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かんたんにかんたんします。

「足利義晴と畿内動乱 分裂した将軍家 感想」木下昌規さん(戎光祥出版)

 

足利義晴さんの中世武士選書が出ていて、しかも非常に分かりやすく畿内戦国史研究の進展が整理されていてかんたんしました。

さいきんのこの界隈の盛り上がりっぷり、出版の充実ぶりはすごいものがありますね。

畿内戦国史の研究でごはんが食べられるなら何よりだと思います。

 

www.ebisukosyo.co.jp

 

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【目次】
第Ⅰ部 足利義晴細川高国の時代
 第一章 父・足利義澄の時代
 第二章 足利義晴の登場
 第三章 初期義晴政権とその崩壊
 第四章 宿命のライバル・足利義維
 第五章 朽木で行われた政治
 第六章 高国の死と堺政権の崩壊

第Ⅱ部 帰洛後の政権運営と幕府政治
 第一章 義晴、帰洛す
 第二章 特徴的な政権運営
 第三章 将軍家と大名勢力
 第四章 将軍家の家政と直臣たち
 第五章 新たな動乱の兆し
 第六章 義晴の没落と死

 

 

足利義輝・義昭兄弟の父、足利義晴さんの生涯を丁寧に解きほぐされています。

 

足利義晴さんは将軍在位期間+大御所としての活躍期間が1521年~1550年とけっこう長く、細川家や宗教勢力の争乱で畿内がえらいことになっている中でも、六角定頼さん等の力を活用しながら頑張って室町幕府の保持に努めたことで知られています、というか知られてほしい、という方ですね。

 

義晴さん時代の幕府運営は、実は史料に恵まれていることもあり、質の良い研究が進んできている印象がございます。

この本は畿内戦国史のさいきんの論点が非常に分かりやすく整理されており、義晴さんの努力についての理解も格段に進むと思いますので、多くの読者に手に取っていただけるといいなあと思います。

 

 

本の構成は、足利義晴さんの前史(父:足利義澄さん時代)から、義晴さん誕生、細川高国さん時代、ライバル足利義維さん(堺公方府)出現時代、細川晴元さん時代、そして三好長慶さんの登場と義晴さんの死去までを、時系列に丹念に解説いただけるものとなっております。

義晴幕府、すなわち戦国時代の室町幕府について、組織のあり方や、朝廷等から期待されていた役割がよく分かって、とても読み応えに富んでいますよ。

 

 

 

全体を通した大きな感想を2つほど。

 

 

1つは、義晴さんの努力、功績として取り上げられている要素の一つひとつが。

義晴さんの晩年、更には(本には書かれておりませんが)次世代の義輝さん期以降に崩れていき、代わりに三好長慶さんら新興勢力がその役目を担っていくことを知っているだけに、無常を感じてしまいます。

本当に、上野信孝さん、三淵晴員さん、進士晴舎さん等、奉公衆の方々はどんな気持ちで働いていたんだろう。

 

本の中で紹介されている義晴さんの功績としては、

  • 中立な立場からの全国外交・調停
  • 改元・参内等の朝廷対応
  • 六角定頼さんという有力大名の後見獲得
  • 幕府財政や奉公衆所領の保持

 

等が挙げられますが、

義晴さん晩年から定頼さんに裏切られる等これら要素が崩れ始め、

義輝さん期には三好長慶さんに改元対応や奉公衆所領等を取り上げられ、

義昭さん期には織田信長さんとのあれこれで中立的な調停機能も失っていきます。

 

義晴さんや以降の将軍たちの実力不足と言いたいのではなくてですね、

衰退期に入った産業や会社で、経営者や従業員が必死に立て直そうとしているような姿とダブってしまって応援したくなるんですよね。

 

 

 

2つ目は、本の構成として、室町幕府研究の成果という切り口で記述されていますので、六角定頼さんの存在感は非常に分かりやすく、細川晴元さんや三好長慶さんの実力が分かりにくい点。

室町幕府という組織機能をいかに義晴さんが頑張って立て直そうとしていたのかはよく分かるのですが、室町幕府という組織の外で、台頭してきている大名・国人らの動きはあまり記載されていませんので、この辺り(タイトルでいう「畿内動乱」の方)は他の本を読む等して読者側で補完した方が望ましい気がします。

