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芦名家小説「会津執権の栄誉 感想」佐藤巖太郎さん(文春文庫)

 

金上盛備(かながみもりはる)さんを主軸に、落日の芦名家(蘆名家)を描いた小説「会津執権の栄誉」が地に足の着いた読み応えに富んでいてかんたんしました。

 

books.bunshun.jp

 

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芦名家は会津に根を張る有力大名でしたが、嫡男の夭折等がありまして、後継者を佐竹家からもらうか伊達家からもらうかで家中が二分し、佐竹家と結んだものの最終的には伊達政宗さんに滅ぼされてしまうという顛末を辿ったお家でございます。

 

こちらの小説は末期芦名家の様々な立場の武士を主人公にした連作短編集でして、構成としましては

  • 湖の武将(主人公は富田隆実さん)
  • 報復の仕来り(主人公は芦名家馬廻役の桑原新次郎さん)
  • 芦名の陣立て(主人公は金上盛備配下の白川芳正さん)
  • 退路の果ての橋(主人公は芦名領の農兵の小源太さん)
  • 会津執権の栄誉(主人公は金上盛備さん)
  • 政宗の代償(主人公は伊達政宗さん)

 

となっています。

 

 

金上盛備さんと富田隆実さんは信長の野望等にも登場するのでご存知の方も多いかもしれません。

 

信長の野望・大志の金上盛備さん。

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人呼んで"会津執権”。政治面でさすがの高い評価を得ています。

 

 

富田隆実さん。

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なかなかの武勇評価ですね。攻城心得持ちなのも大きい。

摺上腹の戦いでは名門芦名家の意地を示す活躍をなさります。 

 

 

芦名家を滅ぼした伊達政宗さん。

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強い。

色々言われることもありますが、当時の奥州秩序の中であれだけ暴れたり、その後の統一政権の中でしたたかに生き抜いたりした政宗さんはやはり尋常でない傑物でしょう。

 

 

 

小説の詳細なネタバレはいたしませんが、基本的に史実通りに芦名家が滅びの道を歩む中、芦名家で生きる一人ひとりの人間的な葛藤や覚悟や意地を誠実に描いたような小説になっています。

いわゆる大胆過ぎる歴史解釈や面白すぎる創作要素をウリとするタイプの小説ではなく、史実を舞台に「リアリティある人間を描く」タイプの小説でして、好みです。

 

 

 

メイン主人公の金上盛備さんはとりわけイイですね。

 

すごい人なんですよ。

彼の高い実力は小説内でも十二分に描写されているのです。

 

当時の中央政界の情勢を正確に把握し、近隣で最も勢いのある伊達家ではなく、豊臣秀吉さんとの繋がりが深い佐竹家を選ぶ政略センス。

芦名家が伊達家か佐竹家かで紛糾したのは1587年。

秀吉さんが九州征伐をやっている頃で、現代人から見ればそりゃ秀吉さんを選ぶわとなりますが、当時の奥州で秀吉さんの動きをきちんと把握・評価できていた人がどれだけいたことか。のちの小田原征伐時ですら上手く立ち回れない奥州勢が多くいた訳ですからね。

実際、金上盛備さんは上洛経験もあり、秀吉さんたちと謁見したり、官位を得たりと、当時の奥州では激レアな都会通だったようです。

 

その上で、摺上原では富田隆実さんたちを含め見事な陣立てを行い、序盤は伊達家相手に優勢を取るという軍略センス。

伊達成実さんや片倉景綱さんと互角以上に戦ったという史実はすごいと言うしかありません。

 

 

しかしながら……

 

足元、芦名家中の綻びを止めることはできず……。

摺上原での戦いでは、日和見・撤退する芦名家臣が続出し、遂に彼は孤独な突撃死をすることになるのです。

 

この、金上盛備さんの敗死に臨む描写がとてもいいですね。

あえて詳細な引用はしませんが、敗因を「慢心」とする佐藤巖太郎さんの文章がとてもいいのですよ。

 

実力も実績もある、それに見合う人格も誇りもある、そんな優れた金上盛備さんの弱点はただひとつ「慢心」であると見抜く豊臣秀吉さんや伊達政宗さんがね。

こういう人間描写がね、実に読んでいて面白いんです。

 

マクロな視点ではすべて正解を選べるのに、身近なミクロの支持は集めきれない偉才。

阿波三好家の篠原長房さんなんかもそんな印象がありますが、こうしたどこか不安定なものを孕んだ強さ賢さってのは美しいものだと思うよ私は。

 

 

他の主人公たちも、滅びつつある芦名家に相応の忠義や思い入れをもちろん持っているんですけど、同じくらい一人ひとりの人間的な事情や経緯や反骨やコンプレックスみたいなのが混じっていて、合理性だけで動くのではなく、人間的心情に大きく拠って動いているところがよくてですね。

著者の人生経験の豊富さ、人間社会の確かな観察眼を伺えて満足度高いですね。

史実と人間のどちらも活かして物語を書いてくれる人、好き。

 

 

 

一転、最終章の伊達政宗さんのパートは、同じように政宗さんならではの人間的動機をしっかりと描写しながら、伊達政宗豊臣秀吉徳川家康という大大名たちのスケール感がみなぎっていて、それまでの芦名家中の諸々との対比が鮮やか過ぎるくらいに決まっていて超いいんです。

本当に、視点、スケール感が、芦名家中とは残酷なくらい隔絶されていて素敵。

大大名たちが見ているものと、芦名家中のあれこれで描かれているものの世界観が違い過ぎるの。

そして、繰り返しではありますが、その中でもまた政宗さんや秀吉さんや家康さんの人間がクオリティ高く記されているのがほんまに面白い。

いいシメの章でございました。

芦名小説でありながら、伊達政宗さんの好感度も高まるのがスゲェ。

豊臣秀吉さんや徳川家康さんのスゴさもめちゃくちゃにスゴくてスゴいから広くおすすめですよ。

 

 

 

最後に、畿内史好きの者としては、金上盛備さんの回想で現れる豊臣秀吉さんのこんなセリフが実に響きます。

 

「わしが逆臣明智日向守を打ち滅ぼした時には――」

花洛の聚楽第に伺候した際の、関白秀吉の言葉である。

「世の中の変化の兆しは、すでにあった」

畿内の人々は、殺し合いの世に疲れ切っていた。変化が始まっている時世に、古い手法で主君を弑しても逆臣に与する武将はいない。勝敗の帰趨は、すでに合戦の始まる前に決していたのだという。

織田家の後継者争いでも、わしは、特別なことなど何もしていない。変化を見極めずに今までと同じ手段を繰り返そうとするとき、人は自ら崩壊へと進んでいく。わかるか、金上入道」

人は自ら崩壊へと進んでいく――。ただの因果応報を説かないところに、実践者である秀吉らしさが出ている。

 

この秀吉さん、この史実解釈、とても好みです。

 

 

 

 

いろいろ長々書きましたが、優れた芦名小説であり、優れた政宗小説でもあり、優れた戦国時代小説でもあると思いますから、広く歴史小説好きに自信をもって推薦したいですね。

 

これほどにレベルが高い歴史小説がこれからも増えて、そして出会うことができますように。