肝胆ブログ

かんたんにかんたんします。

「漂巽紀畧(ひょうそんきりゃく/全現代語訳) 感想」述:ジョン万次郎/記:河田小龍/訳:谷村鯛夢/監修:北村淳二(講談社学術文庫)

 

ジョン万次郎さんの漂流記「漂巽紀畧」を初めて読んだのですが、思いの外な漂流モノアドベンチャーとしてのレベルの高さにかんたんしました。

これ、高校日本史の副読本とかで紹介してもいいんじゃないなと思いましたよ。

 

bookclub.kodansha.co.jp

 

f:id:trillion-3934p:20200329111827j:plain

 

 

 

江戸時代末期、ジョン万次郎さんが漂流してアメリカへ行って奇跡的に帰国できた顛末を口述した内容をまとめた冊子になります。

聞き取りをしたのが画家の河田小龍さんなので、各所に挿絵もふんだんに盛り込まれていていい感じです。

 

幕末には、当冊子が幕府や諸藩の偉い人たちに大変珍重されたのだとか。

こういう本を通じて、いちおう当時の日本人にも鉄道、軍艦、金鉱、教育、選挙、といった概念は耳には入っていた訳ですね。

 

 

この本、現代語訳ベースで全150ページほどですし、内容がロビンソン・クルーソー十五少年漂流記と同じように漂流からのドキドキアドベンチャーに富んでいますので、学術的なイメージとは裏腹に、ティーンエイジャーへ与える本としても好適ではないかなと驚きました。

幕末にたくさん刷られたというのも、アメリカ社会を学ぶという真面目な目的だけでなく、単純に読み物として面白かったからでもあるんじゃないの? と思えるくらい。

 

 

あらためて当著に記されているジョン万次郎さんのアドベンチャーを紹介しますと。

 

土佐で仲間と漁に出る

 ↓

嵐に遭う

 ↓

鳥島(伊豆諸島)に辿りつき、なんとか数カ月間生き延びる

 ↓

アメリカの捕鯨船に救出される

 ↓

ハワイに寄港

 ↓

アメリカに渡る

 ↓

アメリカで学問に励む

 ↓

アメリ捕鯨船の船員になって世界各地を旅する

 ↓

カリフォルニアのゴールドラッシュでまとまった資金を得る

 ↓

ハワイ経由で上海行の船に乗せてもらう

 ↓

琉球に到着

 ↓

薩摩・長崎での取り調べを経て土佐に帰国

 

 

という経緯でございます。

 

 

吉村昭ファンとしては、「鳥島」というワードだけで胸が高鳴りますね。

アホウドリの楽園! 飲み水はほとんどないよ!! のあの鳥島

ジョン万次郎さんも鳥島ではたいがい苦労されたようですが、当著の筆致は吉村昭さんの文章のような刻々と命をすり減らされるような類ではないのでご安心ください。

 

 

鳥島から救出された後は、まさしく初めて触れるアメリカの文化・社会に瞠目しつつ自身も勉強や労働に励んでついに故郷に帰るという美しい異世界紀行潭でございますので、安心して楽しく読み進めることができます。

当時の日本人の耳による英語のカタカナ表現なんかも妙な楽しさがあり。

 

好みの記述をいくつか紹介しますと。

 

挨拶のあと、ホイットフィールド船長は「こんどの航海において、ふしぎな縁に導かれてこの人たちを救助したのだ」と筆之丞一行との顛末を説明すると、ドクター・ジャッドは筆之丞らにたいして「合掌したりお辞儀をしたりする国の者か」としぐさで問いかけた。

 

万次郎さんたちを救出してくれた親切な船長さんと、ハワイのお医者さんとのやり取り。「合掌したりお辞儀をしたりする国」という表現がいいですね。

レアケースながら、ジョン万次郎さんたち以前からハワイに辿りつく日本人もいたようです。

 

 

船では万次郎を略して「マン」、あるいは「ジョン・マン」と呼ばれるようになった。「ジョン」とは思うに、かの地において身分の低い者を呼ぶときによく使われる名前であろう。

 

ジョン万次郎さんのジョンは、グリムリパーさんとターボメンさんのタッグ名「ジョン・ドウズ(名無し)」と同じ由来のジョンだったんですね。

 

 

