肝胆ブログ

かんたんにかんたんします。

「知ってるつもり 無知の科学 感想 コミュ力やっぱり大事……」スティーブン・スローマン&フィリップ・ファーンバック / 訳:土方奈美(ハヤカワ・ノンフィクション文庫)

 

認知科学者のお二人が書いた人間の知識の傾向をテーマにした書籍が知的好奇心をくすぐる内容でかんたんしました。

年の瀬にまじめな本を読むといい年だった感が出ていいものですね。

 

www.hayakawa-online.co.jp

 

 

自転車や水洗トイレの仕組みを説明できると思いこむ。ネットで検索しただけでわかった気になりがち。人はなぜ自らの理解を過大評価してしまうのか? 認知科学者のコンビが行動経済学やAI研究などの知識を結集し、「知ってるつもり」の正体と知性の本質を明かす

 

 

こちらの書籍、トランプ大統領全盛期やブレグジットが話題になっていた時期に、「なぜ人は薄っぺらな主張に流され、浅はかな判断をするのか」的なテーマを念頭に執筆されたもののようです。

 

 

本の前半は「人間はいかに自分の知識を過大評価しているか」というもので、あらすじにもある通り、自転車や水洗トイレについて「知っている」つもりであっても、じゃあ「なぜ自転車のペダルをこいだら前に進むのか」「水洗トイレのレバーを操作したら水が流れるのはなぜか」説明できる人ってほとんどいないよね……ということから始まります。

 

続いて、人間は自分の知識を過大評価する傾向にはあるけれども、それは決して悪いことではなく、むしろ複雑すぎるこの世界をなんでも理解・記憶することの方が無理で、自分の頭の中にはごくわずかな情報だけを残して他の人々のなかに蓄えられた知識を活用できるように人は進化してきたし、そうした分業的理解に支えられて人類は偉大な文明を発展させてくることができたということを解いてくださいます。

逆に、漫画的に「人生のあらゆる場面を記憶している人」がたまにいらっしゃいますが、彼らはものすごくしんどい思いをしていることが紹介されるのが示唆的。

 

要するに、は「自らの脳の内側にある知識も外側にある知識もシームレスに活用できる」強みを持っており、個人の賢さも大事だけれど、個人が属するコミュニティの賢さとそれを支える多様性が大事だ、というのが本著のメイントピックスになります。

言われてみればなるほどと思いますし、いいこと言ってはる感じがしますね。

 

 

一方で、本の後半では、こうした人類の強みである知識のコミュニティも万能ではなく、テクノロジー、宗教、政治、金融、等々の難しい題材になってくると「コミュニティのみんなが反対しているから反対(反対している対象の中身はよく知らないし理解する気もないけど分かった気にはなっている)」という「集団浅慮」を招いたり、先鋭的な思想・行動をもたらしたりする危険性を突き付けてくださいます。

 

この本の書かれたトランプ大統領時代、ブレグジット、あるいは日本でも新聞やテレビやネットで起こっている論争等々を振り返れば、古今東西よく分かる事例ですね……。

本の中でもオバマケアに賛成している人も反対している人もオバマケアの中身はぶっちゃけ知らなかった」といった事例が次々に紹介されてまいります。

 

 

その上で、本の終盤では、人類がより合理的な選択に誘導するような仕掛けを意識的にデザインのなかに整備したり、一人ひとりのリテラシーを磨いたりするといいよねですとか、そもそも人が自分の知識を過大評価する「錯覚」も新しいことや困難なことに挑戦する自信をもたらすポジティブ効果もあるんだから悪いだけのものじゃないよねですとか、明るい方向で締めてくれているのが好印象。

「人類終わってるわ死ねバーカ」みたいな方向に持っていかず、プラスの方向で話を終えてくれるのって大事やと思います笑。

 

 

本の中身はこんな感じですが、湧いてくる感想としては「人は一人ひとりの賢さも大事だけど、属するコミュニティ全体の知性や多様性が大事……コミュニティ全体の知性を磨くために一人ひとりがどれだけコミュニティに貢献しているかが大事……なるほど、せやな……あれっ? 友達少ない人とかコミュニケーション力低い人にはものすごくおつらい話になってない!?」というのが。

 

本の中でも、偉大な英雄的人物……政治であれ学問であれスポーツであれ……がいかに多くの人の支えがあってこその偉業かであったり、最近の論文はどの分野でも学際的になってて単独執筆より共同執筆が増えているというお話であったり、コミュ力の重要性が素敵にほのめかされています。

 

世の中の親御様も、お子様の栄達を願って勉強を強いる際には「勉強だけ」にならぬよう、コミュ力強化の機会もふんだんに与えて差し上げるといいかもしれませんね。

各領域へのリテラシーを身に着けて判断力磨いて、コミュ力も高めで周囲の人の知性を自分の力のように活かすことができるような人って大成功間違いなしやと思いますけど、ほんまたっかいハードルやわあ。

 

 

最後に、本のなかで印象に残ったフレーズをいくつか。

私たちは共同してモノを考えるため、チームで活動することが多い。これはすなわち個人としてどのような貢献ができるかは、知能指数より他者と協力する能力によって決まる部分が大きいことを意味する。個人の知性は過大評価されている。これはまた、他者と一緒に考えているとき、学習効果は最大になることを意味する。

 

優れたリーダーは、人々に自分は愚かだと感じさせずに、無知を自覚する手助けをする必要がある。容易なことではない。目の前の相手だけでなく、誰もが無知であることを示す、というのが一つのやり方だ。無知というのは純粋に自分がどれだけ知っているかという話である。一方、愚かさというのは他者との比較である。誰もが無知なのであれば、誰も愚かではない。

リーダーのもう一つの任務は、自らの無知を自覚し、他の人々の知識や能力を効果的に活用することだ。優れたリーダーは個別の問題について深い知識を有している人々を周囲に配置し、知識のコミュニティを形成する。それ以上に重要なのは、優れたリーダーはこうした専門家の意見に耳を傾けることだ。

 

会社経営には慎重な人とリスクをとる人、数字に強い人と対人能力に秀でた人がみな必要だ。人と接する仕事では、数字にとびきり強いことがマイナスに作用することもある。顧客が安心できるのは、小難しい計算結果を次々と示し、相手を圧倒しようとしない営業担当者だ。

 

まずたいていの人は説明嫌いであるという事実、意思決定に必要な詳細な情報を理解する気も能力もないことが多いという事実を認める必要がある。しかし理解していなくてもなるべく優れた判断ができるように、環境を整えることはできる。

 

等々。

 

世の中ますます難しくなってまいりますけど、いまを生きる一人ひとりがご自身の力、周囲の力、また、ネットも含めた世界の力を上手いこと活用して、なんしか幸せに生きていくことができますように。