ビジネス本とかでも、傾いた企業内部のドラマはもちろん面白いしたくさん描いてほしいけど、傾いた外部要因であるマーケット変化やライバル新興企業について書いていなかったら物足りなくなりますでしょう。

 

とりわけ足利義晴さんにとってのキーマン六角定頼さんが、なぜ最後に義晴さんを裏切って細川晴元さん側についたのかは、この本を読んだ後でもまだモヤっとしています。

晴元さんとの縁戚関係だけでの判断なのか、幕府の外(当著記載の外)では細川京兆家が重かった故の判断なのか、晴元さん個人のチャーミングさによるものなのか。

幕府サイドは研究が近年進んでいるのですけど、晴元さんサイドの研究はまだまだ充分にまとまっていないので、京や畿内の地域ステークホルダーから見た室町幕府細川京兆家の相対感とかどっちが頼りになりそう感とか、もっと明らかになっていくと楽しそうだなあと思いました。

 

畿内は、朝廷、幕府、有力大名、宗教勢力と、偉い人や強い人がたくさんいますから、個々事案の判断プロセスが分かりにくくて難しいですし、一方でそれだけに現代社会と通じる面も多くて面白いですね。

 

 

 

上記2点のほか、

  • 村井祐樹さんの六角定頼研究をしっかり咀嚼しつつ、定頼さんに対して穏当で納得感ある評価を与えている
  • 山田康弘さんの「足利義晴プロデュースでの細川国慶プロレス説」が取り上げられていてウケる
  • 馬部隆弘さん研究の成果か、木沢長政さんがかつてのオモシロ外道マンではなく、真っ当に注目されるようになってきている
  • 将軍の在京はやっぱり大事だよね
  • 義晴さんと本願寺のあいだで板挟みになって、思わずバックレてしまう三淵晴員さんがかわいい
  • 義晴さん目線で見ると、没落ティーンエイジャーだったのにいきなり京都に殴り込んでくる三好長慶さんが超怖い
  • 義晴さんの支持を失ったのに、平気で畿内を席巻する細川持隆さんや三好実休さんたち四国衆・淡路衆も超怖い
  • 義晴さんのやつれた肖像画は、晩年に描かれたものだったんだなあ……

 

辺りが印象に残りました。

 

総じて、畿内戦国史や後期室町幕府に関心のある方には間違いない本だと思います。

 

 

 

苦難の状況下で懸命な努力をしている方におかれましては、必ず報われるとは言えませんけど、後世の評価を含めて何かしらの救いがありますように。

 

 

「足利義輝と三好一族 崩壊間際の室町幕府 感想」木下昌規さん(戎光祥出版) - 肝胆ブログ

 

 

 

 

おまけ

 

足利将軍とか天下人(っぽい人含む)の事績って、こんな感じなんですかね。

※この本に書いてあることではなく、私の雑な素人イメージ論です。

 

  義晴 義輝 義昭
在京
対朝廷
中立調停
財政

 

  高国 晴元 定頼 長慶 信長 秀吉 家康
対幕府 -- --
対朝廷
在京 × ×
栄典取得 家格並 家格並 家格以上 家格以上 将軍以上 新世界 新世界
全国外交
海外知名度
畿内随一
畿内制覇 × × ×
約10国制覇 × × ×
約30国制覇 × × × ×
全國制覇 × × × × ×

 

 

上でも少し書きましたが、

個々人の評価をしたい訳ではなく、また、事績が個々人の能力に比例しているとも思ってはおらず。

時代って、段階的に変わっていくもんなんだろうなあ、と思っている感じです。

 

まあ学術的な議論では、時代も立場も違う人たちをつかまえて個々人の能力評価とか「あいつよりこいつの方がスゴイ」とか普通はしないでしょうし、

信長の野望や娯楽ムック本では楽しく数値評価して盛り上がればいいと思いますし。

黎明期や衰退期の企業の経営者と、覇権期の企業の経営者、どっちがスゴイとかいう話と一緒ですね。

 

だんだん室町幕府にできることが減っていって、

天下人っぽい人たちは、はじめは室町幕府に対して強い影響力を持っている人のことで、それが室町幕府の代行者っぽくなって、最終的には室町幕府と全然違う存在にまでなって、と。

 

 

何が言いたいかというと、現代もコロナ含めて難儀な時代ではありますが、実は段階的により良い時代になっているのだろうという希望的観測です。

個々人の幸不幸は別として、総体では。