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かんたんにかんたんします。

大相撲2023初場所感想「霧馬山関をもっと褒めて」

 

大相撲が2023年も元気に始まりまして、初場所の霧馬山関や琴ノ若関や阿武咲関の躍進にかんたんしていたのですがなぜか霧馬山関だけは相変わらずまったく話題にならないので不思議でなりません。

 

貴景勝関が久しぶりに優勝して番付秩序の重みを示してくださったのは大変喜ばしく思っているのですけど、貴景勝関が霧馬山関に負けた次の日のニュースは貴景勝関の調子とか綱取りとかを報じる内容ばかりで、なんで誰もメキメキ力をつけている霧馬山関について語らないのか不思議でならなかったですわ。

 

www.sumo.or.jp

 

www3.nhk.or.jp

 

 

幕内で勝ち越したのは次の方々です。

 

12勝 貴景勝(優勝)

11勝 霧馬山(技能賞)、琴勝峰(敢闘賞)

10勝 大栄翔、阿武咲、一山本

  9勝 若隆景、若元春、玉鷲、竜電、錦木、

      遠藤、東龍

  8勝 豊昇龍、琴ノ若、翔猿、阿炎、碧山、

      平戸海、宝富士

 

 

と、上で書いた通り霧馬山関が話題にならないことにやきもきしててもっと人気出てほしいなと思いつつ、技能賞を得ているあたり、協会の親方たちは霧馬山関の成長をしっかり評価してくれているんでしょうね。

本当に、三役で三場所連続勝ち越しってけっこうすごいと思いますし、速攻も技術も見ていて面白い、マジで見どころ多いので、話題性もついてきてほしいっす。

 

今場所、印象が良かったのは霧馬山関に加え、琴ノ若関と阿武咲関ですね。

三人ともどんどん調子が良くなっているのでまだまだ強くなっていきそう。

 

昔から推している大栄翔関が久しぶりにたくさん勝ったのも嬉しい。

若隆景関・若元春関が兄弟W三役で勝ち越したのもすごい。特に若元春関の技術面の成長も嬉しく観戦できました。

錦木関も渋く見どころ多かった気がする。

 

あと、遠藤関がどこか痛めているのか、明らかに本調子に見えないのに器用な戦術で星をしっかり上げているのに感心しましたね。本当に引き出し多い人。

 

 

残念だったのは栃ノ心関の休場、そして隠岐の海関の引退ですね……。

隠岐の海関のような存在が去っていくのは寂しくてならない。

名前は出しませんが幕内に残っているベテラン勢がさいきんあまり元気ないので(除く玉鷲関)、皆さんもうひと奮起いただきたいなあ。

 

その一方で、朝乃山関が十両で優勝したうえ連日取組動画がNHK人気ナンバーワンと期待の高さが伺えたり、私の推している武将山関がいよいよ幕内入りしそうだったりと、十両勢の充実がいまはハンパないので相撲界の先行きはとても楽しみなんですけどね。

 

 

今場所は貴景勝関の奮闘があって、三役の若手も力強くて、いい意味で番付が効いていましたね。こういう場所を今後も年の半分くらいは見せてくださいますように。

 

 

 

 

「じゃりン子チエ 文庫版33巻 感想 集合絵が終わりの近さを感じさせて寂しい」はるき悦巳先生(双葉文庫)

 

じゃりン子チエ文庫版33巻、カバー絵の集合絵がいよいよ最終回が近づいていることを実感させてくれて寂しくなりました。

かんたんしながら読み進めてきただけに終わりが見えてくると切ないですね。

 

www.futabasha.co.jp

 

 

このカバー絵、見返しにサッちゃんやコケザルもいるんですよね。

 

 

 

当巻に収録されているお話は次の通りです。

 

  • 雨上がりのゴミ箱
  • 旅猫の求めるもの
  • 小鉄が消えた
  • 小鉄・ジュニア捜索隊
  • もうかくれていられない
  • そして小鉄が消えた
  • もう猫とはつき合わない
  • 光岩丸の帰郷
  • 暴れん坊の到着
  • 女子供の花火大会
  • 放蕩息子の帰還
  • テツの目覚め
  • サラリーマン・テツ
  • 素顔がこわい
  • 面接・実地訓練
  • 就職・待ったなし
  • 予約席の憂ウツ
  • 冷凍倉庫の面接
  • 面接・合格発表の日
  • 感謝感謝の特製料理
  • 鍋と授業料の夜

 

前半が小鉄とジュニアメインのどらン猫エピソード、

後半がテツによるヤクザ更生就職学校エピソード、

となっています。

 

 

以下、各登場人物の名ゼリフを。

 

 

チエちゃん&テツ

「それより借金は命で返す

 ゆう話はどうなったんや」

「ううっ

 い…命ておまえ

 バクチで親の命を……」

「テツの値打ちやったら

 百回は死んでもらわんとあかんで」

 

親子のカブ対決でチエちゃんに一方的に負けたテツ。

数百万円の借金を娘に負ったようです。

どんな親子やねん。

 

