肝胆ブログ

かんたんにかんたんします。

「トラクターの世界史を読んでSociety5.0への移ろいを思う」藤原辰史さん(中公新書)

 

“トラクターの世界史 人類の歴史を変えた「鉄の馬」たち”という新書がトラクター愛と新技術に向き合う人類の様子とを克明に表してはって大変かんたんいたしました。

 

トラクターの世界史|新書|中央公論新社

 

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「人類の歴史を根底から変えた」というコピーがいいですね。

 

少し紹介文や本文を引用してみましょう。

19世紀末にアメリカで発明されたトラクター。直接土を耕す苦役から人類を開放し、作物の大量生産を実現。近代文明のシンボルとしてアメリカは民間主導、ソ連ナチス・ドイツ、中国は国家主導により、世界中に普及する。だが農民や宗教界の拒絶、化学肥料の大量使用、土壌の圧縮、多額のローンなど新たな問題・軋轢も生む。20世紀以降、この機械が農村・社会・国家に何をもたらしたか、日本での特異な発展にも触れて描く意欲作。

トラクターがファシズム共産主義を生み出したという歴史観である。

トラクターは「疫病神」となってアメリカを襲う。ニコライによれば、トラクターが濫用されて土地が荒廃したために、一九三〇年代にダストボウルが起きた。他方で、土壌浸食は飢饉をもたらし、アメリカ経済を混乱に陥れ、ついには一九二九年の株価大暴落を引き起こす。そして、この政情不安と貧困が世界中に広がり、ドイツのファシズムとロシアの共産主義の衝突に向かい、人類を破滅の道へと駆り立てた――。

(※作者の主張ではなく、小説『おっぱいとトラクター』内の描写です)

トラクターは、社会主義陣営にせよ、資本主義陣営にせよ、農場を巨大化し、自身も大きくしていった

農民を大量に土地から切り離し、それを化学産業やIT産業を始めとする二〇世紀に新しく形成された労働市場に送り込んだだけでなく、農業そのものを農地の外からの管理作業に変え、人類史から消滅させる試みの始まり、とみることもできないだろうか。

 

 

言われてみればなるほど……そういう見方もあるか……ですね。

トラクターの意義についてこんなに考えたことがなかったのでとても新鮮でした。

 

 

この本では日本を含む各国でのトラクターの発展を縦軸に、トラクターが生み出した副次的作用や文化史を横軸に、それぞれの要素を丹念に紹介してくださっています。

 

メカまわりが好きな方なら、アメリカや日本におけるトラクター技術の発展が純粋に楽しめることでしょう。

戦争ものが好きな方なら、トラクター技術が「戦車開発(キャタピラー等)」に転用されていった史実に胸を痛めつつ、二つの世界大戦がもたらした大変革に圧倒されることでしょう。

環境問題や社会問題に関心のある方なら、トラクターによる土壌圧縮がもたらした砂塵化や、トラクター購入に伴う農民のローン地獄や銀行による担保農地の没収、高い事故率や振動による健康問題等、現代まで続く課題を憂うことでしょう。

 

どの要素も実に精緻な描写がなされていますから、様々な読み手を満足させていただけることかと思います。

 

 

 

個人的にいちばん楽しめたのはトラクターと人類の出会いを通じた文化史。

 

エルビス・プレスリーさんがトラクターコレクターだったり、小林旭さんの「赤いトラクター」だったりという男楽しい文化が実にいい。

小林旭 トラクター - Google 検索

 

 

更に、この本で際立つのが「新技術がもたらした動揺と哀調」

 

農場から去っていく長年慈しみ育ててきた馬たち。

トラクターを「反キリストが乗ってくる鉄の馬」と全否定したソ連の司祭たち。

手仕事にこだわる親世代と、無邪気にトラクターに惚れる子世代のコントラスト。

 

こうした模様が様々な小説、映画、インタビュー等を元に紹介されていくのです。

著者さんのトラクターコンテンツ網羅ぶりがすごい。

抒情を添えて描き出せる文章力もすごい。

こういう歴史本が大好き。

 

 

 

 

トラクターを切り口にした近代史を楽しく学べる良著だと思います。

 

 

それに。

新技術に向き合う人類、という意味でタイムリですよね。

 

 

さいきんSociety5.0とか話題じゃないですか。

Society 5.0 - 科学技術政策 - 内閣府

 

第五の社会ですよ。

1番目が狩猟社会、2番目が農耕社会、3番目が工業社会、4番目が情報社会。

ほいで5番目がサイバーとフィジカルが融合した社会なのだそうです。
AIやIOTやロボットが庶民の暮らしにまで浸透した社会、ということなのでしょう。

 

政府や経済界はこのSociety5.0で経済成長や社会課題解決を目指していく模様です。

ソウルソサエティの五番隊元隊長風に言うなら「一体いつから――――景気が回復していないと錯覚していた?」的な卍解を目指している訳ですね。

 

 

まあ偉い人たちの思惑がどうであれ、技術ができた以上は浸透していくでしょうから。

これから育つ若い人たちは、感受性豊かな時分に様々な変化を目撃するのでしょう。

 

田んぼを飛び交い農薬を撒くドローン。

コンビニの発注をすごい的中度でやってくれるAI。

倉庫の荷出しや在庫チェックを自動でやってくれるロボット。

 

地元で、バイト先で、いままで見なかったものを見る機会が増えていきますし。

親世代や爺婆世代は遺伝子治療等を通じてボケなくなったり、ロボットによる介護を受けたりするようになっていきますし。

その過程で、新技術に仕事を奪われたり馴染めなかったりでイラつき悲しむ大人を見ることもあるでしょうね。

 

デジタルネイティブどころではない、こうしたSociety5.0的世界にて育った若い世代が世の中をどう見てどう変えていきたがるかが楽しみですし、いろいろディスカッションやコラボレーションもしてみたいものです。

 

数十年前は、勉強は嫌いでもバイクの仕組みはすげぇ詳しい……若い人がいました。

いまも、勉強は嫌いでもプログラムの扱いはすげぇ詳しい……若い人がいます。

これからは、勉強は嫌いでもAIやロボットの調教はすげぇ詳しい……若い人が出てくるんでしょうから、こちらもあらかじめ心構えをしておこうかということです。

 

 

この「トラクターの世界史」は、読み手をそんな気分にもさせてくれる本でした。

新鮮な気分を授けてくださってありがとうと言いたいです。

 

 

どんな時代の移ろいであれ、世代間の対立や世代内の分断拡大があんまり起こらずに、やわらかく平穏に変わっていけますように。