肝胆ブログ

かんたんにかんたんします。

「ウルトラマンになった男 感想 弱音が格好いい」古谷敏さん

 

初代ウルトラマンスーツアクター古谷敏さんの自伝が、ウルトラマンファンにはたまらない描写が盛りだくさんでかんたんしました。

 

www.shogakukan.co.jp

 

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古谷敏さんの東宝大部屋俳優時代から、ウルトラマン時代、ウルトラセブン時代、そして独立に至る経緯までを描いている自伝となります。

 

古谷敏さんは

を歴任されたことで有名ですね。

 

 

この本では、

顔出しができないスーツアクターの仕事に抵抗感があったこと、

スーツアクターの仕事の過酷さ、

少年たちのウルトラマン愛にモチベーションを回復させたこと、

ウルトラセブンで念願の顔出しレギュラー俳優になれたこと、

石井伊吉毒蝮三太夫)さんら共演者・スタッフとの絆、

等々のエピソードが色濃く語られています。

 

全編通して、訥々と語るような文章が非常に古谷敏さんのお人柄を感じさせるもので、目の前で古谷敏さんが当時の事を思い出しながら語っておられるような空気感に浸ることができます。

 

とりわけ、エピソードの一つひとつに弱音が多いのが素敵ですね。

ヒーローやパイオニアの役目を果たされた方が、弱音を隠さないで、苦しい局面をがむしゃらに乗り越えた事実を伝えてくださるということは、後進にとってもまことに意義深いことであります。

弱音や不安、格好よくなかったことを隠さない方が格好よいと思うんです。

 

 

 

以下、前半のウルトラQ初代ウルトラマンに絞って、印象に残った部分を一部引用いたします。

 

 

裸になって、ケムール人のぬいぐるみを着る。機電の倉方茂雄さんが頭を持ってきて、僕にかぶせた。重い! 重心が上の方なので安定感がない。ぐらぐらして、首が痛くなってきた。外もほとんど見えなかった。頭のところでモーターが回っているので、外の声が聞こえない。全身ゴムで締めつけられているので、息が少ししかできない。シンナーの強烈なにおいがしてきた。苦しくなってきた。急いで、頭を外してもらった。成田さんが、こげ茶色のボディーに模様をスプレーで描いていた。

 

ケムール人が美しく走る姿はいまも語り草ですが、中の古谷敏さんはこんなにつらい思いをされていたんですね。

 

 

「ニイノちゃん、僕がケガや病気で撮影ができなくなった時はどうしますか? 僕の代わりの人、用意しているんですか?」

「予算がないから、仮面やスーツはいっぱい作れない。それと、ビンちゃんと同じ体格の人もすぐに見つからない。ケガや病気に気をつけて、最後まで一人でやりぬいてください。ビンちゃんがダメになった時は、その時に考えます」

そう答えてくれた。そうか、代役はいないんだ。でも、それだけ僕に賭けてくれているってことでもある。その気持ちは友達としてうれしかった。

 

まさに主演としての覚悟・責任を求められていたことがよく分かりますね。

仮面・スーツを作るために、顔・身体を精巧に測定する場面も印象的です。

 

 

金城さんに僕の思いを話す。ともかく、役をどう作ればいいかわからない。金城さんは、しばらく黙って聞いてくれた後、話し始めた。ビンちゃん、まとめるとこうだよ……、と。

 

ウルトラマンは、宇宙人なんだよ」

ウルトラマンは、人間じゃないよ」

ウルトラマンは、ロボットでもないよ」

「だから、人間の感情は表に出さないこと。人間的な動きをしないこと……。このことを頭に入れて、ウルトラマンを考えてみてください。参考にするモデルは何もないから、ビンちゃんが考えて古谷ウルトラマンを作ってください。監督と話しながら、ビンちゃんのやりやすい方法でやればいいよ」

こう言われても、僕はまだ正直なところ、ぴんと来なかった。僕は俳優で、俳優は感情を演技で表現する。その俳優が感情を出すなって言われても……。しかし、金城さんはそんな僕の戸惑いを意に介さぬかのように言う。

「ビンちゃん、かっこいいウルトラマン、期待しているよ」

そして、最後にこう言ったのだ。

「ビンちゃん、この『映画』、絶対に当たるから!」

 