 

 

テツ

「しかしもったいないなぁ

 チエのあの勝負度胸……

 学校なんかやめて賭場に通たら

 ビルの二つや三つすぐに建つのに」

 

我が娘のバクチ強さをリスペクトするテツ。

内容はともあれ娘に一目置いているのはいいですね。

 

 

 

お好み焼き屋のオッちゃん(百合根)

「ジュニアの気持ちを分かりたいと

 長年いろんな呑み方研究して

 昨日やっと発見したんや

 清酒「大道楽」と「神無月」の

 絶妙な混合で

 猫語の分かる「猫一番」を

 作ることができるんや」

 

酔っ払うと猫語が分かるオッちゃん。

その秘訣は絶妙な日本酒ブレンドによるものだったのです。

どないやねん笑

 

 

 

ジュニア

「伝説なんてもんはその本人より

 その話をする連中のために

 あるようなもんなんや」

 

ある荒廃した村の救世主猫伝説を効いたジュニアのコメント。

メンタル系の話については若いのに達観しているのがまたかわいいのです。

 

 

 

村の猫たち

「袋をむくだけで

 手品のようにノリがおにぎりを

 包み込んで……」

「包み込むって……

 ノリとおにぎりは別々だし

 ノリの袋をはがす前に

 ノリがビリビリに」

 

コンビニから盗んできたおにぎりに翻弄される猫たち。

コンビニおにぎりに人間も翻弄されていた時代ですねえ。

 

猫たちの抗争の細かいあらすじは伏せますが、相変わらずの小鉄とジュニアの活躍、そしてオバはん(猫)たちの大活躍が楽しいエピソードでございました。

小鉄が婆猫に色気出されて怖気ついている顔がかわいいの。

 

 

 

チエちゃん

小鉄ちょっとこれ頼むわ

 分かってるやろ

 これ今年もろたお年玉や

 あんたにあずけとくのが一番やから

 命がけで守ってや

 

お年玉をテツから守るべく、小鉄に預けるチエちゃん。

小鉄への信頼が分かるいい場面なのですけど、「命がけで守れ」というセリフのキレが半端ないっす。

 

 

 

テツ&マサル

「なにがお年玉じゃ

 ガキが他人のフンドシでばっかり

 相撲取りやがって

 金欲しかったら自分で働かんかい」

「自分でて……

 テツ働いてないのに」

 

久々に登場したら、なかなかの切れ味のマサル

テツに追いかけられて一目散に逃げていくところが相変わらずかわいい。

 

 

 

チエちゃん

「正月明けの一発目から大はずれ

 マサルに一目おいてたウチガッカリや

 マサル最近調子落ちてるんちゃうか

 しっかりせんとマサルの出番なくなるで」

 

そんなマサルもチエちゃんの手にかかればいいところがありません。

物語の終盤を迎え、チエちゃんの無敵ぶりに拍車がかかっています。

 

 

 

テツ&おバァはん

「そ…そんなこと誰から

 ん…?!

 お母はんか」

「……

 昨日ばったりセンセと

 会うたもんやから」

「ば…ばったりてどこで」

「センセの家で」

「こ…こら~

 言いに行ったんか」

 

ヤクザをシバいて就職面接のアドバイスをして遊んでいたら、自分も就職面接を一緒に受ける羽目になったテツ。

花井センセや爺婆も楽しそうで何よりです。

 

 

 

テツ&おジィはん

「ほんま……

 全然見る眼ない

 スカみたいな会社やで」

(うっ

 きっとちゃんとした会社やったんやなぁ)

 

就職面接に元ヤクザ2名が無事合格し、自分は不合格になったテツ。

二人ともそれなりにショックを受けているのがしんみりきますよ。

 

 

 

チエちゃん&お好み焼き屋のオッちゃん(百合根)

「このお好み焼き屋のどこが気に入ったんですか」

「ど…どこて…

 気に入ってるのはその…

 まずオッちゃんがええ人やし」

「う…」

「それに値段も安いし

 味もなかなかおいしいし……」

「う…うんうん

 ほんならもしこのお好み焼き屋で

 仕事することになったら」

「仕事することになったらそらもう

 ウチメチャメチャ働くで

 客商売には自信があるんや

 ほんまやで

 働く少女ゆうだけでも珍しいのに

 年季まで入ってるんやから」

素晴らしい

 

一方、お好み焼き屋のオッちゃんは、チエちゃん相手に面接官ごっこをやってみたら100点満点の答が返ってきて思わずニッコリです。

チエちゃん、何一つ脚色抜きに素で答えているのですけど、就職活動の面接話法としては完璧すぎてほんま素晴らしいですね。

なんていうか、チエちゃんもテツみたいなヒモ男を養う女にならんかじゃっかん心配にはなりますけど。

 

 

 

 

以上、前半も後半も気持ちよくまとまった良エピソードでございました。

なんしかチエちゃんの無敵っぷりに一種の貫禄を感じさせられてしまいます。

 

 

