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「室町幕府分裂と畿内近国の胎動 感想」天野忠幸さん(吉川弘文館 列島の戦国史④)

 

天野忠幸さんによる畿内戦国史の通史本が近年の各領域の研究をふんだんに取り込んだ完成度の高い逸品でかんたんしました。

さいきん歴史好きの間では注目を集めていますし、まさに足元では大河ドラマで取り上げられているテーマでもありますし、これからもこの界隈のコンテンツは増えていく気がしますので、広くおすすめしたいと思います。

 

www.yoshikawa-k.co.jp

 

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16世紀前半、明応の政変などを経て室町幕府は分裂。分権化が進み、新たな社会秩序の形成へと向かう。三好政権の成立、山城の発展、京都や大阪湾を取り巻く流通などを描き、畿内近国における争乱の歴史的意味を考える。

 

 

 

まず、大事なことなので、この本の目次を細かめに引用させていただきます。

将軍の更迭・追放・殺害の反動――プロローグ

    混迷の畿内

    足利将軍の秩序

    胎動する「天下」

 

一 将軍家・管領家の分裂

 1 復位する将軍足利義稙細川高国

    京兆家内衆たちの綻び

    永正の錯乱

    細川澄元と三好之長

    畿内近国の大名による連立政権

    畠山尚順の構想

    大内義興の苦悩

    義稙と高国の決裂

 2 朽木大樹足利義晴堺公方足利義維

    柳本賢治の挙兵と三好元長の渡海

    堺公方の内憂外患

    大物崩れ

 3 天文の宗教一揆

    一向一揆の蜂起

    法華一揆の成立

    天文法華の乱

    和睦から復興へ 

    義晴を支える六角定頼と内談衆

 

二 三好政権の成立

 1 守護家を越える守護代

    木沢長政の台頭

    細川晴元権力と三好宗三

    遊佐長教の基盤

 2 三好長慶の台頭

    摂津の本国化

    京都で将軍になれない足利義輝

    江口の戦いの構図

    将軍家・管領家の分裂の終焉

    足利義輝の追放

 3 将軍を擁しない支配

    守護代・国人の後見

    三好長慶足利義輝批判

    三好長慶の裁許

 4 東アジアとの関係 

    大内氏日明貿易と聖一派

    池永一族から日比谷一族へ

    三宅国秀と朝倉義景琉球貿易参画

    臨済宗大徳寺派琉球の交流

    法華宗日隆門流と鉄砲

 

三 畿内社会の様相

 1 荘園・村落の世界

    日根荘と『政基公旅引付』

    上久世荘における被官化

    大和の三里八講

    河内十七箇所と淀川中下流域の大荘園

 2 都市の発展

    京都と都市共同体

    奈良と興福寺

    堺と会合衆

    大坂と寺内町

    災害からの復興

 3 首都を取り巻く流通

    戦争と撰銭

    京郊の土豪

    六角氏の流通統制

    撫養隠岐守後家阿子女

 

四 宗教と文化

 1 顕密寺社の力

    根来寺

    白山平泉寺

    石清水八幡宮寺と淀川流域の都市

 2 新たな宗教勢力

    本願寺教団の苦悩

    証如と『天文日記』

    法華宗寺院の結合と永禄の規約

    キリスト教の受容

    キリシタンの誕生

 3 公家の活動

    山科言継の生活 

    久我家の経営

    苦悩する天皇

    公武の架け橋となった広橋保子

 4 武家と民衆を結んだ文化

    御成記の世界

    清原氏と学問の広がり

    洛中洛外図屏風の世界

    京都の町衆の文化

    茶会記の世界

    千句連歌

 

五 領国の支配

 1 城と城下町の構想

    山城の発展

    魅せる城

    惣構の志向

 2 支配の枠組み

    新しい地域の形成

    新たな課税

    戦争への動員

    村落間相論の裁許

 3 惣国の一揆

    伊賀の惣国一揆

    甲賀郡中惣と宇陀郡内一揆

    宇智郡の二つの一揆

 4 諸大名の支配

    赤松氏と女当主洞松院

    山名氏の凋落

    若狭武田氏と小浜

    朝倉氏と一乗谷

    能登畠山氏と七尾城

    飛騨三木氏と国司姉小路

    伊勢国司の北畠氏

    斎藤道三と一色義龍父子の国盗り

    浅井氏と菅浦

    六角氏と式目

 

六 相対化される幕府

 1 室町幕府三好政権の対立

    永禄改元をめぐる葛藤

    将軍に結集する主家に代わった大名

    楠氏の勅免

    三好長慶足利義輝の緊張緩和

 2 足利義輝の改革

    近衛一族との連携

    積極的な栄典付与

    進まぬ和睦調停

 3 永禄の変と天下再興

    教興寺の戦い

    甲子改元

    永禄の変

    三好三人衆松永久秀の対立

    足利義昭織田信長の上洛の構図

 

