肝胆ブログ

かんたんにかんたんします。

「中世の罪と罰 感想」網野善彦/石井進/笠松宏至/勝俣鎭夫(講談社学術文庫)

 

復刊された「中世の罪と罰」で語られた仮説が、非常に切れ味鋭い一方、現代の視点で読むとかなりスレッスレなことを闊達に提唱していたりしてドキドキとかんたんいたしました。

 

bookclub.kodansha.co.jp

 

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「やーい、お前の母ちゃん、でべそ!」

誰もが耳にしたことがありながら、よく考えると意味不明なこの悪口。そこに秘められた意味とは? ありふれた言葉を入り口に、今は遠く忘れ去られた日本の姿が、豊かに立ち上がる。


「お前の母ちゃん…」のような悪口が御成敗式目にも載るれっきとした罪であり、盗みは死罪、犯罪人を出した家は焼却処分、さらに死体の損壊に対しては「死骸敵対」なる罪に問われれた中世社会。

何が罪とされ、どのような罰に処せられたのか。

なぜ、年貢を納めなければ罰されるのか。

それは何の罪なのか。

10篇のまごうかたなき珠玉の論考が、近くて遠い中世日本の謎めいた魅力を次々に描き出す。

 

稀代の歴史家たちが、ただ一度、一堂に会して究極の問いに挑んだ伝説的名著、待望の文庫化!(原本:東京大学出版会、1983年)

 

 

解説(桜井英治・東京大学教授)より

本書を通じてあらためて浮き彫りになるのは、中世社会が、現代人の常識や価値観では容易に解釈できない社会だということ、つまりそれは私たちにとって彼岸=異文化にほかならないということである。……日本中世史研究がまばゆい光彩を放っていたころの、その最高の部分をこの機会にぜひご堪能いただきたい。

 

 

【主な内容】

1 「お前の母さん……」 笠松宏至
2 家を焼く 勝俣鎭夫
3 「ミヽヲキリ、ハナヲソグ」 勝俣鎭夫
4 死骸敵対 勝俣鎭夫
5 都市鎌倉 石井進
6 盗 み 笠松宏至
7 夜討ち 笠松宏至
8 博 奕 網野善彦
9 未進と身代 網野善彦
10 身曳きと“いましめ” 石井進

討論〈中世の罪と罰〉 網野善彦石井進笠松宏至・勝俣鎭夫

あとがき 笠松宏至
あとがきのあとがき 笠松宏至

文献一覧

解 説 桜井英治

 

 

長く引用しました通り、中世の法制史そのものを語る本ではなく、中世の法の背後にある当時の意識・価値観・倫理観について大胆に語ってみる内容の本になっています。

 

 

現代の「お前の母さんでべそ」……に至る以前、中世でも母親にまつわるタブー的悪口が存在したとか(内容は伏せます)。

 

荘園領主が犯罪者の家を焼く行為は、財産を奪うということより、犯罪による「穢れ」を除去する行為、すなわち「祓」の一種だったのではないかとか。

 

あざむく系の罪を犯した者に加える耳・鼻そぎ、焼き印、(女性の)髪切りは、犯罪者を異形の姿に変えることそのものを目的にしていたのではないかとか。

 

死骸にも霊力や意志が宿っていると考えられていたため、死者に対しても磔等の処罰を加えていたのだろうとか。

 

都市鎌倉の周縁部に見られたカオスだとか(詳細は伏せます)。

 

フロイスさんたちがびっくりするほど、当時の日本社会が盗みに対して厳罰(処刑)を以て対していた思想的背景ですとか。

 

夜討ちは犯罪か武士の習いか、昼と夜を分かつ暗黙のルールとは、ですとか。

 

博打が徐々に犯罪として厳罰化されていった思想的背景ですとか。

 

年貢は義務か契約か、ですとか、犯罪者の奴隷化および年貢未納者の奴隷化ですとか。

 

 

様々なテーマに対して大胆な仮説を述べられている訳ですね。

もちろん、いずれも思い付きで話されている訳ではなく、中世の史料をもとに論筋を構築されております。

 

 

読ませていただいた感想としては、いずれも非常に切れ味鋭い考察でして、著者の方々あたま良いんだろうなあとかんたんさせられますので、学問をする人等にとっては頭脳の使い方の好事例として刺激的なテキストになるのだろうと思います。

個人的には、後半に出てくる荘園領主と年貢と出挙と債務奴隷等、荘園統治実務のバックボーン的な内容のところが一番好奇心を抱きました。

 

一方、前半のパートは、「穢れ」「祓」「異形の存在」「死骸の霊力」等、確かに中世の価値観としてなるほど感がありつつも、現代ではかなりデリケートな扱われ方をする言葉を軸にした論説が続きますので、相応の説得力を感じつつも、人に話したり軽々しく借りパクしたりするのは相応しくないだろうという気持ちになります。

端的に言えば、SNS向けではないというか。

「穢れ」「祓」「霊力」のようなワードは、歴史を解釈する上で便利過ぎるような印象もありますので、優れた仮説として敬意を抱きつつ、尻馬に乗って言葉を借りたりするのは一旦やめておこうと思いました。

 

 

討論内容も含め、この本はあくまで切れ味鋭い仮説や思考過程を学び楽しむ本だと思いますので、書いてあることをそのまま真に受けて「中世はこうだったんだ」とか断言してしまうことのないように気をつけてまいります。

 

 

以上、あえて細かなことを紹介せずにぼわっとした感想だけ書いたので、あまり良質な記事になっていなくて恐縮です。

下手に面白そうな部分だけを切り取って引用すると、中世人の倫理意識に対する偏見を生んでしまいそうなので!

 

 

人の、「罪と罰」に対する価値観がどのように誕生し、変容していったかというテーマは好きなので、中世に限らず、これからも各領域で掘り下げられてほしいですね。

 

今も昔もこれからも、やむを得ず罪を犯すような方がむやみに増えませんように。