どらン猫3含めあと数冊、無事に刊行されて、じゃりン子チエファンが裾野広く増えていきますように。

 

 

「じゃりン子チエ 文庫版32巻 感想 百合根の禁酒、チエちゃんの仇討ち」 - 肝胆ブログ

「帰って来たどらン猫2上下 感想 小鉄とジュニアの灘・有馬? 編」はるき悦巳先生(双葉文庫) - 肝胆ブログ

 

 

 

短編小説「松山新介重治 一万貫の夢 あとがき」

 

あらためてあけましておめでとうございます。

皆々様に今年もよいことがありますように。

 

短編小説「松山新介重治 一万貫の夢 1/5 松山新介 屋根を往く」 - 肝胆ブログ

短編小説「松山新介重治 一万貫の夢 2/5 鯰江又一郎 馬上を往く」 - 肝胆ブログ

短編小説「松山新介重治 一万貫の夢 3/5 松山新介 思い出を往く」 - 肝胆ブログ

短編小説「松山新介重治 一万貫の夢 4/5 井の内の蛙 大海を往く」 - 肝胆ブログ

短編小説「松山新介重治 一万貫の夢 5/5 三好長逸 うたかたを往く」 - 肝胆ブログ

 

 

 

松山重治さんの小説をまた書いてしまいました。

小説として三好家崩壊後の様相(畿内側)を想像、描写していくにあたり、見届け人にふさわしいのはやっぱり松山重治さんだろうなと。

松山重治さんはものすごく自由な上に何ができても不思議でない人物なので書いていて楽しいです。

現時点で世間的にはニーズレスな人物なので、自分が書いていて楽しければいいや100%な気持ちで気楽に書けるのがいいんですよね。

 

 

10000文字程度の短編小説なので、だいたい10時間くらいで書くことができます。

私の生活習慣に当てはめると、1-2週間据え置きゲームを我慢したら書けます。

書こうと思えばすぐ書けるのが短編のいいところですね。

 

書いている中で自分の頭が整理できたり、書く前には考えていなかった言葉がすらすら出てきたりする感覚がなかなか楽しくて、できばえどうこうよりも書くこと自体が素直に楽しいなあと思っています。

また、普段書いているブログは「●●すごい!」と人様のアウトプットにただただかんたんしている訳ですが、自分も素人なりに何かアウトプットしてみることで、人様のアウトプットのすごさをより実感できるようになる気がするのもクオリティオブライフ向上やなと。

 

 

そんなことを考えながら、昨年末にさらさら書きました。

 

松山重治さんの小説を書こうと思った直接の動機は、昨年の三好長慶生誕500年を受けた大阪府の三好展示祭です。

「大阪府 秋の三好祭 感想(大東市、高槻市、堺市)」 - 肝胆ブログ

 

ああいうパワーの入った展示を浴びせられると、自分もなんかしたくなるものですね。

 

折よく、探していた「戦国時代の流行歌 高三隆達の世界」というレア本も見つけることができて、これはもう松山重治さんの流れが(自分のなかで)来ているなと。

「戦国時代の流行歌 高三隆達の世界 感想 いい本なのに売ってない」小野恭靖さん(中公新書) - 肝胆ブログ

 

 

小説の中身、一万貫と三好長逸さんをめぐる話については、もともと三好長逸さんの最晩年をあれこれ想像していたことがひとつ、もうひとつは年末ジャンボ宝くじをモチーフにしています。

諸説ありますが戦国時代の一貫が現代の10万円程度とすると、一万貫で10億円。

イラスト界隈では「描けば出る」という概念があるそうで、じゃあ10億円の話を書いてみたら自分も年末ジャンボ当たるんじゃねと夢描いたのですが、あえなく外れました。

まさにうたかた。

 

それはそうとして、戦国時代の「信長包囲網」については武田家、浅井家、朝倉家、本願寺、そして足利義昭さんの動向がよく取り上げられるんですけれども、元亀年間の一瞬間だけは大きな三好家が突然復活して畿内情勢がひっくり返りかけていたんだよ、三好長逸さんや篠原長房さんたち超がんばったよね、ということも知られていくといいなと願っています。

 

戦国時代に流行した「夢幻」という言葉、織田信長さんを象徴する言葉である一方、松山重治さんらの唄声を通じて畿内の侍たちの耳を癒していた言葉でもあります。

成功した者失敗した者、現代で人気のある者知られていない者、人それぞれではありますが、夢幻のように儚く切ない一生を過ごした方たちに対して応分の敬意が当時も今も注がれ、鎮魂に繋がっているといいですね。

 

 

そんなこんなで三好長慶さん死後の三好家人気もじわじわ高まっていきますように。

 

 

 

 

 

短編小説「松山新介重治 一万貫の夢 5/5 三好長逸 うたかたを往く」

 

