肝胆ブログ

かんたんにかんたんします。

「大阪堂島米市場 江戸幕府VS市場経済 感想」高槻泰郎さん(講談社現代新書)

 

堂島米市場の取引模様や江戸幕府の財政政策を紹介する新書がめちゃくちゃ面白くてかんたんしました。

 

bookclub.kodansha.co.jp

 

f:id:trillion-3934p:20190324002145j:plain

 

 

 

これは良著ですよ。

歴史と経済との見事なラグランジュポイント

ワクワク、エキサイティングな本でございました。

 

 

日銀前総裁の白川氏が激賞してはるのも頷けます。

変化はいつの時代も起きており、江戸時代も現代も解決を迫られている問題に大きな違いはないことを思い知らされる。 

金融システムの安定の最大の前提条件は財政の持続可能性であるという今日的な問題意識に繋がる。  

 

という氏の書評はまさに仰る通り。

とりわけ歴史好きの社会人にはとてもおすすめであります。

 

 

 

もの凄くざっくり当著の構成を紹介すると、

前半では堂島米市場の成立やその取引手法の紹介、

後半では堂島米市場を巡る幕府や大名や商人・投資家たちの動きの紹介、

という感じになっています。

 

 

前半部分では各大名家が発行する「米切手(お米引換券)」や、いわゆる先物取引と見做されてその先進性が取り上げられることが多い「帳合米商い」等の話が中心になります。

 

江戸時代、各大名家は年貢として徴収したお米を現金化するため、各地の米市場、とりわけ大坂は堂島の米市場でお米を売却しておりました。

その際、米俵を市場まで運んで商談するのは大変なので、「米切手」という現物に交換可能な証券を発行して商談することにした訳ですね。

 

更に、各大名家の米価が相場として馴染んでくると、「帳合米商い」といって商品先物、というよりは日経225先物的な取引まで登場してきはります。

お米や米切手という現物を使わずに、米価が上がるか下がるかという予測そのものに投資することが可能となり。

そうすれば、今後米価が下がりそうでお米現物の方が心配なら、先物の方で先に売って利益確保しておくということもできることになりまして。

結果として市場参加者は米価変動のリスクを吸収可能になっていくのです。

 

賢いですね。

 

なお、先物とか財政とか言い出すととっつきづらい印象を受けるかもしれませんが、本のなかで詳しく解説してくれていますので、経済的な言葉に馴染みがなくても大丈夫ですよ。

 

また、こうした米市場の仕組みを説明いただける中で、「神宗」の昆布パッケージに描かれている「蛸の松」が、「久留米藩蔵屋敷」、すなわち米取引の関連施設を描いた絵であることまで教えていただけるのが地味に嬉しかったりも。

知りませんでした。

 

 

堂島米市場の紹介パートで、個人的にかんたんしたのは「立用」(るいよう)という、ストップ高・ストップ安の機能にも通じるような、その日の取引を一旦無かったことにする仕組み。

市場の営業終了時間が近づいたときに、一人も取引を成立される者がいない時は、相場が一時的に上がり過ぎるか下がり過ぎるかしている時なので、取引を停止することで相場の急変動を防ぐという考え方なんですね。

資金力豊富な者による市場操作を防ぐ意味合いもあったようで。

 

こうした運営判断は市場参加者の自治でやっていたみたいですが、当時の米商人たちも現代の投資家同様、独特のヒリついた空気感みたいなんがあったんでしょうね。

米商人ドラマみたいなのを見たくなってきました。

 

 

 

本の後半パートでは、堂島米市場、お米取引を巡る人々の動きです。

財政難から、実際持っているお米の量以上に米切手を発行してしまう藩が続出したり、なんとか米価を高値で維持しようと江戸幕府が腐心していたりと、なんか現代の日経新聞に載っている話題に近いような話をさまざま取り上げていただけるんですね。

 

子孫の人とかがいたら不名誉に思うかもしれませんのでここではどの藩か書きませんが、不渡り米切手を出して取り付け騒ぎを惹起してしまったり、堂島米市場で高値が付くように年貢受取時の品質チェックを厳しくしてたら農民から「無理言うな」と陳情を受けたりと、なかなか興味深いドラマが多くて面白いですよ。

 

江戸幕府さんの方も、不渡り米切手対策で幕府が安全を保障(米切手の買取)してみたり、米価が下がった時は公金で買い支えたり、露骨な介入が米商人の反発に遭いそうなら巧みな口先介入的な施策をやってみたりと、けっこう感心するくらい敏腕に様々な手を繰り出してはります。

今も昔も、お上って本当に大変ですね。

 

他にも、米価情報を早く掴むために米飛脚の仕組みが整えられていったり、中には鳩や狼煙や手旗での伝達を試みる投資家が現れたりと、米取引にまつわる様々なエピソードを紹介いただけ、非常に密度・満足度が高い内容になっております。

 

 

本題からは少し逸れますが、巻末の、著者さんのこういうコメントも沁みます。

経済学と歴史学の分析手法の双方を採り入れて歴史的事実の解明を進める経済史学は、他の分野にも決して負けない魅力的な学問であると筆者は考えている。事実、経済学や金融・ファイナンス論の知見を駆使しなければ、本書を書くことはできなかった。

(中略)

しかし、数学から逃れることのできない経済学の勉強と、くずし字を含む歴史的資料の解読から逃れることのできない歴史学の勉強を同時並行で行う意欲的な学生など、そうそういるものではない。この「参入障壁」を乗り越えるのに見合ったインセンティブを付与するには、研究論文を書き続けるだけでは十分でないことに気がついた。「経済史研究は複合領域だからこそ面白い」ということをわかりやすく、具体的に示さねばならないと思った。

 

 

そうですよね……。

ファイナンスが分かるなら他に稼げる職業はいっぱいありますもんね……。

 

でも。

この本、経済史は、多くの人をドキドキさせることが可能な、非常に社会貢献度の高い、意義深いものだと思うのです。

本当に。

 

こうした研究を、微力ながら応援したいと思いました。

 

 

マーケットでドカンと稼いだ人が、経済史領域の寄付講座とかを考えてくださる世の中になっていきますように。