吉村昭さんの動物を題材にした短編集「海馬(トド)」が場景が思い浮かぶような心地よい面白さだったのですが、小説に負けないくらい巻末の石堂淑朗さんの解説も素晴らしい内容でかんたんしました。
収められている小説は7編。
- 闇にひらめく(鰻)
- 研がれた角(闘牛)
- 蛍の舞い(蛍)
- 鴨(鴨)
- 銃を置く(羆)
- 凍った眼(錦鯉)
- 海馬(トド)
いずれも動物そのものではなく、題材となる動物を飼育したり狩猟したりしている男性が主人公です。
以下、ネタバレを含みますのでご留意ください。
短編それぞれの内容はかなり構成が共通しており(「銃を置く」を除く)、
女性関係に鬱屈したり不器用だったりする男性
↓
動物の飼育や狩猟の中で発揮される男性の魅力なり人間らしさなり
↓
事情持ちの女性登場人物が男性に惹かれていく
といったパターンが多いです。
基本的には救いがある展開ですからご安心ください。
「闇にひらめく」なんて「仮釈放」のifルートな感じがしてちょっと嬉しかったり。
(それにしても吉村昭作品は寝取られモノが多い笑)
そうした登場人物の幸いをあらすじとしつつ、見どころは題材となるそれぞれの動物関係シーンでしてね。
本当に息を呑んで闇に潜むうなぎを追っている気になりますし、
本当に闘う牛とともに汗を流している気になりますし、
本当に闇夜に浮かぶ蛍のまたたきを目撃した気になって心を動かされますし……
と、吉村昭作品らしい一つひとつの場景の迫真味が相変わらずお見事で、派手な動きも爆発もないのに大きな熱量を感じることができて、いい小説だなあと思うのです。
物語の本筋となる男女の幸いは現代から見ればクラシックな描写に思えるところもあるのですが、そこは本筋なんだけどある意味ではオマケというかね。
電車の窓から見える景色を楽しむ気分と似ていて、目的地に着くことよりも過程で味わう気持ちが大事なんだ感を抱くことができます。
短編それぞれの優劣は難しいのですけど、
いちばん目に浮かぶ景色が好きなのは「闇にひらめく(鰻)」、
いちばん好きな登場人物は「海馬(トド)」のお爺ちゃん、
いちばん感じの悪さがリアルな登場人物は「凍った眼(錦鯉)」のご遺族、
いちばん老いと引退の感覚がリアルなのは「銃を置く(羆)」、
といった印象が強く残っています。
「銃を置く」は「羆嵐」の後日談でもあるので要チェックですよ。
さて、この短編集に解説を書いてくださっているのがウルトラマン好きとしても見逃せない石堂淑朗さんなんですけどね。
この方の吉村昭作品評が「まさに!」というもので感動したのですよ。
人生の動を静謐のうちに描く
私自身かつて持ち、今は使わぬ故に退化しつつある五感の回復が如実に感じられて心のバランスが癒される
淡々たる語り口は山場を山場と意識させない
(略)
自然と人事を一体化させ、劇的な山場をさり気なく隠す吉村さんの表現
読者がホワァと抱いていた吉村昭作品の魅力を、このように端的に言い表してくれることにですね、非常に深い感銘を受けるのであります。
これは素晴らしい解説。
ぜひ新潮文庫版で呼んでいただいて、本編とともに満喫すべき代物でございますよ。
短編集でサラッと読めますし解説が最高ですし550円(税別)ですし、満足度の高い一冊でございました。
うなぎ食べたくなりますし。
人と動物の営みがこれからもある種の信頼関係と節度を保ったものでありますように。