短編小説「松山新介重治 一万貫の夢 1/5 松山新介 屋根を往く」 - 肝胆ブログ

短編小説「松山新介重治 一万貫の夢 2/5 鯰江又一郎 馬上を往く」 - 肝胆ブログ

短編小説「松山新介重治 一万貫の夢 3/5 松山新介 思い出を往く」 - 肝胆ブログ

短編小説「松山新介重治 一万貫の夢 4/5 井の内の蛙 大海を往く」 - 肝胆ブログ

短編小説「松山新介重治 一万貫の夢 あとがき」 - 肝胆ブログ

 

 

 

三好長逸の生涯は、三好長慶の志を実現するためだけに費やされてきた。

三好長慶が生きていた頃は片腕として戦に政にと腕を振るい。

三好長慶の死後は彼が遺した三好家を担い、若き後継者三好義継を支えようとした。

「後から気づいたよ。それがしは、自分より優れた主君に仕えたことしかなかった。主君の命を遂行することだけが取り柄だった。何もご存じない主君と、主君の導き方を知らぬ家臣。上手くいくはずもない」

長逸と義継はほどなく手切れし、義継は松永久秀のもとへ。長逸は阿波の篠原長房と組んで。三好家の無益な内乱がずっと続いた。そのうち足利義昭織田信長の上洛が始まり、朋輩の多くを失った。

「悔いているのかい?」

新介と長逸は舳先で語らっていた。海賊衆や鯰江・蛙介は二人の間柄に遠慮して距離を取っている。

「悔いていた」

「つらかったろうな」

「つらかった。殿の築かれたものが次々と崩れていく。守るどころか、自らの手で壊していたのだ」

「察するぜ」

侍たちは“一期は夢よ、夢幻よ”と唄いあう。心底から現世を夢幻と思っているのではない。夢幻と信じたくなるほどにこの世が切ないのだ、儚いのだ。

「だが、それももうじき終わる」

「たいしたもんだよ。よくも三好家の連中を再び集めてみせたもんだ」

「お前は戻ってきてくれなかったがな」

「よせやい」

二人して笑う。新介が戻るとは長逸も思っていなかったに違いない。それでも長逸は新介に声をかけたし、誘われた新介も長逸の意気は感じた。

「“形”だけの三好家と思っているのだろう」

「ああ。本願寺を巻き込んだのも気に入らねえ」

「三好家が蘇ったのだと言っても、殿も若殿もいない。殿のご兄弟もいない。……宗渭も逝ってしまった。“三人衆”などと呼ばせてみたのも“形”が立っていたのかもしれぬ。……だが」

「だが?」

「これこそ殿の御遺志に叶っている気がしてな」

雲が流れて月明りを閉ざす。長逸の顔に深い闇が差し、表情が読み取れなくなった。

「ちょっと何言ってるか分からないな」

「殿はお亡くなりになる前、それがしや久秀、長房に“思うようにやれ”とおっしゃった。“力を合わせて三好を守れ”とはおっしゃらなかった。……今にして思えば、こうなることが殿には見えていたのではないか」

「…………」

「応仁の大乱から百年。殿であれば“天下を担うなら本気で担え。担えないなら疾く失せよ”とおっしゃる。そんな気がするのだ」

突拍子もないことを長逸が言い出した、とまでは新介も思えなかった。確かに三好長慶であれば、民より己のお家を大事にしたり、公方や管領家の如く何十年も内乱で世間に迷惑をかけたりはするまい。

「それで、分かりやすく三好の一党をまとめあげて、公方や信長に勝つなら勝つでよし、負けるなら負けるで皆できれいサッパリ消えたらいいって考えてるのかい?」

「いかにも」

星明かりが失せて闇は一層濃く。瞳の位置を正確には掴めぬまま、長逸と新介は見つめ合った。

――そして、大声で笑った。

「フフフ、フッフフフ。面白いな長逸さん。あんた、いますごく殿っぽいぜ」

「それは嬉しい。心から」

生涯を三好長慶に捧げた男に、三好長慶の精神が宿る。そんな奇跡があってもいいではないか。

「しかも、もう長くないんだろ?」

「分かるか」

「分かるさ。肝心なときにいなくなっちまう、そんなとこまで殿に似なくってもよ」

「先が見えてくると、お前の唄が無性に聴きたくなってな。……最後にひとつ、頼まれてくれるか」

「いいだろう」

「この船に積み荷をひとつ預けてある。新介に任せたい」

「よく分からんが、承知した」

雲間から星明りが差して長逸の口元を照らした。にっこりと笑っている。

「いい夢だった。礼を言う」

舳先に向かって後ろ歩きに長逸が進み、そのまま――背中から海に落ちていった。

トプンと小さな音が聞こえたほか、漆黒の海面にはもはや何も見当たらない。

異変に気付いた海賊衆や鯰江・蛙介が途端に騒ぎ出した。

「な、なんだぁ。三好長逸、海に落ちたのか? こんなの、秀吉様に何と伝えたら」

「見たままを言えばいい……“生死を問えず”だ。一万貫も水の泡だな」

 