才能や学識を持った多くの人のなかから、これぞと思える人物を選んで大統領とする。そして、その任期は、四年を限度とするが、その人の徳が高く、政治力も抜群であるならば、任期を重ねてその職を続けることができる。

 

民主主義・大統領制の紹介パートの一節。

「徳が高く」という表現がいいですね。現代でもそうあってほしい。

 

 

「ここは、どこの国だ?」

万次郎がこう問いかけると、向こうが「陸奥国の仙台だ」と言う。これを聞いた万次郎は、急いで船からボートを下ろし、蒸餅[パン]二桶をもっていって仙台の漁船への贈り物とし、さらに尋ねた。

「土佐の国は、ここからだとどっちの方角になる?」

しかし、返ってきたのは「土佐のことは全然わからない」という言葉であった。そして、その漁船の男たちといくつかの言葉を交わしたのだが、まるで通じない。

 

万次郎さん、なんと捕鯨船員時代に日本近海で日本人と出会う。

しかし、無念、陸奥人と土佐人では言葉が上手く伝わらない……というエピソード。

これも当時の日本国内における地域文化性が察せられて興味深いです。

 

 

およそ世界の国々は、どこへでも航海をし、互いに交流し商いをしているので、万が一遭難したり、万次郎たちのような漂流事態になったときに適宜対応できるように、各国の要地や港に領事館を置いている。

以前、ニューヨークの船がわが江戸に来航したとき、この地に領事館を置いてほしいと要請したが、聞き入れられなかった。

 

アメリカで、アメリカ船が江戸を訪問したことを知る万次郎さん。

「領事館」も当時の日本人からすればとても先進的な事例に聞こえたことでしょう。

 

 

ここで、「シチンボール」[スチームボート。蒸気船]と呼ばれている、これまで見たことのないような船に乗った。

「シチンボール」は、船体の長さが四十間あまりで、帆はひとつもなく、ただ船体中央に巨大な湯罐を設置している。その湯罐で沸かした蒸気を用いて、船体の内外に取りつけた鉄輪を回して動く。進んでいく非常な速さは、たとえるものがないほどのものである。

サクラメントに上陸して、「レイロー」[レールロード。鉄道、汽車]という、これまた見たことのないような車がたくさんは知っていることを知った(この車は合衆国では多く走っていて、万次郎も一度乗ったことがあると言っている)。

「レイロー」は、三間四面の鉄箱に石炭を入れて燃焼させ水を熱し、発した蒸気を鉄箱に充満させ、その蒸気を鉄筒[パイプ]に導くように造られている。そして、先のシチンボールと同じように、鉄筒を通ってくる蒸気を用いて車体に取りつけた鉄輪を回して動くようになっている。

 

蒸気機関で動く鉄の乗り物「シチンボール」「レイロー」のご紹介。

日本の幕末は、アメリカの西部劇時代と重なっているので、外輪船や鉄道敷設の描写がまたロマンを呼んでいいですね。

 

 

ただ、こうした繁栄、繁華のなかで、ひとつ困ったことがあった。ならず者、やくざといった類の人間が徒党を組み、言いがかりをつけては他人の金品を奪ったり、さらには銃を用いて殺人に及んだりといった事態が生じているし、どうにも手のつけようがないような輩もかなり多くなってしまったのである。

 

ゴールドラッシュにおける負の面も描写されています。

まさに西部劇的フィールド!

ちなみにジョン万次郎さんは、七十幾日間で一ドル銀貨六百枚あまりを得たそうです。物価はよく分かりませんが、その後カリフォルニアからハワイに渡る船賃は銀貨二十五枚だったとのこと。

 

 

 

挙げればキリがないほど興味深い文化紹介がございますが、とりあえずこの辺りで。

 

それにしても当時のアメリカという異世界において、ジョン万次郎さんはよくも正確に観察・記憶されているものです。

よほど頭の優れた少年だったのでしょうか。

蒸気機関の原理なんて普通の人なら「妖術(断定)」となりそうなものですが。

 

 

このように、当著は異文化紀行としても、主人公ジョン万次郎さんの懸命・努力あっての成功アドベンチャー潭としても面白い内容になっていますから、もっと広く読まれてもいいんじゃないのと思いましたよ。

 

現代グローバル社会においても、各国それぞれ、難儀している他国人に親切な風潮でありますように。