都鄙……畿内と地方との関係性という切り口で、天下人論や織田信長さん、足利義輝・義昭兄弟の評価に挑んでいる当著にかんたんいたしました。
これまでの畿内史研究では不足していた視点だと思いますので、色んな意味で刺激的なよい本だと思います。
表紙は洛中洛外図屏風(上杉本)にて闘鶏を見物する若君。
おそらく足利義輝さんの少年時代。かわいい。
ものすごくざっくりと内容を申し上げますと、縦軸に二条城、横軸に都鄙の関係をプロットして、
縦軸では、
- 足利義輝さんが地方との巧みな外交により資金を集め、二条城を都鄙を結びつける足利将軍に相応しい権威拠点として整備したこと
- 足利義昭さんの上洛後、足利義輝期の二条城をベースに近世城郭の先駆けとして一層の増築がなされたこと、但し地方からの献金でなされた義輝期と違って織田信長さんの力を背景に事業が進められたこと
- 足利義昭さん追放後、二条城は信長さんの手で「城破り」を受け義昭権力否定の象徴となり、あわせて安土城築城により信長さんに天下の権力が移行したことが示されたこと
横軸では、
- 足利義輝さんは「都鄙」、さらには「異国」までを視野に入れた、中立的かつ冷静な外交を展開しており、足利将軍を上位権力として位置付けた地方政策を行うことができていた
- 一方、足利義昭さんの外交は、戦国大名的、軍事論理的に地方大名へ従うか否かを迫る形であり、足利義輝さんのような上位者然とした公的性は不足している
- 織田信長さんの外交スタイルも足利義昭さんと同様、自身の軍事戦略に沿ったかたちでの外交が主体であり、やはり足利義輝さんのような中立性・公的性には欠ける。しかし、自らが主体となって地方へ外交を働きかけていくさまは、三好長慶さんとは明らかに一線を画している
といったようなことを説いてくださります。
一つひとつの実証がまことに説得力に富んでおり、また、各領域の近年の研究もしっかりと踏まえておられますので、非常に知見に富んだ本になっておりますよ。
個人的には、
聖護院門跡道増さんの足利義輝外交使僧としての活躍や、
二条城の城郭史における画期性および義輝期・義昭期の違い、
岐阜の「岐」って中国故事が元ネタじゃなくて単に土岐氏の「岐」なんじゃないの、
等が印象に残りました。
とりわけ道増さんや聖護院の歴史については以前から関心を持っているので、今後も勉強していきたいなあと思っています。
一方、こうした一つひとつの論拠は実にハイクオリティなものの、その論拠をベースにした各人物そのものの評価についてはやや飛躍しているきらいもあり、その点は違和感を覚える読者もいるかもしれません。
とりわけ足利義輝さんの評価ぶりは、
高評価の元となっている義輝外交自体が、頼りにしていた近衛家が後に離反したり、義昭・信長政権期に属人的な外交ぶりを非難されていたりと、同時代の方々からはあまり高い評価を得られていなかった様子が伺えること、
義輝外交が結果としては畿内での権力基盤増強には繋がらなかったこと、
義輝外交の相手である地方大名たちも高い満足度を抱いていた訳ではなかったんじゃないのと大友宗麟さんのボヤキ等から伺えること、
等々を踏まえれば、やや理念先行ではないかなあ……と。
洛中洛外図屏風にて闘鶏を眺めている義輝さんを評して「鶏(各大名)を上位者の視点で観察している姿を暗喩しているのだ……」という箇所等は、さすがに筆が乗り過ぎたんじゃないでしょうか感がございます。
また、三好長慶さんについても、そもそも三好政権論・三好長慶天下人論について違和感を抱いておられるようで、
- 天下は地方があってこそ天下なのであり、地方を切り離した天下は単なる畿内という一地方でしかない
- 三好長慶さんは、織田信長さんと違って各地方と能動的に外交をしていたようには見えない
- 更に言えば、三好長慶さんは最終的に相伴衆として足利幕府に組み込まれており、その点でも織田信長さんとは異なる
といった評価をされております。
この辺りも様々ご意見があるところだと思いますが、まずは三好長慶天下人説に対して真っ当な冷や水を浴びせてくれる方がようやく出てきてくれたことをポジティブに受け止めつつ、特定の要素だけを用いて天下人論や画期性を評しておられるのは若干強引かなあという印象も抱きます。
当時の畿内権力のステークホルダーとしては、ご当地畿内の民衆や国人や守護に加え、朝廷、キリシタン含む海外、諸宗教、港湾都市、そして著者の仰る地方大名……等々多岐にわたりますし、権力に期待される役割も様々だった訳ですから、畿内史に深入りしないまま、地方の視点という批判しやすいところだけを批判しているようにも。
(天野忠幸さんの三好権力研究は、確かに一部「言い過ぎちゃうか」感を含みつつも、上記のような様々な観点から論拠をまとめておられますし)