蛙介は海賊衆とともに淡路へ戻って後始末、新介と鯰江はそのまま堺の港に下船した。

蜂屋に向かって歩き始めたところ、いつぞやの若侍たち五人が二人を囲む。

「ここで会ったが百年目! 松山新介、先日の借りを――」

言い終わらぬうちに、鯰江が一人、二人、三人と張り飛ばし、逃げようとする残り二人を追いかけていった。この旅では全然活躍できず、手柄も立てられず。鯰江は鯰江でうっぷんが溜まっていたのかもしれない。

ふと往来の酒屋を覗いてみると、あの津田自由斎が昼間っから呑んでいる。

「よぉぉ自由さん、奇遇だねえ。一緒にやろうや」

「貴様、とことん自由だな!」

「新ちゃんでいいさ、知らぬ仲じゃないんだし」

「ふん、次は負けん!」

言いつつ、酒を注ぎ合う。いつもより幾分強めの陽ざしが、酒を温めてくれた。

 

 

 

 

短編小説「松山新介重治 一万貫の夢 4/5 井の内の蛙 大海を往く」

 

短編小説「松山新介重治 一万貫の夢 1/5 松山新介 屋根を往く」 - 肝胆ブログ

短編小説「松山新介重治 一万貫の夢 2/5 鯰江又一郎 馬上を往く」 - 肝胆ブログ

短編小説「松山新介重治 一万貫の夢 3/5 松山新介 思い出を往く」 - 肝胆ブログ

短編小説「松山新介重治 一万貫の夢 5/5 三好長逸 うたかたを往く」 - 肝胆ブログ

短編小説「松山新介重治 一万貫の夢 あとがき」 - 肝胆ブログ

 

 

 

救出した井内蛙介から聞いた話をまとめるとこういうことだった。

新介の隠居後、蛙介は三好長逸に側近として拾ってもらった。

長逸は淡路にいて、阿波の篠原長房と密議を交わしている。

蛙介は長逸の使いで播磨に向かったところ、別所家の一派に奇襲されて捕らえられた。

長逸以外で、蛙介の播磨行きを知っていたのは船を出してくれた菅達長だけである。

長逸は近く、菅達長の手引きで堺へ渡ることになっている……。

 

そうして新介、鯰江、蛙介の三人は淡路までやって来たのだが、長逸は半刻前に船出したところだという。

「はじめから堺で待ってりゃよかったか」

「ワシは新ちゃんが来てくれて助かった」

「そうだな。蛙さんに生きてまた会えたのはよかった」

「安宅の連中が早船を出してくれる。あっちは商人のフリをして弁財船だから追いつけるはずだ」

「ええ……また船に乗るのかあ」

淡路に渡るまでの船酔いでぐにゃぐにゃになっている鯰江が呻く。

「こいつ、織田家の力士なんだろう。なんでこんなやつ連れてきたんだか」

「うるせえ……蛙が鯰に逆らいやがって……」

「フッフフ」

井内蛙介も、かつては松山新介のもとに集った荒くれだった。三好長慶の意向で松山軍団には畿内中のはみ出し者が集められ、その一人ひとりがよく働き、そしてよく暴れたものである。長慶の死、新介の隠居を経て軍団は解散してしまったが、いまも絆は強い。

「とにかく出航を急ごう。長逸様の身に何かあったら」

「さあてどうかな。俺はどうも、今回の一件は長逸さんの掌の上で遊ばれている気がしてきたぜ」

新介の顔には笑みさえ浮かんでいる。焦る蛙介、蒼白の鯰江、三者三様だった。

 

夜。海上の空は星が数多瞬き輝く。

長逸の船に追いついてみれば、菅達長の陰謀がちょうど挫かれたところだったらしい。一隻で出航したはずの弁財船が多数の安宅船・関船に包囲されている。新介には事態の成り行きがおおむね想像できた。

灯火に導かれ船と船の間を進み、弁財船に接舷して乗り移ってみれば、三好長逸その人がゆったりと背を帆柱に預けて立っている。新介と歳はさほど変わらない。顔立ちも新介に比べ地味である。だが、長逸には数百年を経た古木の如き風格があった。

「しばらくぶりだな、新介」

「“慰問”にきたぜ」

「いい頃合いだ」

静かな会話でありながら、得も言われぬ威圧感。日ごろ織田信長や木下秀吉を間近に見ている鯰江ですら長逸がまとう気配に圧倒され、(船酔いもあって)身じろぎひとつできないでいる。

「この顛末、さすがだね」

「あやつは理に聡いでな」

船上では、菅達長が周囲を取り囲む海賊衆に挨拶をして回っていた。菅氏は淡路島で安宅本家に次ぐ海賊衆である。三好長慶の末弟安宅冬康が健在の頃は、冬康の人柄と器量によって海賊衆は自然とまとまっていた。冬康がいなくなって以降、彼の役目を継ぐほどの人物は出てきていない。

菅一族の中でも達長は有望な若手と名高いが、長逸を手土産に足利・織田方へ寝返ろうという魂胆は長逸自身にすっかり読まれていた。長逸と篠原長房によって隠密裏に手配された阿波海賊衆に囲まれ、裏切る意欲もすっかり失せてしまったらしい。裏切る気などなかったかのような愛想を精一杯繕っている。

