アメリカ、ヨーロッパにおける大規模事故の原因・経緯を集めまくった失敗事例集である当著が読み応えあってかんたんしました。
ちょっと前に「失敗の本質」を読んだこともあって、失敗関連の研究にもう少し触れてみたくなった次第です。
「失敗の本質」戸部良一/寺本義也/鎌田伸一/杉之尾孝生/村井友秀/野中郁次郎(中公文庫) - 肝胆ブログ
あえて両著の違いを述べるならば、「失敗の本質」は失敗の要因を「組織課題」という単一の切り口で分かりやすく述べた本で、こちらの「最悪の事故が~」は特定の要因に偏らずに様々な経緯を紹介していくドキュメンタリー集な構成の本になっています。
この辺りは好みで取っつきやすそうな方を選んでみるといいのではないかと。
取り上げられている内容は本当に様々ですが、どれも悲惨なものばかりです。
裏表紙の文章を引用しますと
現代における最も危険な場所の一つが巨大システムの制御室である。原子力発電所、ジャンボ機、爆薬工場、化学プラント、核ミサイル基地……技術発展に伴い、システムはより大きく高エネルギーになり、人員はより少なく済むよう設計されたが、事故が起これば被害は甚大になる。巨大システムが暴走を始めたとき、制御室で人びとは何をするのか、何ができるのか。最悪の事故を起こすシステムと、その手前で抑え込むシステムとの違いは何か。50余りの事例を紹介しつつ、巨大事故のメカニズムと人的・組織的原因に迫る。
とありまして、とりわけ技術評論家である著者の得意領域なのか爆発系の事故がたくさん紹介されておりますよ。
ジャンボ機も飛行船も蒸気船もスペースシャトルも大規模工場もとにかく爆発しまくる本になっています。読み終える頃にはデカいものを見たら爆発すると思え、となってしまいそうになるほどに。
事故の中ではスリーマイル島原発事故やチャレンジャ―号爆発事故などの有名なものがやはり印象的です。
とりわけ事故の大きな原因がそれぞれ「計器の誤測」「予算・スケジュールのプレッシャー」なんですと突き付けられると、業界は違っても背筋が冷やっとなってしまう実務者の方も多いのではないでしょうか。
個人的に知らなかったエピソードの中で描写が面白かったのが、太平洋戦争当初に米軍が装備していた魚雷が使い物にならなかった問題。
潜水艦から日本の艦船に魚雷を発射して見事命中させても爆発しなかったそうです。
例えば1943年7月24日に潜水艦ティノサが日本の給油船第三図南丸に放った魚雷は、11発も命中しておきながら1発しか爆発しなかったようで。
もはや魚雷と名乗れるレベルじゃないですね。
発射の好機を待ちながら何週間も潜水艦のなかでみじめな生活を送った乗組員たちが、二発一組の魚雷を放ったところ、ごつんと敵艦の舷側にぶつかる音は聞こえたものの爆発しなかった、というときの、彼らの反応を想像してみるといい。
この原因、ものすごくざっくり言うと「工場がテスト工程をケチっていてそのまま本番を迎えた」状態だったようで、これも業種問わずものづくり系の方にとっては「あーー……」となってしまうエピソードではないかと。
このような失敗エピソードが500ページくらいにわたって延々と続く内容になっており、気が滅入りそうになったり、エピソードがあちらこちらに飛ぶので分かりにくかったりするところもありますが、ベースの文章が迫真味や臨場感のあるものになっていますので意外と飽きずに最後まで楽しめきれました。
なかには失敗せずに見事な企画・設計をやったとか入念な訓練や品質管理をやったとかで事故を防いだ英雄的な事例も紹介されますが、「こうしたら事故は防げます」といった魔法の杖のようなことは書かれておりません。
むしろ、読めば読むほど「人間は失敗するものだ」「そのための冗長性の確保やまともなスタッフの採用・育成や何より初期段階での無理のない企画・設計が必要なのだ」という健全な意識、判断力を強化してくれる本ではないかな、というのが感想です。
抽象論や一般化も重要ですが、こういう具体エピソードに数多く触れておくことも事故を防ぐためには必要ではないかと思いますね。
世間の憧れを集めるビッグなシステムや建造物が、裏側を支える人々の偉大な努力によりこれからも大きな事故を起こすことなく役目を果たし続けますように。