肝胆ブログ

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「近鉄中興の祖 佐伯勇の生涯 感想」神崎宣武さん(創元社)

 

近鉄を日本有数の私鉄に押し上げたことで有名な佐伯勇さんに関する本が30年ぶりに復刊されており、現代の視点で読んでもなお興味深い事柄が多くてかんたんしました。

 

www.sogensha.co.jp

 

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佐伯勇さんは近鉄の社長を昭和二十六年から昭和四十八年まで務め、その後も会長として活躍、財界活動等でも名を轟かせたお人であります。

 

近鉄の営業距離を日本最大規模にまで拡げ、沿線開発や旅行業等の事業多角化を進め、関西文化を保持する旦那さんとしても活動。

現代人から見れば人口ボーナスや復興ボーナスが羨ましいとはいえ、その経営手腕に対する評価が揺らぐことはないでしょう。

 

 

そんな佐伯勇さんの足跡を民俗学者さんが執筆してはるというのも本書の特徴です。

民俗学者さんらしい、インタビュー、聞き取りを駆使したルポルタージュになっていますので、エピソードの一つひとつに迫真味があり面白いですよ。

 

しばしば話が著者個人の意見や考察(大阪と東京の気質の違い等)に脱線しますが、それはそれで当著の味になっている気もいたします。

 

 

構成はスタンダードに佐伯勇さんの生まれ育ち~若かりし頃~経営者時代~と進んで参ります。

プロローグののっけから大阪で有名な料亭「太和屋」さんが登場したりするのは土地の人間的に「おおっ」感があっていいですね。

 

 

読んでいて面白くなるのは、やはり近鉄経営に関わり始める中盤以降。

 

佐伯氏が秘書として長年仕えた種田社長("近鉄(社名変更後)”初代社長)とのお話や、関西の中小私鉄を近鉄として再編していくような話は実に興味深い。

秘書時代にのんびりしていたら予定が早く終わった種田社長を寒空の下で長時間待たすことになってしまい厳しく叱られた、後年佐伯氏が社長になった時に同じように秘書の不手際で放置されたときはそのエピソードを語りながら温かく叱った、みたいな話はいかにもサラリーマンドラマ味があって好き。

 

手土産を相手客だけでなく秘書や運転手にも用意した、その渡し方も主客の空気を読んでいて実に見事だった……みたいな佐伯氏の秘書時代の活躍は、気配りのひとつのあり方としてとても参考になります。

 

 

敗戦直後、食糧難にあたっての「近鉄農場」事業へのトライも面白い。

沿線地域の住民と折衝して土地を確保して、農業を始めるも……事業としては生産的にも会計税務的にも失敗、即撤退、それでも近隣住民との距離が縮まったことで後の沿線開発に大いに役立った……という七転び八起きがいいんです。

 

その後、伊勢湾台風を受けて全線がズタズタになった際の、名古屋線軌間拡幅工事をこの際一緒にやっちまおうという話も迫力があります。

佐伯氏自身の回想を読むだけでもう面白いですからね。

とにかく、この機会だから、来年に予定していた全線の広軌へのゲージ統一をやろう。どうせ電車が止まっているのやから、全線の復旧工事は、一挙に広軌にしてやるべし。儂はそう決めた。だから、その方法を考えてくれ。やらんと言う必要はない。どうすればやれるかっちゅうことを考えろ。一週間時間をやるから案をだせ。衣冠束帯は問わん。知恵のある者は知恵をだせ。諸君は何のために月給をもらっているのか、今日あるためにもらっているのではないか、と重役を並べて言ったんや。儂は、もうそのとき、どうやるかっちゅうことを決めていましたけど、自分が案をだしてしまったらみんなが協力できんでしょ。あれは、ちょっとドラマチックやったな。もちろん、芝居なんかしとらん。儂も必死やったんや。それで、一週間目に、みんな案はできたか、ちゅうてみた。いろいろでたが、いちいちその実行案にダメをだし、最終案を儂が一気にまとめたんです。

 

この社長の決断を受けた、当時の現場の工場課長さんの回想も。

私は、言葉は悪いが、現場にいる立場から、内心“しめた”と思いましたよ。線路はズタズタで、電車は動いていないんですからね。つまり、休んでいる電車なら、まとめて工事ができますでしょ。それは、線路工事も同じで、しかも昼間に工事ができるわけですから、安全だし能率も上がるというもんです。

鉄道にとって、いちばん恐いのは、事故です。とくに、電車を走らせながらそのあい間を縫って工事をする。そのときの神経のつかい方は、そりゃあたいへんなもんですよ。もし、台風がこなくて計画どおり翌年二月にあれだけの大工事をしていたとしたら、寒いときでもあるし、事故があったかもしれません。私らは、そういうことが心配になるのです。それが、安全に能率を上げることができたのは、何よりだった、と思っています。

ですから、そういうことがわかって英断を下した佐伯さんは偉い人だなあ、と思ったものです。現場が一丸となってふるいたったのも、そういう気持ちがあったんです

 

 

その他のエピソードでは、奈良電鉄買収後の話が好きです。

吸収合併した元奈良電鉄の社員たちに「君らを継子扱いはせん」と言い切って、給料もポストもきちんと与え、果ては合併後に「奈良電三十年史」まで出版。

今日のM&Aにおいても学びになる気配りではないでしょうか。

 

 

 

最後に、印象に残った佐伯氏のセリフを。

「学者は現実を知らない、経営者は情報を知らない、官僚は両方知っていても喋らない」

 

一見、世の中の話をされているのかもしれませんが、実は近鉄も含めた大企業の中の話なのかもしれないなあ、と思ったり。

大きな組織の中には、学者のような人も官僚のような人もたくさんいますもんね。

色んな人をビューティフルハーモニーさせて経営するというのは実に難しい。その難しさを端的に示しているのでは……などと感じました(私見です)。

 

 

 

時代背景が違うからこそ、往年の名経営者のお話は面白いですね。

渋沢栄一さんも再注目されていますし、また色々学んでみようかという気になってしまいます。

 

温故知新……というと単純に過ぎるかもしれませんが、かつての知恵を今後に繋げることのできる我々でありますように。