小説陰陽師、4巻めまで読み進めてあらためて実感したのが、夢枕獏さんによる導入部の文章のよさ。
陰陽師シリーズはこの書き出し部分があまりにも心地よくてかんたんするので、読み続けたい気持ちになりますね。
以下、ネタバレを一部含みますのでご留意ください。
4巻に収録されているお話は次のとおりです。
- 「泰山府君祭」蘆屋道満さんのタチ悪い趣向に向き合うお話
- 「青鬼の背に乗りたる男の譚」気の毒な女が鬼になるお話
- 「月見草」大江朝綱さん・漢詩を題材にしたしっとりするお話
- 「漢神道士」妖に向き合うお話、導入部も結末も好き
- 「手をひく人」鴨川の大水や橋かけにまつわるお話
- 「髑髏譚」道具に人々の懺悔が憑く、付喪神的なお話。
- 「晴明、道満と覆物の中身を占うこと」晴明vs道満なお話。
場景を思い浮かべて映像映えしそうなお話は、ラストの「晴明、道満と~」ですね。
すっかり蘆屋道満さんもレギュラーになりまして、1つ目とラストで活躍してくださる構成になっております。
基本的には主人公の安倍晴明さんが上手いことやる訳ですが、蘆屋道満さんもなかなかどうして負けておらず、格を落とさない見事なライバルっぷりがさすがです。
そして、あれやこれやの対決が終わった後、晴明さんと道満さんが仲良くお酒を飲み始めたり、隣で源博雅さんがうろたえたりしているシーンも好き。
月が、西の山の端に沈む頃――
「おもしろかったなあ、晴明……」
ぽつりと道満が言って、腰をあげた。
「はい」
道満はゆるゆると簀を歩き、階を降り、庭へ出た。
「また会おう……」
振り返りもせずに、道満は言った。
「おもしろかったろう、博雅……」
晴明が言うと、しばらく沈黙してから、
「ああ」
ぽつりと博雅がうなずいた。
三人の様子が、不思議で、それぞれいいですよね。
私が4巻の中で一番好きなのは「漢神道士(からかみどうし)」。
まず、導入部が良すぎる。
他のお話も導入部がいいのですが、漢神道士は特にいいんですよね。
ほろほろと、桜が散っている。
闇の中で、音もなく、桜の花びらが舞い降りてゆく。
風はない。
花びらは、自らの重みで枝を離れ、地にこぼれてゆく。
満開の桜である。
こぼれ落ちてもこぼれ落ちても、頭上には同じ量の桜が満ちている。
その上に、青い月が出ている。
酒の入った瓶子がひとつ、ふたりの間に置かれている。
杯がふたつ。
そのうちのひとつは、晴明の右手に握られ、もうひとつは博雅の左手に握られている。
他には、何もない。
ただ、桜の花びらが積もっているばかりであった。
藍の花氈の上にも、博雅の上にも、晴明の白い狩衣の上にも、桜の花びらは降り積もっていた。
博雅が手にした杯の中にも、二枚の桜の花びらが浮いている。
博雅は、左手に持った杯を口に運び、花びらごと飲んだ。
「人の才――安倍晴明という男の才も、また、この桜のようだというのさ」
「どういうことなのだ」
「黙っていても、自然におまえのなかから才がこぼれ出てくるようなものだ」
「―――」
「しかも、いくらこぼれ出てきてもおまえの才は、わずかながらも減ったようには見えないのさ」
「ほほう」
「まるで、おまえの内部で、大きな桜が枝を広げ、無尽蔵に花を咲かせながら、花びらを散らせているようだ」
ほろほろ舞い散る桜色、月と毛氈の藍色、安倍晴明さんの白い狩衣、夜の闇と、色合いが実によくないですか。
のっけからこんなにも美しい情景を見せられたら、もうこれだけでいい物語を読んだという満足感で満たされてしまいますね。
安倍晴明さんを桜に例えながら、花びらごと酒を飲む源博雅さんも大好きです。
漢神道士は、ここから、謎の悪夢に苦しむ貴族を助けに「ゆこう」「ゆこう」することになり、見事に悪夢の原因を突き止め、酒と桜と笛の音で解決をする展開の美しさも実にいいんですよね。
悪夢の内容以外はとても静かなお話で、それだけに詩情に富んでいます。
悪夢の原因だった妖さんが、「冥利……」とつぶやいて消えるのも好み。
陰陽師シリーズは、安倍晴明さんと源博雅さんの関係性であったり、平安貴族の雅であったり、鬼や妖や蘆屋道満さんによる派手な怪異であったり、見応えがいろいろ多い作品ではありますが、書き出しや展開のしっとりさ、ほろほろとした淡い味わいもまた、大きな魅力だと思いますね。
この快い感覚を、これから先の陰陽師シリーズでも堪能させてくださいますように。
小説「陰陽師 付喪神ノ巻 感想 1巻2巻より更に好き」夢枕獏さん(文春文庫) - 肝胆ブログ