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小説「陰陽師 付喪神ノ巻 感想 1巻2巻より更に好き」夢枕獏さん(文春文庫)

 

小説「陰陽師」の3巻め「付喪神ノ巻」が、1巻2巻よりも更に抒情性を増した仕上がりになっていてかんたんしました。

好みは人それぞれだと思いますが、私はこの巻好きだなあ。

 

books.bunshun.jp

 

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以下、一部ネタバレを含みます。

 

 

 

 

 

 

 

 

付喪神ノ巻」に収録されている話は次のとおりです。

 

  • 「瓜仙人」瓜を使った術を操る方士に出会うお話
  • 「鉄輪」男に裏切られ生成(なまなり。鬼になる手前)になった娘のお話
  • 「這う鬼」男に裏切られ悪霊となった娘のお話
  • 「迷神」蘆屋道満さんが初登場し、死者を蘇生させるお話
  • 「ものや思ふと……」村上天皇の内裏歌合にちなむお話
  • 「打臥の巫女」蘆屋道満さんが再登場して藤原家を乱すお話
  • 「血吸い女房」雨乞いの儀式にちなむお話

 

 

2話め、3話めと男に裏切られた女の話が続きます。

平安時代らしい感じもしますね。

 

とりわけ「鉄輪」の完成度は素晴らしいものがございまして、男を恨んで生成になってしまった気の毒な女性「徳子」さんに対する源博雅さんの真っすぐな心、

「徳子殿。あるのだよ。泣こうが、苦しもうが、どんなに焦がれようが、どれほど思いをかけようが、戻らぬ人の心はあるのだよ……」

「―――」

「徳子殿。わたしはそなたに何もしてやれぬ。何もしてやることができぬのだ。ああ、なんという、なんという、力のない愚かな男なのだ、このわたしは……」

 

と涙する姿がまことに貴く、

 

また、人にはもはや戻れない徳子さんが、せめてもの慰めに源博雅さんの笛の音を所望する様、

「わかっております。みんなわかっております。わかっていても人は鬼になるのでございますよ。憎しみや哀しみを癒すどのような法も、この人の世にない時、もはや、人は鬼になるしか術がないのでございます」

「徳子殿――」

「お願いがございます。死して後、鬼となってあの為良を啖いたくなったおりは、博雅さまのところへ参ります。その時、笛を、吹いてはくださりませぬか」

「おう。いつでも、いつでも!」

博雅が言った時、女が、がっくりと首を落とした。

博雅の腕の中で、女の身体が急に重くなった。

 

まことに切なく、透きとおったものがございます。

 

各登場人物の魅力を存分に味わえる上、胸に残る余韻までが美しく、1~3巻のなかでもこの回は特におすすめしたいと思いますね。

 

 

 

もう1点この巻の見どころは、お馴染み安倍晴明さんと源博雅さんの関係性について。

 

 

陰陽師たる安倍晴明さんに対して、

 

初登場したライバル 蘆屋道満さんは

「晴明、人の世に関わるのもほどほどにせい。我等が人の世に関わるは、所詮座興よ。どうだ、晴明、ぬしもそうであろうが」

 

と言い、

 

数百年を生きる女性 八百比丘尼さんは

「人と、何かが違うというのも、何かが人より優れてしまうのも同じです。そういうことでは、お淋しいのは、晴明さま、あなたもおなじでございましょう」

 

と言い。

 

 

異能の持ち主である安倍晴明さんの孤独について焦点が当たるところ、源博雅さんだけは同じく孤独を指摘しつつも少し違った情趣をまといます。

「おまえが、どんなに世間に対して冷たくふるまってもだ、おまえのことがおれには時々わからなくなることもあるにしてもだ、おれは、おまえの、本当に本当のところはわかっているよ」

「何がだ」

「おまえが、本当は、自分のことを独りだと思っていることがだよ。正直に言えよ晴明。おまえ、本当は、淋しいのだろう。この世に、自分しかいないと思っているのだろう。おれは、おまえのことが、時々、痛々しく見える時があるのだよ」

「そんなことはないさ」

「本当か」

「おまえがいるではないか、博雅」

ぽつりと晴明が言った。

博雅は、とっさのことに、次の言葉を口にできずに、

「ばか」

そう言って、怒ったような顔をして歩き出した。

その後方から、晴明が微笑を浮かべながら歩いてゆく。

 

 

…………ッ!!

 

この関係性、この抒情性、もはや質量すら感じるのは私だけでしょうか。

 

 

陰陽師シリーズの安倍晴明さん、源博雅さんという土の上でだけ咲く花みたいでめちゃくちゃキュートですよね。

源博雅さんはもとよりキュートですし。

キュート×キュートで読者に「呪」がかかる陰陽師シリーズ。

これはハマる読者が続出するのも納得であります。

 

 

今さら陰陽師シリーズに手を出したおかげで、いつでも続巻を買うことができるという幸せ。

これから読み進めていく次巻以降にも、この「付喪神ノ巻」に匹敵するようなお気に入り回がたくさん収録されていますように。

 

 

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