鍋島直茂さんの生涯を記した小説「武士道」の鍋島直茂像が、ストイック極まりない理想のサラリーマンのような佇まいでかんたんしました。
鍋島直茂さんの幼年時代から晩年に至るまで、みっちりと描写してくださっている歴史小説になります。
著者は近衛龍春さん。
この方の特徴のような気がしますが、膨大な参考文献をもとに、対象人物の事績をめちゃくちゃ丁寧に文章化されております。
比較的小さな戦や、ちょっとしたエピソードなども含め、史料や逸話等は全部拾っていくスタイル。
この「武士道」もそんな感じのスタイルで、400ページ近いボリュームに密度高い文章が詰まっています。
読み味としては「歴史書に近い小説」という感じですね。
細やかな仕事ぶりや調査ぶりにかんたんする一方、派手なエンターテインメント要素はほとんどございません。
歴史小説というジャンルでは、取っつき易くするために恋人とか忍者とか山伏とかのオリキャラさんが史実の人物以上に活躍するのがお作法になっている気もしますが、この「武士道」はまったくそんなことはなく、むしろ史実の人物が網羅的にたくさん登場しまくるので読者がついてこれるか心配になるくらいです。
要するに、「痛快!」とか「泣ける!」とか「ロマン!」とかを求めている読者にはあまり合わないと思います。
どちらかと言えば、「鍋島直茂さんの事績を細やかに知りたい、歴史書ほどでなくてもある程度しっかり学びたい」という方向けの作品でありましょう。
前置きが長くなりましたが、この「武士道」の鍋島直茂さん。
めちゃくちゃストイックに地道に活躍しまくる、サラリーマンの鑑のような方として描かれております。(あくまで私の感想です)
- 戦では獅子吼して突撃していく
- 殿(しんがり)役になることも厭わない
- 龍造寺隆信さんにちゃんと意見はするが、ちゃんと従う
- 龍造寺家一門衆への配慮も欠かさない
- 大友家や島津家といった競合他家への目配りも欠かさない
- 織田家や豊臣家や徳川家といった中央政権の動向もしっかり把握している
- むしろ中央政権の人たちから「不穏な人物が多い九州の中で、まともな話ができる数少ない良識人」として頼りにされる
- お家のために長期の遠征も進んで引き受ける
- 家庭や趣味等の心安らぐようなシーンはほとんどない
- 息子の教育にも充分に心を砕き、的確にフォローする
という感じ。
描かれている活躍はもちろん史実ベースなんですけれども、丁寧に細やかに描写してくれているために、なんだか現代の「経営者が死ぬほど欲しいタイプ」な人材像がチラついてくるんですよね。
- 新進ベンチャー企業の実務方の要として、
- 営業面で高い業績を上げ、
- ややこしいお客さんからのクレーム対応を率先して引き受け、
- 疑い深いオーナーを上手くなだめ上手く導き、
- オーナー親族の横やりを上手くさばき、
- 競合他社の攻勢から会社を守りときには毅然と立ち向かい、
- 大企業の傘下に入ってからも旧オーナー一族への義理は欠かさず、
- 自治体や警察や同業者組合への窓口としても重宝され、
- 海外も含めた単身赴任を厭わず、
- 仕事の邪魔になるような趣味や家庭トラブルも持っていない、
という風に頑張る鍋島直茂さん。
そりゃ出世するわ。
龍造寺家周辺で印象に残った登場人物を3人挙げますと。
龍造寺隆信さんは超有能な一方で猜疑心の強い、おおむね定説どおりの描写です。
神代勝利さんはとても強い、序盤の強敵です。
後藤家信さんはツンデレでかわいいです。
全体としては、後半の豊臣政権~関ヶ原の描写の方が、各登場人物がいきいきしている印象です。
著者的にもよく知っているメンバーが増えて書きやすかったのかもしれません。
終盤、鍋島直茂さんによる黒田父子評の場面があるのですが、私好みの内容でした。
かように、けっこう人を選ぶ文体ではありますが、地道に読み進めると鍋島直茂さんの地道なスゴさがくっきりしてくるので楽しいですよ。
何より鍋島直茂コンテンツが世に出てくること自体が嬉しい。
戦国時代ファンの裾野が広がっている今だからこそ、各地方の魅力的な人物に光が当たって研究や創作の動きに繋がっていきますように。