肝胆ブログ

かんたんにかんたんします。

「月と六ペンス 感想」モームさん / 訳:行方昭夫さん(岩波文庫)

 

モームさんの代表作と名高い「月と六ペンス」を読んでみたところ、一線を越えまくっている芸術家の業深さ描写のキレ味にかんたんしました。

 

www.iwanami.co.jp

 

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月と六ペンスは、筆者モームさんを仮託する「僕」と、ゴーギャンさんをモデルにした「ストリックランド」さんの物語です。

隠岐に行くとき、離島→ゴーギャンという連想で仕入れて読んでみた次第です。

 

以下、ネタバレを含みます。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

物語はおおきく三部構成になっていまして、

  1. 舞台はロンドン。僕とストリックランド夫妻との出会いから、ストリックランドさんが家族を捨てて出奔し、画家を目指すに至るまでを描く。
  2. 舞台はパリ。再会したストリックランドさんは困窮しつつ絵を描き続けていた。ストリックランドさんが、親切な友人夫妻に酷いことをした末、パリから去っていくまでを描く。
  3. 舞台はタヒチ。ストリックランドさんが楽園に魅了され、俗世を完全に捨て去りタヒチの絵を描き続け、そのまま客死。やがて遺した作品が非常に高く評価されるようになるまでを描く。

 

という流れになっています。

 

 

1の段階ではいかにも昔のヨーロッパ文学っぽい文章が続いてあんまり盛り上がるところはないんですが、2の段階に至ってこの小説はがぜん熱量を増してくるんですね。

 

ネタバレをしますとストリックランドさん、瀕死のところを親切な友人に救出され、看病され、養ってもらったのにですね、そのままあろうことか友人の奥さんを寝取ってしまうのですよ。

しかもたいした主体性もなく。

奥さんが寝取って欲しそうだったから望みを叶えてやった、くらいの雑な対応で。

更に、旦那を捨てて転がり込んだストリックランドさんがちっとも自分の方を向いてくれないもんだから、その友人の元奥さんはたいへんな末路を辿ることになってしまってですね……。

 

一連のNTR描写のクオリティがもうほんま半端ないの。

ストリックランドさんの一貫した非人間性もさることながら、日ごろは貞淑な奥さんの内に秘めた獣性の描きっぷりがね、業が業を呼ぶ! 的な熱くて深くて黒い面白さに満ち満ちているんです。

 

これは一読の価値ありまくりですよ。

 

またね、奥さんを寝取られた旦那さんのキャラクターもいいんですよ。

めちゃくちゃ善良かつ個性的な男でね、素晴らしいサブキャラクターでして。

ストリックランドさんが描いた元奥さんのヌード絵を、切り刻もうとしながら、あまりの美しさ、絵の素晴らしさに打ち震えて触れられなかった場面とかもうつら過ぎて惨め過ぎて透明感あり過ぎて最高です。

彼があまりにも好人物過ぎて、そんな彼から奪って彼を捨ててという顛末のえげつなさが際立つ、救われない面白さを存分に味わえます。

 

 

3のタヒチ編に進むと、もはやストリックランドさんの、絵、美だけを求めて、世間の暮らしや常識から完全に解き放たれていく様子、描写がですね、芸術家のある種の理想像染みていて、いっそ健やかな読後感すら覚えるようになっていきます。

 

詳細は省きますが、ゴーギャンさんの残した個性的かつ美しいタヒチの絵画を知っている我々からすれば、「そんなこともあったのかもしれない」という説得力がどうしても富んできますからね。

 

これはズルい小説。

 

かつてMMRでもキメフレーズとして使われていた、「我々はどこから来たのか 我々は何者か 我々はどこへ行くのか」味を充満させて往生していくストリックランドさん。

そして、そんな彼に畏敬を抱きつつも、自らは現実的な暮らしを送っていく「僕」。

 

この対比が、理想像としての月と、現実としての六ペンスということなんでしょう。

月は「狂気」の寓意も持っていますし、ストリックランドさんには狂気と理想の二面性がありますけどね。

 

 

 

さて、このゴーギャンさんをモデルにした「ストリックランド氏」ですが、小説を読む限りとんだ外道野郎でして、ゴーギャンさんってこんなヤカラだったんですねと思ってしまいそうになるのですが。

 

実際のところ、史実のゴーギャンさんと当小説のストリックランドさんは、かなりの乖離があるようです。

おおらかな時代だったのかもしれませんが、モームさんも、よくゴーギャンさんの遺族から訴えられなかったもんだ。

(まあ、友人の奥さんにちょっかいを出したことは実際あったっぽいですけど)

 

 

 

かように、この小説は高尚な文学の皮をかぶったNTRと業と崇高推しの小説ですから、現代になって一層ウケそうな魅力を有していると思われます。

興味が湧いた方はどうぞ読んでみてくださいませ。

 

楽しいコンテンツが次々生まれてくる世の中で、日本産海外産を問わず、名文学の取っつきづらい魅力もまたリバイバルされていきますように。