統一政権の前提――エピローグ

    「天下」の変革

    京都盆地から大阪平野

    長慶と信長、そして久秀

 

あとがき

参考文献

系図

略年表

 

赤字のパートは、畿内近国トピックスで、耳新しいしこれから一層注目されていくんじゃないかなあという要素です。

 ※あえて三好長慶さん関係は控えめにしています

 ※あくまで私の主観で取り上げています

 

武家で言えば畠山家や六角家、朝倉家等。

足利家については、天下や秩序に対する将軍家の役割。

新興層の成長や広域での結合が認められる地域社会のありよう。

公家や宗教界が担った役割と苦悩。

普及していく学問と新進アート。

 

これまで歴史ファンの間でも空白気味だった畿内戦国社会が、こんなにイキイキ面白そうな様子であることがよく分かりますね。

室町時代の社会の仕組みや、畿内戦国史の経緯が一層広く知られるようになり、その延長線上で織田信長さん以降が語られるようになれば、我々が触れる戦国時代はますます重層的に、魅力的になっていくと思います。

この本は完成度がとても高いので、できれば戦国時代系のライターさん等、世の中に戦国時代を紹介する役目を担う方には是非読んでいただきたいなあ。

 

 

各方面の最新研究を丁寧に取り上げてくださった著者の天野忠幸さんはさすがだと思います。

例によって三好家贔屓は隠しようもありませんし、足利義輝さんへの厳しい評価も健在ですが、一方で足利将軍家が規定する天下秩序機能や、三好長慶さん以前の六角定頼さん・柳本賢治さん・木沢長政さん等の評価向上が見られ、天野忠幸さんもまたご見識をアップデートされていることがよく分かりますね。

詳しくは紹介しませんが、「あとがき」が名文なので皆さん最後まで読みましょう。

 

 

 

個人的に「おっ」と思ったことを三点ほど。

 

一つ目は遊佐長教さんの弟=杉坊明算(根来寺)さん説。

ぜんぜん知りませんでした。

詳しく知りたいものですし、遊佐長教さんという魅力的な人物がもっと深掘りされていってほしいですね。

 

 

二つ目は撫養隠岐守さんの後家の阿子女さん。

撫養氏は徳島県鳴門市界隈の領主なのですが、阿子女さんは天文十六年(1547年)、幕府の徳政令関係史料に名前が登場する人物でして、どうもやり手の金貸しなようです。

天野忠幸さんは、三好家伝統の阿波藍交易のアガリを元手に金融業を手掛けていたのではないかと推察されています。

 

以前、この本とは別のどこかで「三好家大河ドラマ化には女性が必要。ここはひとつ阿子女さんを」と聞いたことがありまして。

じっさい、三好長慶さんの物語をつくる上では、財政面を支援してくれる方がいると活躍の説得力が増すと思われ、通常では堺や西宮の方々がそれに嵌まりがちなんですが、確かに阿波弁でがめつくてアクと押し出しの強い萬田銀次郎系の女性がドラマにいても面白そうですね。

 

 

三つ目、個人的に一番盛り上がったのは奈良の饅頭屋林宗二さん。

林宗二さん! と言えば塩瀬饅頭の中興の祖として有名な方で、徳川家康さんと昵懇、長篠の戦いでも饅頭を献上したことが和菓子好きの間で知られています。

もともと関西で創業し、徳川家康さんとの関係で江戸に移って、いまでは東京名物の中でもトップクラスにもらって嬉しい饅頭であることは存じていたのですが。

www.shiose.co.jp

 

 

この本で、林宗二さんが清原宣賢さんから和漢の学問を学んだこと、吉田兼右さんたち京都の社交界とも親交があったこと、古今伝授を受けた連歌師でもあったこと等々に加え、松永久秀さんから饅頭の独占販売権を与えられたことを初めて知って、「ということは、塩瀬饅頭は徳川家康さんだけでなく、松永久秀さんも食べたことがあるのだろう。もしかしたら三好長慶さんにも献上されていたかもしれない」等と思うと非常にアガるものがあり、思わず塩瀬饅頭を買ってきてもらっちゃいました。

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桐紋が入りつつ落ち着いた色合いの紙袋デザインが好き。

ちなみに塩瀬家は、三好長慶さんよりも100年くらい前に天皇から桐紋を拝領している桐先輩なのだそうです。

 

塩瀬饅頭はスタンダードに大変美味しい薯蕷饅頭でして、薯蕷饅頭好きなら間違いありません。東京駅の大丸1階で売っていますので、東京に行く人が身近にいるならお土産にリクエストするといいと思いますよ。

 

 

 

以上、饅頭の件は完全に私の趣味ですけれども、

この本は畿内戦国史を通観する上でたいへん高品質ですので、初学者のとっかかりとしても、各方面ファンの学びを拡げる上でも、胸を張って推薦したいと思います。

 

「列島の戦国史」シリーズ、他の本も読んでみようかしら。

 

畿内戦国史の魅力がますます普及して、ファンも研究者も増えていきますように。

 

 

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