あらためてウルトラマンに求められる演技要件に思いを馳せると、非常に難しいものであることがよく分かりますね。

 

 

この会話の後。

「金城さん、今度は撮影の時のお願いを聞いてください。ぬいぐるみの中に入る人たちの扱いを、少し変えていただきたいのですが。会社の人、スタッフの人たちが、中に入る人たちのことをもう少し考えていただきたいのです。僕が『ウルトラQ』のケムール人や、ラゴンに入った時、現場の人たちの対応はすごくぞんざいだった。ぬいぐるみの中に入っている人への思いやりが、全くありませんでした。粗末な部屋で着替えたり、いすもなくて立ったまま撮影待ちしたり、水も用意されなかったり、苦しい思いや、やるせない思いをしました。今度の撮影が始まったら、ステージの中に水やレモン、塩とか、砂糖、いすも用意していただきたい。風呂やシャワー、控室の整備もやってください。こんな細かいこと、金城さんに話すべきでないと思ったのですが……。新野さんから聞いています。円谷プロで一番影響力を持っている人だと。金城さん、いい環境で仕事させてください。気持ちよくできれば、いい作品ができます」

金城さんは黙って聞いてくれた。

「金城さん、いろいろ生意気なこと言ってすみません」

「ビンちゃん、いい話だよ。わかったよ、今度の会議でみんなに話します」

「今日は、ありがとうございました」

 

切なる願い。

この申し出は、ウルトラマンや特撮の歴史に、実はものすごく大きな影響を与えたのかもしれません。

 

 

スーツの中で着るビキニパンツについて。

翌年、税金の申告に税務署に行った。水着は、経費と認めませんと言われた。でも、これは、僕の仕事の衣装なんです、と言ってウルトラマンの説明をした。

驚いたことに税務署の係の人の子供も、ウルトラマンが大好きなんだそうで、経費として認めてくれた。

 

新しい仕事が、世の中に認められていく。

そんな一幕を感じますね。

 

 

オレンジ色の隊員服が、僕には金色に輝いて見えた。

まぶしかった。

うらやましかった。

できることなら、僕も隊員服を着て出演したかった。

ウルトラマンの写真をいっぱい撮られても素顔が写らない。

 

隠すことなく、当時の本音を述べられております。

ウルトラ警備隊の隊員服の方が褒められがちですが、私は科学特捜隊の隊員服も少年魂に響く格好よさがあって好きです。

 

 

スペシウム光線のポーズについて。

飯島監督が言った。

「古谷くん、水平の手は防御、垂直の手は攻撃だよ」

高野さんが言う。

「ビンちゃん、腰を少し落として構えるといいよ。立てた手が顔にかぶらないようにね。カラータイマーも隠さないようにしてね」

中野さんが、

「古谷ちゃん、水平の手、垂直の手、組んだら絶対に動かさないでね。垂直の手から光線を出すから」

中野さんは、光学合成の技師で、円谷プロに古くからいる人だ。

「中野さん、何秒くらい動かさなければいいんですか?」

「それは監督しだいだね」

わかりましたと答え、またぬいぐるみをつける。今言われたことを考えながら、ポーズをつけた。

 

古谷敏さんは、ポーズを一日三百回、毎日練習されたそうです。

 

 

ネロンガ戦の撮影時。

「ホイホイ、こうやっておれの首を持って、本気で思いっきり遠くへ投げろ。本気でけとばせ。本気で殴れ!」

怪獣は厚いゴムだから、力いっぱい殴られてもなんにも感じない。殴る僕の手の方がむしろ痛いのだ。中島さんは力いっぱい本気で、ウルトラマンを投げる、押しつぶす、殴る、馬乗りになって体重をかける。テストも本番も、何回もやるので、あっちこっちが痛くなってしまう。

僕にとって大変な日だった。

ウルトラマンが戦った怪獣で、一番強かったのは? 怖かったのは? 大変だったのは?」

その後よく聞かれた質問だ。答えは……「中島さん」。というか、中島さんが入っている怪獣ということだけど。そんな日々の集まりだった。

 

ペスター戦の撮影時。

石油タンクが次々と爆発した。すごい音と火柱が立った。ペスターのいる海の中も炎が走っていく。中に入っている二人は、水と火の中で苦しそうにもがいている。演技なのか本当に苦しんでいるのか、わからない。大丈夫かな、心配になってきた。