とは言え、三好長慶さん段階と織田信長さん段階の相違点をひとつ明瞭にしてくださったのはやはり非常にありがたいことですし、意義深いことだと思います。
引続き、こうした相違点の重要性評価や、その相違点がどういった背景から生まれてきたのか等々の考察が深まっていくといいなあと願うばかり。
なお、天野忠幸さんがアピールされていた「大友宗麟さんの九州探題任命は、毛利家を牽制するための三好政権の策略」説についても冷静な根拠を示して反論しておられまして、これは当著の意見の方が納得感があるかな……という感じです。
繰り返しですが、こうした従来不足していた切り口から畿内史研究が厳しく批評されて、結果としてより強靭な学説の形成に繋がっていくといいですね。
研究者方の努力の甲斐あって、ますます畿内史と各地域史の接続、あるいは義晴期と義輝期と義昭期と信長期の接続が進んで参りました。
各領域の英知が集まり、ますます研究が盛んになっていくとともに、残念な優劣争いやレッテル貼りは減っていきますように。
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ここからは本筋から離れた雑感です。
この本を読んで、あらためて足利義昭さんと織田信長さんの果たした歴史的役割について思いを馳せていたのですが。
確かに、畿内に留まらない、各地方を巻き込んだ外交戦を両者が繰り広げたことの影響って大きいなあと。
各地方大名からすれば「足利義昭か、織田信長か」の二択を迫られる訳で、結果的に包囲網じみた陣容が形成されて、戦線がどんどん拡大して、その果てには日ノ本一統が近づいてくる。
それを乗り越えた織田信長さんの功績は当然大きいし、
敗れた足利義昭さんだって、戦火を日本各地に広げた、織田信長さん一人では戦火は広がらなかった、と思えば果たした役割は非常に大きいですよね。
一方で、三好長慶さんが畿内関係者への外交は巧みにやっているのに、地方外交は積極的にやっていなかった理由。
ひとつには、足利義昭さんとタッグで上洛してきて、上洛当初から比較的大きな存在感と正当性を有していた織田信長さんと違って、畿内内部の下克上でのし上がってきた三好長慶さんは、地方と外交する名分を有していなかったという点はあるでしょう。
足利将軍と当初は協調していた信長さんと、足利将軍を脅かす存在だった長慶さんとでは、お手紙を受け取った地方大名もリアクションが変わってきますよね。
そういう、置かれた立場やスタート地点の違いという視点での分析はできそうです。
また、仮に長慶さんが一定の正当性を有していたとして(家格上昇後とか)、長慶さんが地方大名と積極的に外交したかどうか。
信長さんと義昭さんの関係のように、
地方家老A「ボス、将軍が織田家の悪口言ってます!」
地方家老B「ボス、信長が正しいのは俺だと言ってます!」
地方大名 「えぇ……(困惑)」→巻き込まれ
という道を選んだかというと、長慶さんの行動パターン的にはやれてもやらなかったんじゃないの感もありますね。
長慶さんと義輝さんの関係だと
地方家老A「ボス、将軍が三好家の悪口言ってます!」
地方大名 「三好家はなんて言ってんの?」
地方家老B「ノーコメントのようです!」
地方家老A「あと、将軍が銭と馬と鉄砲よこせって言ってます!」
地方家老B「ちなみに都は平和なようです!」
地方大名 「あっ……(察し)」→静観
という感じで、要は長慶さんって地方に火種を撒かない道を選びそうじゃないですか。
地方を巻き込むという意味では、戦国時代の畿内権力において長慶さんが例外的に控えめなだけで、長慶さん以前の細川高国さんなんかはガンガンやっていましたよね。
長慶さんは幼少期から大内義興さんの強大な実力っぷりを聞いて育っているでしょうし、父親が朝倉宗滴さんや浦上村宗さんの存在にヒヤヒヤしているのも見て育っている訳ですし、畿内の争乱が遠国に波及したらどうなるかをよく理解し、基本的に火種拡散防止条約派だったんじゃないかなあとは想像しています。
大内家(→毛利家)に出奔した足利義冬さんのことも連れ戻していますし。
畿内争乱を静謐に導く、
地方に畿内争乱を波及させない、
(そして畿内近国でちゃっかり勢力を広げていく、)
というのが長慶さんの基本方針だったんじゃないかなあと。
こう考えると、長慶さんが長生きしたとしても、上手いこと足利義輝さんを抑えて引続き勢力を広げていきそうではあるんだけど、信長さんほどのスピードで勢力を拡大し戦国時代を終結に導けたかというと疑問符もつく、という穏健な暫定結論になってしまいそうです。
もちろん織田信長さんの活躍も足利義昭さんの行動も三好一族の事績があって舞台が整った面はありますし、それぞれの個性の問題にしてはよくないんでしょうけどね。
以上、
いろいろ書きましたが、
いろいろを思いついたので当著を読んでよかったなあ。