列島の戦国史シリーズ最終巻「天下人の誕生と戦国の終焉」で描かれた戦国時代の終焉が、これまでのシリーズ既刊同様、漸進的に歴史が進んでいった様子がよく分かる内容でかんたんしました。
この9巻に及ぶシリーズは、各地域や文化面、外交面等の幅広な要素に目配りしながら戦国時代がゆっくりと変容していく流れを緻密に説明してくれていて、単純な「誰それのせいで戦国時代になりました」「誰それのおかげで戦国時代が終わりました」みたいな物語ではなく、複雑で立体的な人間の歩みように向き合えたような読み味があって大変満足いたしましたね。
秀吉の天下一統~徳川政権確立の政局をたどる。兵農分離の実像や芸能など、社会と文化にもふれながら「天下人」の時代を見渡す。
まず、細かめに目次を引用いたします。
分立から統一へ―プロローグ
地域国家の到達点
地域国家の限界
東アジア国際秩序の変容
信長から秀吉へ
一 秀吉の天下一統
1 織田体制の超克
家康の服属
2 全国制覇の達成
和泉・紀伊攻撃
四国出兵
越中出兵
九州出兵
小田原合戦と「取次」
奥羽仕置と「取次」
3 豊臣政権と朝廷・寺社
秀吉の関白任官
公武結合王権
豊臣政権の宗教政策
二 豊臣政権の政策
1 大名統制と「取次」
「惣無事令」論
山城停止令と城破り
粛清された大名
「取次」の役割
2 太閤検地と身分政策
太閤検地封建革命説
大名領国における検地
刀狩りの目的
身分法令と武家奉公人
人掃令と土地緊縛
日用停止令
3 経済流通政策
貨幣政策
鉱山統制
石高制の意義
海賊停止令と貿易統制
三 朝鮮侵略と豊臣政権の動揺
1 豊臣政権下の対外認識
蠣崎氏と蝦夷地
豊臣政権と琉球王国
「惣無事」の拡大
「日輪の子」と神国思想
バテレン追放令
諸大名の対外認識
2 「唐入り」と朝鮮半島における戦闘
第一次侵略と秀吉の軍令
講和交渉の展開
講和交渉の破綻
第二次侵略と政権崩壊の萌芽
「唐入り」が東アジアに残したもの
3 豊臣政権の動揺と大名
太閤と関白
秀次事件の真相
豊臣期の徳川氏領国
大名領国における変革
豊臣期の国制と大名領国
四 豊臣政権の末路
1 秀吉から家康へ
秀吉死没前後の豊臣政権
親家康・反家康
七将襲撃事件
「天下殿」家康
2 関ヶ原の戦い
会津征討
石田三成の挙兵と家康の真意
関ヶ原における戦闘突入の真相
虚像化した関ヶ原
3 私戦の復活
奥羽・北陸における私戦
旧領を狙う戦国大名・領主
五 徳川政権の成立
1 徳川政権への道
関ヶ原の戦後処理
家康の将軍就任
秀忠への将軍職譲与
二元的政治と政権内の権力闘争
2 初期徳川政権の国内政策
都市支配
鉱山の直轄化
村落支配
対朝廷政策
大名統制
3 初期徳川政権の対外政策
島津氏と琉球王国
琉球侵略
日朝講和と日明講和
六 大坂の陣と地域国家
1 二重公儀体制と大名
「二重公儀体制」論
豊臣系大名の動向
敗者復活
2 大坂の陣
二条城会見
大坂の陣勃発
豊臣氏滅亡
大坂の陣の戦後処理
3 徳川政権と地域国家・朝廷
初期御家騒動
禁中幷公家中諸法度
「藩国」と「藩輔」
七 「天下人」の時代の社会と文化
1 町 と 村―兵と農
「天下人」の城郭と城下町
大名の城郭と城下町
兵農分離の実像
村落共同体と法
百姓成立
2 「桃山」文化と伝承された「桃山」時代
豪商と茶の湯
「桃山」建築と障壁画
「桃山」期の庭園
儀礼と芸能
描かれた「桃山」時代・記録された「桃山」時代
「天下人」の時代から幕藩制国家へ―エピローグ
神となった「天下人」と藩祖の神格化
近世的身分制度
東アジア社会の変動と日本型華夷秩序
あとがき
参考文献
略年表
盛りだくさんですね。
広く目を引きそうなのは、関ヶ原の戦いに関する最近の研究の反映でしょうか。
伝統的な関ヶ原の戦いイメージが近年かなり覆されてきていますので(小早川秀秋さんは初めから東軍で参戦していた、徳川家康さんの一連の行動はかなりヒヤッヒヤだった等)、興味のある方はこの本も含め当たってみるといいように思います。
同じように、成否や評価はともかくとして、毛利輝元さんに対する考察も近年たいへん深くなっているので興味深いですね。