その間、大爆発が何回も起きている。炎は一段と激しくなっていた。二重と呼ばれているステージ上に組まれた足場で撮影をしているカメラマンや照明の人たちが、炎で熱そうだった。タンクのブリキの蓋が空飛ぶ円盤みたいに、あっちこっちに飛んでいる。プールの表面は火の海だった。

二人の動きがにぶくなってきた。もう限界だ、助けに行こう。同時にカットの声がかかった。すぐにかけつけた。沼里ちゃん、倉片さんも飛んできて、すばやくぬいぐるみを開けた。二人の顔が出てきた。血の気がなく顔が真っ白。そして引きつっていた。苦しくて怖かったんだな。この気持ちはぬいぐるみに入った人にしかわからない。

タオルと水を二人に渡した。思わず、素晴らしい演技だったよ、そう言った。ぬいぐるみの中に入って一番恐ろしいのは水で、二番目は火だ。

その二つを同時にやった二人は、本当によく頑張ったと思う。

 

特撮撮影がいかに過酷だったかが伝わってきます。

ペスター戦、すごい迫力でしたもんね。また観たくなってきたな。

 

 

「金城さん、最近怪獣を殺すの、嫌になってきました。何かもやもやして、やりきれなくなっていい演技ができない。そんな心境なんですよ。たまには殺さないで、宇宙に帰してやりたい。金城さん、そんなやさしいウルトラマンがいてもいいじゃないですか」

「ビンちゃん、分かったよ。考えておくよ」

 

この会話もあってか、「恐怖のルート87」のヒドラ回、「まぼろしの雪山」のウー回等が作られたのかもしれないそうな。

「最近怪獣を殺すの、嫌になってきました」というセリフからは、現在のウルトラマンに続く精神性を感じますね。古谷敏さんとウルトラマンの一体化が進んできていたのかもしれません。

 

 

にせウルトラマンを、仮面の中から見ていると、気になってしょうがない。体の線とか手や足の動き、頭の動かし方、全体のアクション……。構えている時の雰囲気が、同じウルトラマンのぬいぐるみなのに、全然違うことに気がついた。

 

ザラブ星人のおかげで、自身の演技のオリジナリティを自覚できたというのが面白いですね。

 

 

ゾフィーが来てくれた。死なないですんだ。収録の時、高野さんが、

「フルヤちゃん、ゾフィーに着替えてください」

と、簡単に言った。僕はちょっとむっとして、

「監督、僕は聞いていませんよ。ゾフィーはほかの人が入るんでしょう」

と抗議した。僕はウルトラマンであって、ゾフィーではないんだ、という気持ちだった。高野さんは、

「マンのスーツは、フルヤちゃんしか入れないから、ほかの人、用意してないの」

と言った。後で新野さんに聞いたら、最初からビンちゃんに決めていた、そう言っていた。

時間もないので僕がゾフィーに入った。目が見えない。穴が開いていなかった。みんなに助けられながら終わった。そういえば、あの時のゾフィーのギャラはもらっていなかったな。この本を書いていて思い出した。

 

ゾフィー好きとしては、こんな裏話を聞けるのも嬉しいです。

 

 

次の年、『ウルトラセブン』のアマギ隊員として地方へサイン会で行って、行った場所で必ず、お母さんたちが僕にこんな話をするのだ。

ウルトラマンが宇宙に帰ってしまった時、うちの子供は泣きながら、窓を開けて夜空を見たんですよ」

僕はウルトラマンをやってよかった。子供たちのヒーローになれてよかった。心から思った。

 

さらばウルトラマン

その後、50年以上たった今も現役で子どもたちのヒーローであり続けているのは凄いことであります。

 

 

 

これらの他、セブン時代のエピソードや、各時代のレア写真等々、この本でしか読めない内容が盛りだくさんで、密度も満足度も高い一冊ですから、ファンにはぜひ一読をお勧めしたい本になっておりますよ。

ウルトラマン時代についても、一番コアとなるエピソードは紹介しておりません)

 

 

これから先もウルトラマンシリーズの人気が順調に回復し、DVDや円谷チャンネル等を通してQや初代やセブンに親しむ子どもたちが増えていきますように。