「下心ありそうなやつをあぶり出すために、織田方の策を放置してたのかい」

「それもある」

これで菅達長はしばらく派手な動きは起こせない。面目がつぶれて足利・織田方に内通するのも当面は難しいだろう。三好家に仕え続けるか、他へ寝返るにしても遠方の毛利家くらいしか頼れる者はいない。

「ま、蛙さんを褒めてやってくれよな。こうして広い海原の上で巡り合えたのは蛙さんの働きだぜ」

「ああ。いつも助かっている」

この一言で、蛙介が肩を震わせ泣き始めた。長逸が部下たちからどのように慕われているか分かる。

蛙介が自分の配下時代よりも大きな世界で生きていることが察せられて、新介も嬉しかった。

「じゃあ、始めようか。何がいい?」

「唄を。松山新介の唄を所望する」

目で了承し、新介が息を吸った。

何かが始まる。皆が口を閉じてその時を待った。

残った音は波と風のみ。これらが伴奏となって構えた。

――世の中はちろりに過ぐる ちろりちろり――

――何ともなやのう 何ともなやのう 浮き世は風波の一葉よ――

――何ともなやのう 何ともなやのう 人生七十 古来稀なり――

――ただ何事もかごとも 夢幻や水の泡 笹の葉に置く露の間に あじきなき世や――

――夢幻や 南無三宝――

――くすむ人は見られぬ 夢の夢の夢の世を うつつ顔して――

――何せうぞ くすんで 一期は夢よ ただ狂へ―― 

朗々。

かつて新介の声を流星と評した者がいた。

夜の空に、皆の胸に絵筆を払うかのような響き。

長逸は両の腕を宙に掲げながら、瞼を閉じて全身で味わうように聴き入っている。

蛙介は声を立てずに嗚咽し、鯰江はただただ呆然と場景を見つめている。

新介は唄い続けた。

思い出も前途も消え失せ、目前の長逸をただ慰撫するためだけに唄い続けた。

 

 

続く

 

 

 

短編小説「松山新介重治 一万貫の夢 3/5 松山新介 思い出を往く」

 

短編小説「松山新介重治 一万貫の夢 1/5 松山新介 屋根を往く」 - 肝胆ブログ

短編小説「松山新介重治 一万貫の夢 2/5 鯰江又一郎 馬上を往く」 - 肝胆ブログ

短編小説「松山新介重治 一万貫の夢 4/5 井の内の蛙 大海を往く」 - 肝胆ブログ

短編小説「松山新介重治 一万貫の夢 5/5 三好長逸 うたかたを往く」 - 肝胆ブログ

短編小説「松山新介重治 一万貫の夢 あとがき」 - 肝胆ブログ

 

 

 

新介旧縁の播州清水寺に投宿して三日。

東播磨は四国の三好一族や摂津の池田氏、その配下で急速に存在感を増してきている荒木村重等々との音信も盛んである。陸路で摂津、海路で四国と繋がる要衝であり、三好長逸が潜伏するには好適と考えられた。

新介は播州清水寺や地元国人藤田氏等々と旧交を温めつつ、さりげなく情報を引き出している。

鯰江は、当初は新介の人脈の豊かさに感心したりしていたが、途中から飽きてしまって播磨の美味いものを食べることに専念している。彼の本分は力士であり、人探しよりも体重増量の方を優先してしまうのは仕方ないのかもしれない。この様子を秀吉が見たら鯰江の査定を下げるだろうと新介は想像した。

「長逸さんの身柄に一万貫を懸けたやつは天才だぜ」

「だろう?」

「ああ。一万貫っていう“夢”のある響きがいい。どんな奴でも人生一発逆転を考える」

敬う秀吉のことを褒められて鯰江が無邪気に喜んでいる。

世の情勢は三好方優位に進んでいた。播磨も摂津も足利・織田方は次々と陥落している。だが、新介が掴んだ諸将の生の感情は、「一万貫」に揺れているのが見て取れた。足利義昭はともかく、織田信長は銭のことで嘘をつかないという信用はある。一万貫、またはそれに匹敵する権益を得られることは疑いない。各地の国人衆だけでなく、荒木村重や阿波三好家の重臣層等、三好方の真ん中で一枚岩であるべき連中まで内心で天秤を見計らっている匂いがあるのだ。

――相思う仲さえ変わる世の習い――

新介の唇から歌が漏れた。

三好家と全面戦争をするには一万貫以上の銭がかかる。織田家にとってまず守るべきは濃尾であり、力は浅井家、朝倉家、長島一向一揆、次いで武田家の動向に備えねばならない。三好家の対応は最後。まして海を渡って淡路や四国へ遠征する余裕などあるはずもないのだ。それが、「一万貫の噂」であれば、無料で海を越えて広がり、今後の内応工作の布石にまでできてしまう。木下秀吉ならば、淡路や阿波・讃岐に手を伸ばしていくことを今のうちから見据えているのかもしれない。

