肝胆ブログ

かんたんにかんたんします。

漫画「奈良へ 感想 奈良っぽい」大山海先生(リイド社トーチweb)

 

トーチwebで連載していたシュールな奈良漫画「奈良へ」の単行本が発売されていて、まとめ読みしたら実に奈良っぽい雰囲気が表現されている感じがしてかんたんしました。

 

to-ti.in

 

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「奈良へ」は、現代社会が生きにくい人と、異世界ファンタジーの世界で生きにくい人とが、ともに奈良の町に抱かれていくような漫画です。

 

そう言われても訳が分からないと思いますが、そういう漫画ですし、そういうのが奈良っぽい気がします。

文脈としてはガロとかアックスとかの読み味でございますが、個人的にはそういうサブカルチャーぶって解説するよりも、「こういう空気感が奈良っぽいよね」とローカルな共感を呼ぶ力に満ちている点が魅力だなと思いました。

 

 

 

以下、若干のネタバレを含みますのでお含みおきください。

 

 

 

 

 

 

 

主な登場人物は

  • 売れずに奈良に帰って来た漫画家
  • 奈良在住のパンクス男。仏像が好き。
  • 奈良在住のマイルドヤンキー。寺が好き。
  • 大仏マン。拳銃を所持。奈良を救いたい。
  • ハイン。異世界の航海士。異世界でナメられている存在。奈良に転生してくる。
  • ジョー・セント。異世界の時空の魔神。せんとくん

 

という感じです。

舞台は奈良と、異世界のスポングモインツ国。

 

 

展開はたいがいシュールで、真っ直ぐな物語がある訳ではございません。

それぞれの登場人物について、「この人、生きるのしんどそうやな」とリアルな描写が続くのと、一方で微動だにしない奈良の町とが対比的に、あるいは一体的に描かれていくような作品です。

 

個人的に高く評価したいのがこの点で、

まず作者さんの描く「現代社会の生きにくさ」が絶妙なんですよね。

一般的には「生きにくい人が集まってそう」と思われがちなサブカルチャーの世界でも、サブカルチャー文脈の知識マウントがやたらはびこっていて「やっぱり生きにくい」描写とか超リアル。

 

「世の中の売れてるモノを

 芸術家ぶって、

 批評家ぶって

 馬鹿にし続ける人生はクソや」

「売れる為に

 読者を楽します為に

 陰でどんな努力が

 あったのか」

 

と腹を決めてから、売れそうな異世界ファンタジーの連載を始めるのに、やっぱり異世界の中でも生きにくいサブキャラの描写がメインになっていってしまう流れとかめっちゃアツいなと思います。

 

 

そういう生きにくい人間と対比的に描かれる奈良の街並みがまた超リアルでいいんですよね。

有名な寺社や仏像だけではなくて、ものすごく奈良っぽい田畑や原っぱや用水路や住宅街や近鉄奈良駅前がしっかり描かているのが、地に足つきまくっていて好き。

 

ローカルなニュアンスになりますが、奈良の街並みって、京都ほど寺社が格好よく目立っていなくて風景の中に完全に組み込まれていて、京都と違って寺社から地続きに存在するのはおしゃれな都市ではなくて野原や田畑なんですけれども。

そういう奈良の、すごいものが何の色気もなく視界の中にただ存在していて、すごいものを目指そう的な煽り感が全然なくて、すごくない存在もまたあるがままに許されているような感じ、そういう空気感が確かにあると思うんですけど、そんな空気感を漫画で見たのは初めてなので驚きました。こういう空気感って可視化できんねや……と。

 

「帰る前に商店街行って餅でも食おうや……」

 

というセリフも奈良っぽくてめっちゃ好き。

 

 

 

きれいな絵や楽しい物語がある訳ではまったくありませんし、この漫画を読んだり奈良に住んだりしても生きにくさが解消する訳ではございませんが、人間と奈良それぞれの一面について迫真の切り取りようを味わえるという点で傑作だと思います。

最後にちょっっとだけ救いもありますし。

 

生きにくい事情を抱えた方が少しずつ生きやすい領域を広げていけますように。

奈良の奈良っぽさにハマる人もまた少しずつ増えていきますように。