関ヶ原の戦い時、総大将として関ヶ原方面へ進出するのではなく、ちゃっかり瀬戸内海権益を広げよう(取り戻そう)と各地に出兵しているしたたかな姿など、この時代の毛利家にはわくわくさせられる要素が多いと思います。
著者から、豊臣期時点では石見銀山利権をいまだ毛利家が保持していたことを踏まえ、「文献には残っていないが、石見銀山の銀産出量を踏まえれば、おそらく博多商人と手を組んで闇の対外交易をしていたのだろう」と推測されている点も好き。
個人的に印象に残ったのは
- 豊臣期の「取次」重視制度から徳川期の「法治」重視制度への変化
- 豊臣政権や初期徳川政権が、まだまだ全国統一的な政策徹底には至っていなかったという事実
- 豊臣期や徳川期の研究から急に頻出するようになる「公儀」というワードが、まさしく戦国時代の終焉期ならでは感があって感慨深い
- 関ヶ原の戦い期における「私戦の復活」という言葉から感じる重さ
- 桃山文化に対する解説
- 藩祖(鍋島直茂さんや毛利元就さん)の神格化って、江戸時代中期になってからだったんですね
等です。
とりわけ豊臣期の「取次」論は興味深いですね。
石田三成さんに代表されるような豊臣政権の「取次」担当者の裁量次第で各大名への介入や粛清の程度が大きく変わった、豊臣政権は複数の「取次」ルートを競争させながら各地域を安定化させようとしていた、そのことが逆に豊臣政権の不安定化の一因にもなった……的なやつです。
千利休さんに代表される御用商人衆もまた「取次」担当者の一角として扱われていて、利休さんの粛清は奉行衆に「取次」の役目が寄っていったためではないか……という文脈も面白い。
このシリーズではない別の最近の研究では細川京兆家の「取次」論も注目されていたりして、中央権力と取次と地域社会の揉み合わせから突出してきたのが三好長慶さんたちなんだろうとか言われたりもしている訳ですし、戦国時代の権力研究において「取次」論は引続きホットテーマになりそうですね。
また、詳しい方にとっては今更ではあるのでしょうけど、豊臣政権であれ初期徳川政権であれ、全国の諸大名へ等しく政策を徹底できていた訳ではない、という事実はやはり大きいなと思います。
戦国時代がゆっくりと始まったのと同じように、戦国時代はゆっくりと終わっていった。誰か天才が現れたからパッと時代が変わったんじゃないですよ、世の中ってそんなかんたんなものじゃないですよ、というごくごく真っ当な歴史観や世界観を自然と涵養できるこのシリーズ本当に好きです。
あとは文化面ですね。このシリーズは文化面の記述も頑張っているのが実に素敵。
1ページ強ながら庭園文化に触れてくれているのが嬉しかったです。
一番「いいなあ」と思った記述は秀吉さんの茶の湯で、
わび茶志向は、障壁画などにみられる黄金志向と対比的なものであるが、秀吉自身の土着性を反映した美意識を示すものとされる(水林一九八七)。
というところ。
こういう最新研究を反映しまくりな通史解説本において、あえて「美意識」という言葉を使って秀吉さんの志向を解説するという試みは、著者にとってけっこう勇気の要る記述ではないかと思うんですけど。
この一文が加わることで、豊臣秀吉さんという人物像に得も言われぬ個性や人間性が付加されるじゃないですか。
この一文がなかったら、豊臣秀吉さんってスゲェ政治家・武将なんだなというだけになってしまいますからね。
色々言われる存在ですけど、私は秀吉さん好きなのでとても嬉しかったです。
「列島の戦国史」シリーズ、全巻を通じて大変満足させていただきました。
戦国時代の研究は日進月歩ですし、地域や時代区分での縦割りも激しいしですので、時々こういうシリーズ発刊を通じて知識の統合や共有化が図られたり、新進の研究者方に貴重な機会を提供できたりするといいですね。
また10年か20年後くらいに魅力的な戦国時代通史シリーズが発刊されますように。
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