「で、これからどうするんだい?」

「別所の一党が大事な“手がかり”を捕らえたらしい。そいつを確かめに行く」

東播磨の有力国人別所氏は、かつては三好家に従属していたが、三好家と同盟する浦上家への対抗もあって現在は足利・織田方に転じており、そのために三好方から動きを封じられている。「一発逆転」を望む一派がいても不思議ではない。

 

堅城で知られる三木城、その支城群のひとつ。

この界隈は丘陵地帯に加古川水系の支流が入り交じる地形で、本城である三木城はもとより、支城の選地や土塁等の造作も優れた防備力を誇る。

「この城は別所家重臣の三宅一族が受け持っていてな。ほら、戦でもないのに兵が見張ってるだろ」

「本当だあ。二、三十人はいそうだぞ。二人でこんなのどうすんだよ」

「この城の縄張りには穴があるんだ。川を遡って裏手に回るぜ」

「詳しいなあ」

「落としたことがあるからな」

三好長逸の指揮で新介たち荒武者が暴れまわり、三木城の支城をすべて陥落させたのはもう随分昔のことだ。それでも、その経緯があるからこそ、別所家は大っぴらに三好家へ反抗することを今も避けている。

 

城の裏手、巧妙に目隠しされている場所に、川から引いた水くみ場がある。離れた高台の木々のすき間から新介と鯰江が伺ってみたところ、三人の女が水をくみつつ、半裸で身体をぬぐっているのが見えた。

「女までいるってことは、世話が必要な“捕われ人”がいる訳だ。よしよし……ん、鯰さん?」

隣りの鯰江を見ると、ガチゴチに身体を強張らせ、女どもに目をくぎ付けにしている。

「い、いけねえよ……許しもねえのに女の裸を見ちゃいけねえ」

「…………お前さん、女も苦手だったのかい。ならちょうどいい、克服してきな」

新介が鯰江の背を勢いよく突き飛ばした。女のところへ一直線に斜面を転げ落ちていく。たちまち甲高い悲鳴が響いた。少しして、城から兵たちが駆け下りてくる。今のうちである。新介は鯰江が囮になってくれている間に城の周囲を更に回り、搦め手口からやすやすと本曲輪に潜入した。

 

「懐かしいなあ」

見張り二人を叩きのめし、槍を奪って進んでいく。あの頃は毎日がむやみに熱かった。褒められるのが嬉しくてしかたなかった。戻りたいとは思わないが、思い出すのは楽しい。年寄りの特権だ。

――ただ暇々求め遊び戯れん――

歌いながら、兵たちを槍の石突で一突きに気絶させていく。見渡したところ城に詰めているのは若い連中ばかりのようだ。堺の若侍、根来の自由斎、噂に踊らされるのは若者の特権なのかもしれない。

「きっといい思い出になろうよ〽」

もう一人。十人近くを打倒した頃には、残った連中は新介を遠巻きに囲むばかりでかかってこなくなった。弓矢を持っている者もいるが、飛んできた矢を何回か素手で掴んでみせると諦めたらしい。

「なんなんだジジィ。何者なんだよ」

「松山新介重治だ」

「ま、松山新介!」

ざわめきが広がる。“本物!?”“公方の兵を一人で五十三人も斬ったっていう”“バケモンかよ”“俺の親父、声かけてもらったことがあるって”、新介の武名は播磨では尾ひれがついている。

「ここに俺の友達が捕まってるって聞いたんでね。返してもらえるかい」

「は、はい!」

若兵たちの目が恐怖から憧れに変わっていた。この連中にしてみれば、「遠くの一万貫より近くの有名人」というところだろうか。

首尾よく目的の人物を取り返した。ようやく長逸に近づいてきたようだ。

 

 

続く

 

短編小説「松山新介重治 一万貫の夢 2/5 鯰江又一郎 馬上を往く」

 

短編小説「松山新介重治 一万貫の夢 1/5 松山新介 屋根を往く」 - 肝胆ブログ

短編小説「松山新介重治 一万貫の夢 3/5 松山新介 思い出を往く」 - 肝胆ブログ

短編小説「松山新介重治 一万貫の夢 4/5 井の内の蛙 大海を往く」 - 肝胆ブログ

短編小説「松山新介重治 一万貫の夢 5/5 三好長逸 うたかたを往く」 - 肝胆ブログ

短編小説「松山新介重治 一万貫の夢 あとがき」 - 肝胆ブログ

 

 

 

馬という生き物は、ちょっとやそっとの荷物に音を上げることはない。それでも鯰江又一郎という巨漢を運ぶのは骨が折れる仕事らしい。堺でも特に力自慢の馬を選んだのだが、ブフゥブフゥと息が弾んでいる。

素人じみた若侍たちですら新介の身柄を狙ってきたことからして、秀吉が撒いた噂に食いつく者は多かったようだ。ひとまず堺を脱出した新介と鯰江は、馬で北西へ向かっていた。

