ちょっと前に話題になっていた関東戦国史本「享徳の乱」が思いのほかライトな内容でかんたんしました。
こだわりの表紙は月岡芳年さんの「芳涼閣両雄動」。
南総里見八犬伝の一場面ですが、享徳の乱の舞台のひとつ古河城が登場するのです。
江戸時代の人はいまの人より戦国時代初期の関東騒乱を知ってたんだぞ、という思いがこもっているようです。
リンク先のオフィシャルHPから概要と目次を引用させていただきます。
概要
私の説は思いきって簡単にいうとこうなる。
◎戦国時代は応仁の乱より13年早く、関東から始まった
◎応仁の乱は「関東の大乱」が波及して起きたものである
「関東の大乱」というのは享徳3年(1454)12月、鎌倉(古河)公方の足利成氏が補佐役である関東管領の上杉憲忠を自邸に招いて誅殺した事件を発端として内乱が発生し、以後30年近くにわたって東国が混乱をきわめた事態を指す。
この内乱は、単に関東における古河公方と上杉方の対立ではなく、その本質は上杉氏を支える京の幕府=足利義政政権が古河公方打倒に乗り出した「東西戦争」である。しかし、これほどの大乱なのに1960年代初頭までまともな名称が与えられておらず、「15世紀後半の関東の内乱」などと呼ばれていた。
目次
はじめに 教科書に載ってはいるけれど……第一章 管領誅殺1「兄」の国、「弟」の国2 永享の乱と鎌倉府の再興3 享徳三年十二月二十七日第二章 利根川を境に1 幕府、成氏討滅を決定2 五十子の陣と堀越公方3 将軍足利義政の戦い第三章 応仁・文明の乱と関東1 内乱、畿内に飛び火する2「戦国領主」の胎動3 諸国騒然第四章 都鄙合体1 行き詰まる戦局3 和議が成って……むすびに 「戦国」の展開、地域の再編
目次を見ると大著のような印象を受けますが、実際は200ページ程度の本になります。
200ページで永享の乱(1438年~)からメインコンテンツの享徳の乱(1455年~)を経て北条・上杉・武田の関東三国志(1560年頃~)、豊臣秀吉の小田原攻め(1590年)までの関東戦国史150年の流れをざざざっと追っていきますので、一つひとつの考証や解説はどうしてもライトになってしまっている印象ですね。
私のような「201Xで関東シナリオをやっていることだし、いっちょ関東の歴史ものでも読んでみようか」程度の人にはよくても、ガチ関東史ファンからすると物足りないかもしれません。
享徳の乱というのは、乱暴に説明すると応仁の乱より先に始まった応仁の乱の関東版で、関東を東西に分けて延々と30年戦っていたような出来事になります。
(著者さんは応仁の乱を関西版の享徳の乱だと捉えてはるようです)
西側は室町幕府の支援を受けた関東管領の上杉家(山内上杉家&扇谷上杉家)、東側は古河公方(もともと鎌倉にいた関東の足利氏)。
両者が利根川を挟んで関東を東西に二分していたような感じです。
西の応仁の乱やその後の動乱と同じく、関東もこの享徳の乱や前後の動乱により、従来秩序を形成していた足利氏や上杉氏の権威・実力が失墜していきます。
中央で台頭していった三好家&織田家と同じように、関東では北条家が従来秩序を克服して君臨していった訳ですね。
北条家の河越夜戦の相手は山内上杉家・扇谷上杉家・古河公方だったでしょう。北条家以前の関東ではその三者が戦い合っていたのです。
さいきんの歴史研究の流行りなのかもしれませんが、関東の戦国時代初期と畿内の戦国時代初期は本当によく似た構図で語られることが多いように見受けられます。
畿内戦国史が好きな人には関東戦国史も比較的親しみやすいでしょうし、その逆も然りであります。
本書のむすびで
関東においては、戦国領主の上部に古河公方や関東管領といった上位権力者の政治体制が残存しつづけ、関東それ自体のなかから突出した戦国大名権力を生み出すことは、ついになかった。山内上杉氏や扇谷上杉氏、あるいは長尾景春、太田道灌らはそれを目指したが挫折した。いちはやく「戦国時代」を迎えた東国であるのに、今日まで必ずしもそう考えられてこなかったのはそのためである。
(やがて北条・武田・上杉(越後長尾)という周縁部勢力が関東を席巻した)
という文章があるのですが、これを
「畿内においては、戦国領主の上部に足利公方や管領家といった上位権力者の政治体制が残存しつづけ、畿内それ自体のなかから突出した戦国大名権力を生み出すことは、ついになかった。細川氏や畠山氏、あるいは木沢長政らはそれを目指したが挫折した。いちはやく「戦国時代」を迎えた畿内であるのに、今日まで必ずしもそう考えられてこなかったのはそのためである。」
(やがて三好・織田という周縁部勢力が畿内を席巻した)
に直しても違和感がすくないざんしょ。
応仁の乱が本当に享徳の乱の波及で始まったのかどうかは私には何とも言えませんが、歴史観を養ううえで、こうした東西の相似性はとても示唆的だと思います。
本の記述に戻りますと、新田岩松氏にスポットライトが当たっていることを除けば、おおむねベーシックな享徳の乱の解説となっており、たいへん読みやすいです。
ちょっと印象に残ったのは「天災と動乱の相関」について触れているところ。
享徳の乱直前に起こった「享徳地震(1454年)」で東北に大津波が押し寄せたことが取り上げられており、更にその後「明応地震(1498年)」で南海トラフがアレして日本の南側沿岸部がえらいことになったことが紹介されているのですが……。
うーむ、この時の間隔は44年かあ。
いったいどこで暮らせばいいんだろう。
個人的に好きな長尾景春さんや太田道灌さんが掘り下げられてないかなと期待していたんですが、彼らの解説もライトなものでした。
“景春の夢、道灌の「限界」”という表現は文学味を感じましたけどね。
以上、中世史の人気がじわじわ高まっている中、関東の戦国時代についてざっと流れを知るにはよい本だと思います。
こうした本は、関心のある家や人や出来事を掘り下げていくきっかけになりやすいのではないでしょうか。
中世史本が読まれているのは、現代も従来権威が揺れている時代だからなのかなあ?
現代で揺れているのは家柄とか武力とかではなく、昭和時代頃に築かれた文化慣習価値観であったり、行政や企業など大きな組織の力であったり、あるいは知性そのものに対する信頼であったりな気はしますが。
既存秩序が崩れて動乱を招いたことは人類史の中で何度もありますが、人類はそのたびに新たな秩序を形成し、世情を安定させる道を選んでまいりました。
すごいぞ人類。
これから先の人類の歴史が中世のやり直しになりませんように。