうです)
AIJ事件についてはあらためて詳述しませんが、要は偽りの運用成績で厚生年金基金等の投資家を釣っていたというものです。
被害額が二千億円と巨額な上、もともと厚生年金基金という仕組み自体がバブル崩壊以後は青息吐息だったものですから、この事件を契機に厚生年金基金という制度は消滅に向かうこととなりました。
そういう意味では単なる巨額詐欺事件という以上に、日本の社会保障制度史に残る大事件だったと総括してもよいでしょう。
当著ではAIJ事件のあらましがよく整理されておりますし、マスコミとしてどこまでを年金情報の記事にし、どこまでをこのルポ本に書くかについて悩みまくったであろうことがよく伝わってきます。
ただ、年金制度について詳しくない人にとっては分かりにくいことは否めない……著者が悪いのではなくもともとの制度が分かりにく過ぎるからだ……ですし、AIJ事件についてある程度詳しい人にとっては期待したほどの「新事実」はなかった印象です。
本の副題に「真犯人」という過激な言葉(たぶん講談社編集者がつけたしたのではなかろうか)が載っていますが、ネタバレすると明確な真犯人などは出てきません。
暴露本好きがイメージするような「政治家」「暴力団」みたいな黒幕はいませんのでお含みおきください。
その上で、個人的に共感したのは後半の「厚生年金基金制度を本当に収束してしまってよいのか」という主張になります。
もちろん、現実を見れば厚労省の判断は妥当だとは思うんですよ。
かつて社会保険庁もやらかしてしまった通り、年金制度の運営は「極めて高難易度な事務・システムの集合体」でして、ノウハウホルダーを確保するのも育成するのも困難。
一般人の延長線である厚生年金基金が上手いことやっていくのは土台無理がある。
だから押領とか支払漏れとか訳わからん基金会館建設とか起きるんだ。
加えて、低金利時代においてはまともな利回りを稼いでいくのも困難。
一般人の延長線である厚生年金基金が上手いことやっていくのは土台無理がある。
だからAIJとか未公開株投資詐欺とかにつけこまれるんだ。
「長野県建設業厚生年金基金」という闇中の闇みたいな案件も出てきたことですし、もはや厚生年金基金(特に中小企業連合である総合型)の存続なんて無理無理無理……
という現実は本当によく分かるのです。
「制度管理」「資産運用」という高難度ミッションを両方ハイレベルにこなせる人がそんな都合よく確保できる訳ないですもんね。
結局はバブルまでの昭和高成長時代、素人でも高利回りを稼げていた(実態は信託銀行や生保に丸投げ)頃にしか実現しえなかった制度だったのでしょう。
でもでも。
著者さんの仰る通り、かつて普及していた「税制適格退職年金制度」もすでに収束したいま、「厚生年金基金制度」までなくなってしまうということは、もはや中小企業に年金制度は戻ってこないということと同義だと思うのです。
懐かしの財形制度や企業型DC制度のような従業員積立系制度だけでも導入してくれていれば御の字というところで……
企業が従業員に代わって老後資金を準備しておいてくれる(確定給付企業年金等)というのは、一部の大企業や公務員にだけ残された特権ということになってしまう。
老後の生活が国民の一大関心事である世の中のはずなのに、こうした企業年金制度の在り方についてはまったく注目も議論もされていないのはどうしてなんでしょう。
ほんまに相撲協会なんかに注目している場合じゃないだろ(笑)。
「AIJけしからん」「長野県建設業厚生年金基金はほんまにひどい」というセンセーショナル部分だけで盛り上がって飽きたら忘れて……というのはよくないと思います。
日本の企業の99%は中小企業で、日本の従業員の2/3は中小企業勤めなのです。
中小企業従業員の老後保障制度をもう少し真剣に考えるべきだと思います。
大企業勤めの人はリテラシーも種銭も豊富でそのうえ老後保障まで手厚いって中、本当はリテラシーも種銭も不足しがちな中小企業勤めの人の方こそ「確定給付系」の老後保障が求められているはずなんですが。
「じゃあどうしたらいいねん」というとドイツみたいに労働者に資金補助して個人年金に加入させるみたいなアイデアくらいしか思いつかないんですけど。
そんなことを以前からぼんやり考えていたんですが、この本の著者さんが似たような課題意識を発信してくださっていて嬉しかったです。
むしろAIJとかよりそっちの方をもっと発信してほしいです。
こうした議論こそだんだん健全に盛り上がっていきますように。