1960年代のスウェーデンミステリ「刑事マルティン・ベック」シリーズの代表作「笑う警官」を初めて読んでみまして、その地道で骨太なストーリーライティングっぷりにかんたんしました。
派手なトリックやどんでん返しはありませんが、汗と足と集団戦で着実に犯人に迫っていくような作品で好きです。
あらすじ。
市バスで起きた大量殺人事件。被害者の中には殺人課の刑事が。若き刑事はなぜバスに乗っていたのか? 唯一の生き証人は死亡、刑事マルティン・ベックらによる、被害者を巡る地道な聞き込み捜査が始まる――。
以下、少しだけネタバレを含みますのでご留意ください。
犯人の名前とか動機とかは書いていません。
スウェーデンや北欧界隈といえば、高福祉とかヒュゲとかムーミンとかインテリアとかかもめ食堂とか、ポジティブな印象を抱くことが多いように思いますけれども。
北欧ミステリで描かれる北欧は、麻薬とか売春とか銃事件とかが頻繁に登場しまして、なかなかダークな一面も推されている模様です。
こちらの「笑う警官」でも、ストックホルム世間ではベトナム戦争反対デモが大盛り上がりを見せつつ、主人公マルティン・ベックさんたちが追うことになる銃乱射事件の他、麻薬問題や売春問題や密輸問題や差別問題、更には資本主義的価値観の過剰な発達、ニンフォマニアといった性的倒錯心理の発見等々、あまり明るくない要素がふんだんに登場して参ります。
加えて、舞台は冬のストックホルム。
寒い。暗い。
加えて、主人公のマルティン・ベックさんは不愛想でまるで笑わない。
私生活も暗くて寒い。
要するに、暗くて寒くて治安の悪い街で、陽気さの欠片もない主人公たち刑事が、陰惨なバイオレンス事件を地道に地道に追いかけていくような話なんですね。
こんな話おもしろいんですかとなりそうなところ、これが抜群におもしろいんです。
「ステンストルムはなぜバスに乗ってたんだ?」
「わかりません」
銃乱射事件の被害者のひとりは同僚の刑事。
しかし、彼がバスに乗っていた理由がまるで分からない。
「こりゃひどいな。母親だって見分けがつかないんじゃないか」
被害者のひとりは顔が吹っ飛んでいて、どこの誰なのか不明。
「撃ったのはだれだ?」
「ドンルク(dnrk)」
「人相は?」
「サマルソン」
唯一生き残っていた被害者も、この意味不明な言葉だけを残して事切れる。
読み進めるほど謎がどんどん増えていって、犯人に近づいている気がぜんぜんしないのですが、それが刑事方皆さんの努力の甲斐あって、終盤で一気に犯人に肉薄していくんですね。
その泥臭さが、硬質な文章とやたら相性よくて、快いんです。
ファンタジックなヒーローの活躍を眺めているというより、読者のリアルの生活の延長線上で頑張っている人たちがいる、という感じのシンパシーに富んでいます。
それだけに、ラストの犯人を追い詰めるシーンや、明らかになったドラマ性等が、作品の暗い雰囲気の中でとても爽やかでして。
知り合いから名作だから読めと言われて読んだんですが、これは名作と言われるだけあるなあとかんたんいたしました。
さいきん、本が売れない、海外ミステリは特に売れない、みたいな話を聞きますけど。
おもしろいものはおもしろいのだから、魅力的な作品が、ニーズのある読者に上手く届く仕組みができていくといいですね。
バイオレンスな事件も、バイオレンスな事件を惹起する諸事情も、少しずつ減っていく世界でありますように。