イギリスを舞台にしたノワール(犯罪)映画「街の野獣(Night and the City)」を初めて観たところ、主演リチャード・ウィドマークさんの薄っぺらいのに憎めない演技と悲惨な追い詰められ方が最高でかんたんしました。
あと、必要以上に出てくるプロレスシーンが大好き。
以下、ネタバレを含みますのでご留意ください。
お話としましては、
- キャバクラ的なお店の客引きをやっている詐欺師系の小悪党が、
- 往年の名レスラーをスカウトしてプロレス興行を打とうとするも、
- 不誠実な資金の集め方でもともと乏しい信頼を更に失い、
- 加えて街の興行利権を牛耳るギャング的な方に睨まれ、
- しかも名レスラーは横死してしまい、
- しかもギャングのボスは名レスラーの息子で、
- 最後はギャングたちから盛大に追い詰められる……
という救いのない内容になっています。
この小悪党を演じるのが往年の名優リチャード・ウィドマークさん。
独特のシニカルな笑い方、時折見せる愛嬌がたまらない方ですね。
「死の接吻」での殺し屋役は印象に残りまくりました。
ストーリーは小悪党が一瞬浮上しかけるも見事に転落していく……というものですが、役者陣の演技や演出のテンポよさがめちゃくちゃ快くて見入ってしまいます。
口はペラッペラにまわるけど人間性もペラッペラな男、そんな男に振り回される気の毒な彼女、そんな男を徹底的に追い詰める巨悪……という要素は充分な現代性を有しています。
白黒映画ではありますけど、古さやジュネレーションギャップは特に感じることなく最後まで楽しめますよ。
少しお気に入りの場面を貼りますと。
主人公がペラッペラの嘘で観光客をだましたり名レスラーをだましたりするところ。
絶妙に可愛くてイラっとしてちょっと格好いい表情だと思います。
リチャード・ウィドマークさん本当に好き。
そんな彼を的確に表現する隣人。
「彼は作品のない芸術家だ」。
エモーションはあるけれども何も生み出してはいない、男としてはつらい状況だと直球のコメントを主人公の彼女に送ります。
たぶんエンディング後は、残された彼女とこの隣人さんで付き合い始めたりするんでしょう。そうでないと彼女さんに救いがなさすぎるし。
製作者陣の溢れるプロレス愛を感じる場面。
レスラー同士の果し合いの決着をベアハッグでつけるというのが最高であります。
犯罪映画のアクセントとしてかなりの尺をプロレス場面に割く、というのがたまんないのでプロレスファンも一見の価値があると思いますね。
ていうか犯罪映画の脚本に「グレコローマンは偉大な芸術だ」というセリフが出てくること自体が面白すぎます。
で、なんやかやあって主人公に懸賞がかけられます。
ギャングの手下が運転しながらスピーディに街の情報屋へ指示を出していく場面が格好いい。指示内容をいちいちセリフで説明しないのが超いい。
余計なセリフなしに何をしているのかが充分伝わる演出っていいですよね。
主人公を追い詰める冷酷な場面の始まりなんですけど、それとは関係なしにロンドンの夜景の美しさが際立っているのが対比としても演出としても超いいの。
追い詰められる主人公。
出資してくれと頼んでも誰も出してくれない。
助けを求めても即裏切られる。
夜の街で顔だけはよく知られているのに、なんら信頼を得ることができていなかった男の哀しさが胸を打ちます。
だんだんどうにもならないことを覚悟し始める主人公。
「本当に惜しかったんだ」と主人公は言いますが、視聴者から見ればそれは嘘八百で手にしかけたものでしかなく、努力や実力や実務の積み重ねで得かけたものではないことがよく分かっています。
憎めない男ながら、憐れでなりませんね。
最後は、せめて懸賞金を彼女に遺そうとしますが……。
往生際に僅かな善性をみせるところまで本当に小悪党。
彼の人生に堂々としたものは一かけらもありません。
そんなチンケさや薄っぺらさが、我々庶民からすると共感しまくりで憐れで哀しい。
序盤では気取って格好つけていた表情が、どんどん崩れていくのも見応えあり過ぎ。
眼を離せない、いいノワール映画でした。
演技も演出もテンポもいいので、まじおすすめですよ。
怠惰や惰弱を直そうとしないままにデカいことだけは成したがるような若者につけこむ悪い人が減っていきますように。