「新ちゃん、オレたちどこに向かっているんだい」

「播磨だ」

新介の読みでは、三好長逸は播磨か淡路にいる。畿内の三好勢力に指示を出すには、阿波や讃岐は遠すぎる。堺にいるなら新介が知らぬはずがない。足利・織田方が比較的おとなしく、畿内と四国の結節点、長逸が持つ人脈という点でも、播磨・淡路あたりが至当であろう。

「播磨かぁ、行ったことないや。何が美味いの?」

穴子と、田楽だな」

穴子は瀬戸内の漁場に恵まれ、田楽は生姜を効かした土地の味付けが乙なものである。

穴子かあ、楽しみだぁ」

「無事にありつけたらの話だぜ」

西国街道まで数里。裏道を選んだために人気は少ない。日暮れも近づいてきている。

新介も鯰江も気づいていた。後をつけてくる者が一騎。遠い。豆粒ほどの大きさ、顔かたちは分からない。や、どうやら黒髪総髪、黒の着流し……金飾りの佩刀、片手には棒?……少しずつ近づいてくる……。

「襲ってくるかな」

「鯰さん、騎馬での戦いは得意……じゃなさそうだな」

「馬に乗りながら戦うなんて、想像もできねえ……」

「おい、あいつが持ってるの、鉄砲じゃねえか」

「げぇ。鉄砲も苦手だあ」

「急ごう」

あの出で立ち、間違いなく上位の根来者の特徴。一騎で追ってくるということは腕に覚えもあるのだろう。二対一でも有利にはならない――

二人の馬が駆け始めようとした瞬間、“ダン”と爆ぜる音が聞こえた。同時に、すぐ前方の松の枝がはじけ飛び、馬の足元へ降ってくる。新介はかろうじて避けたが、鯰江は落馬して転げ落ちた。

「な、な、なんだあ」

「あの距離、しかも騎射で枝を撃ち抜くとはな。……鯰さん、立ってもう一度馬に乗れ。馬にしがみついて先に行くんだ。馬から身体を離すなよ、あいつら人間以外は殺生しないからね」

「し、新ちゃんは」

「足止め」

馬首を返して根来者に向かう。相手は器用に馬上で次弾の弾込めを済まそうとしている。

まだ遠い。次弾の発射は避けられない。蹄の音が頭に響く。風の音も混じる。根来者の面構えを視認。彫の深い顔立ち、整った口ひげと眉、鷹のような眼光。分かる、あと二呼吸で撃ってくる。

ならば。

即時、新介は手綱から手を放し、鞍の上に両立ちとなった。馬は勢いよく駆けたまま。常人離れした平衡感覚に身を任せ、あろうことか鞍の上で小刻みに足拍子を取って踊り始める。

これには根来者も少し驚いたらしい。銃の狙いを外し、新介の動きを両目で見つめている。

「自由! 自由かよ! 問おう、貴様が松山新介か!?」

新介は答えない。踊りの所作が大きくなっていく。両者の距離が更に詰まる。

再び銃の狙いを新介に合わせてきた。騎射の姿勢で不動の体幹、一厘もブレない射線。美しい。

今後は一呼吸で撃ってくる。――撃った。

直前に新介は飛んでいた。全身のバネと馬の勢いを使い、根来者の馬に向かって。

近距離、斜め上への跳躍。照準を合わせ続けるのは至難である。銃弾は新介の着物をかすめ――

新介は相手の馬に飛び乗り、根来者を背後から抱くかたちになっていた。

「捕まえた」

「吃驚! 松山新介、噂以上の自由者よな!」

「こちょこちょこちょ」

「ぶっ、むふふふ」

「フッフフ」

新介にわき腹をくすぐられ、腰が浮いたところに組み付かれ、二人そろって草っぱらへ転落。

転がる。湧き立つ草と土の匂い。着地の痛み、それ以上の興奮、からの間髪入れぬ新介の掌底。

 

気づけば根来者は大の字に。身体が指先まで痺れて動かない。愛銃は新介に見分されている。

「すごい腕だねえ。お前さんほどの鉄砲撃ちに会ったのは初めてだよ」

「口惜しいな! 口惜しいぞ!」

「三好家に仕返しできなくて、かい?」

「この津田自由斎が自由ぶりで後れを取った!」

「ほお。中身まで色男なんだねえ」

根来衆に津田氏という大物がいたことは新介も記憶している。津田の次代を担う男、というところか。

起き上がれない自由斎の脇に根来筒を置き、新介は自分の馬に乗って鯰江を追いかけていく。

 

新介の無事を見て鯰江が輝くように笑った。

「さっすが新ちゃんだ。やっつけてきたんだな」

「殺し合いなら負けていたかもしれんぜ」

三好家や懸賞金に執着している様子はなかった。自由に武を磨き、自由に成長していくことが本望の男なのだろう。ただ、今回は新介を捕らえるという役目の分だけ自由でなかったのだ。

陽が沈む。銀髪が朱に染まり、馬の脚に合わせてゆらゆらと揺れる。

久しぶりのヒリヒリするような戦いを経て、新介の中もまだ熱くたぎっていた。

 

 

続く