肝胆ブログ

かんたんにかんたんします。

「白鵬伝」朝田武藏さん(文芸春秋)

 

白鵬関への長年にわたる取材を積み上げた本が刊行されていて、400ページ近い濃密な内容なのに白鵬関の本質に近づけた気がまったくしない、むしろ彼の特異性や深遠性をいっそう見せつけられたかのような読後感があってかんたんしました。

 

books.bunshun.jp

 

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さいきん出た本ですが、昨年来の相撲界の騒動には基本的に触れられておりません。

暴力事件やカチ上げ等の取り口について白鵬関を非難したり、あるいは擁護したりするような類の内容ではありませんのでお含みおきください。

 

 

取り上げられているトピックスはおおきく三点で、出版社HPから引用しますと

大鵬越え「心技体。8割は心である」2014年夏場所―2015年春場所
 第1章 大局観その壱「自分に打ち勝つという事」
 第2章 2015年春、最強の証明。「今が一番強い」
 第3章 大局観その壱「こころを真ん中に置くという事」
 第4章 大局観その壱「最前を図り、最悪に備えるという事」
 第5章 大局観その壱「一番の敵は自分であるという事」

Ⅱ慟哭、稀勢の里戦「これが負けか」2010年初場所―2010年九州場所
 第1章 大局観その壱「最強の夢、未完の夢、終わらぬ夢」
 第2章 大局観その壱「柔らかさは力に勝り、柔らかさは速さに勝つ」
 第3章 11・15、敗北。「平成の連勝記録が止まった日」
 第4章 大局観その壱「忘れる努力、開き直る努力、運に勝つ努力」

Ⅲ「甦る野性」苦悩の果てに……
 第1章 大局観その壱「自分を追い込むという事」2015年夏場所
    2017年夏場所 
 第2章 1048、復活。「灼熱の15日間」2017年名古屋場所

 

という構成になっています。

優勝回数、連勝回数、通算勝利数、それぞれの功績に迫っている訳ですね。

 

 

 

著者は白鵬関へのインタビューを何度も繰り返しているようで、実際の取組映像を白鵬関と一緒に見ながら本人に解説してもらうという極めてうらやましい取材をされており、白鵬関のそれぞれのコメントを本できちんと紹介してくれているのでありがたいのですが。

 

白鵬関のコメントは基本的に分かりにくいのです。

“カッ”とか“クッ”とか擬音が多めですし、そもそも相撲という肉体に依拠したスポーツを無理やり言葉にすること自体が難しいことでしょうし。

 

聞いただけで“なるほど!”となるものではございません。

まあ、力士に限らず、スポーツ選手やアーティストは全般的にそんな感があって、説明よりもパフォーマンスを見ろやということかもしれませんけどね……。

 

 

そういう訳で全体的に難解な本なのですが、「後の先の立ち合い」や「上手投げ」等の具体的な技術を解説いただいているところは説明がけっこう具体的で、臨場感があって楽しく読めました。

 

後の先は双葉山関由来の、白鵬関をして習得できたかどうかという高等技術です。

本の中では「右足右差」の立ち合いについてかなり詳細に説明してくれていて、2009年春場所での北勝力戦が初めてのチャレンジだったことまで書かれていて「そうだったのか」感があって実に興味深かったです。

 

得意の左上手投げについても、後の先も含めて「右四つ左上手」になるための作戦の数々、相手の重心の崩し方、右手の使い方などの説明が細かくなされていて、必読性が高いなと思いました。

相撲やってはる方、特に右四つ派の人は読んだ方がいいんじゃないでしょうか。

 

 

 

白鵬関の口から各ライバル力士たちに対する思いが出てくるのも面白いですね。

日馬富士関や把瑠都関、そして稀勢の里関たちへの意識。

格下力士が態度悪いと思った時の荒々しい取り口(批判されやすい点です)。

金星を与えてしまった相手、とりわけ遠藤戦の凄絶な取り口は恐ろしい……。

 

あと二十年くらい経って、皆の口が軽くなってから、白鵬関と対戦してきた各力士がどんなコメントをするのかが楽しみです。

玉鷲関あたりが切れ味鋭いコメントをしてくれそうに思っています)

 

 

 

最後に、すごいな、と素直にかんたんしたところ。

よく知られている話ですが、白鵬関は目標の設定と、その達成に向けた努力が本当に、めっちゃくちゃすごい。

40回優勝する、と決めたら本当にしちゃいますもんね。

 

しかも、69連勝が阻まれた時も、翌日にきちんと勝つ、優勝はする、というメンタルのタフさが半端ない。

(連勝記録が途切れた際、双葉山関も大鵬関も成績を落としています)

 

その上で、未来の後輩たちを視野に入れて

「例えば、私、優勝決定戦で落とした取組もたくさんある(決定戦四敗)し、相星決戦で落とした取組もありますし。確か、自分、準優勝、ニ十回してるんですよね。誰か言ってた。それ、無かったら(とっくに)五十回、優勝してるよね。

で、もし、そういうの(優勝を決める一番での敗戦)がなく、そういうのを落とさない、ほんとちゃんとした強いやつが出てきたら(自分の)記録っていうのは、破られますからね。まあ、分かんないけど、百年後、二百年後に、とてつもない時代になっても、この白鵬が残した記録に並んで、(新記録)達成した時に、その時の人々が『ちょっと苦労したな』っていうね。すんなり超えるかもしれないけど、あ、『でも(平成の)あの時代でも、こうやって頑張った横綱がいたんだ』と」

 

みたいな言葉が口から出る辺りに畏敬の念を感じるのです。

 

 

白鵬関の荒々しい面や闇を感じる面は適切に批判されてしかるべきですけど、すごい面もやっぱり異常に多くて、まさに群盲象を評すやな……とあらためて考えてしまう本でありました。

 

相撲好きには白鵬好きにも白鵬嫌いにもオススメできる本ですが、分量が多いのと文章が難解なのはお含みおきください。

 

 

 

近頃の白鵬関には「花は散らで残りしなり」みたいな言葉を思い出さされます。

いろいろありますが稽古も健康管理も品性改善もなんとか努めていただき、本人が夢に掲げはる東京オリンピックまでの現役続行が実現いたしますように。