猿渡哲也さんの「エイハブ」単行本をようやく入手でき、圧倒的画力から繰り出される圧倒的超展開の連続と原典由来の圧倒的文学性とにかんたんいたしまして、確かに「やばっ最高傑作だよ・・・・たぶん」と作者がおっしゃるのも分かるなあと思いました。
猿渡哲也先生といえば平松伸二先生とのゆかりも深いレジェンド漫画家のおひとりで、かなりの作品数がありますのでどれが最高傑作と言えるかは実際難しいですね。
私も全作読んだわけではありませんが完成度でいえばこの「エイハブ」や「ロックアップ」、キャラクター魅力でいえば「タフシリーズ」「あばれブン屋」「傷だらけの仁清」あたりでしょうか。
個人的には「DOKURO -毒狼-」が猿渡哲也先生の作家的個性が濃密で大好きです。一闡提に血の粛清を!
「エイハブ」はメルビルさんの小説「白鯨」を漫画化したものでして、原典の白鯨は面白いけどめちゃくちゃ読みづらい作品なだけに1巻完結の漫画にしてくださるのはそれだけでありがたみがあります。まんがで読破シリーズの白鯨アナザーver.として加えてくれてもいいんじゃないでしょうか。
以下、展開はおおむね原作通りではありますが一応ネタバレにご留意ください。
物語は
主人公のエイハブさんが白鯨に捕鯨船仲間を皆殺しにされる
↓
ただ一人生き残ったエイハブさんは復讐者となり捕鯨船を率いる
↓
日本近海でついに白鯨にエンカウント
↓
ただ一人の少年を除いて皆殺しに遭う
という流れになります。
白鯨という神の化身と、「アハブ」という神に逆らいし者との戦い。
神に逆らった者にふさわしい無慈悲な展開と結末にただただ呆然ですね。
お話の中で、白鯨「モビーディック」さんは圧倒的なフィジカルと神々しさを見せつけて捕鯨船メンバーに絶望を超えた絶望をもたらしてくださいます。
この白鯨描写が猿渡哲也先生の超画力と異常に相性がよくて、この作品の大きな見どころとなっています。モビーディックさんが飛翔して捕鯨船に飛び乗り竜骨ごと船をへし折るシーンなんて地獄としか言いようがないもの。
終盤の毎ページ毎ページ気のいい捕鯨船メンバーが一人ずつ絶命していくシーンなんてもうたまらない。どんなに知的で理性的な好人物でもモビーディックからすれば歯クソでしかない。人類の価値観なんて神からすれば認識すらされないレベルの些事。
この神と人とのアンフェアな関係性を描き切っているという点で、このエイハブは確かに最高傑作という呼び名にふさわしい完成度だと思います。破壊描写と文学性が見事なまでに融合しているんですよ。
作品構成としても、めちゃくちゃ読みにくい原作と比べ、大半が鯨との戦いシーンに紙面が割かれていて非常に読みやすい。
一方で原作よりも大幅に描写を抑えた捕鯨ウンチクや人物描写シーンが、少ない分量でも選りすぐりの印象度を持っていて心に残るし、バトルの悲壮性を盛り立てています。
この緩急のバランスという点でも最高傑作と言えるかもしれません。
原作小説を自分色あふれる漫画作品に変換しながら、原典の魅力や描写やテーマは充分に活かし、1巻完結の読み進めやすいエンターテイメントにまとめる。さすがベテラン漫画家であります。
スターバックさんやクィークェグさんたち捕鯨船の好漢、
捕鯨や鯨油精製の工程、亀や豚脂肪、スターバックスコーヒー等の日常場面、
そしてエイハブ船長の執念と捕鯨砲と義足。
魅力あるエレメントの数々が、白鯨「モビーディック」さんの天災的暴力によって何もかも水泡に帰していく。一矢は報いたし、イシュメールさんだけは生き残ったけれども……。
エピローグでは、これだけのドラマに満ちた捕鯨産業すら、石油の発見とともに廃れていったことが描写されており、無常・無情を一層引き立ててくれています。
「大いなるもの」の魅力と理不尽を描き切ってくれているこの最高傑作が、願わくばこれからも多くの読者に恵まれていきますように。
まともに完成度が高すぎて、猿渡先生独特のネタ要素が少ないからかえって読者が増えなさそうで不安なんですよね笑。
思い起こせば、若い時代の鬼龍さんと一般格闘家との関係性も白鯨じみた圧倒的隔絶があったように思いますし、それが初期鬼龍さんの圧倒的魅力に繋がっていたようにも思います。
もともと猿渡哲也先生の作家性と「白鯨」は相性がよかったのかもしれませんね。