肝胆ブログ

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「戦国日本を見た中国人 海の物語『日本一鑑』を読む 感想」上田信さん(講談社選書メチエ)

 

戦国時代の日本社会を描写した中国(明)の書籍「日本一鑑」の概説書がついに発売されていてかんたんしました。

とりわけ大友家や島津家や三好家等、九州・瀬戸内・畿内の戦国時代に関心のある方は手に入るうちに一読いただくといいんじゃないでしょうか。

 

bookclub.kodansha.co.jp

 

 

16世紀半ば、戦国時代の日本をルポルタージュした中国人がいた。その後すっかり忘れ去られていた貴重な記録『日本一鑑』には、いったい何が書かれているのか。明清時代の中国を、ユーラシアの陸と海から大きな視点でとらえた著作で高く評価される著者が、日本の戦国時代を描き直す意欲作。
1523年、戦国日本の有力者、大内氏細川氏日明貿易をめぐって争い、中国の港町を争乱に巻き込んだ「寧波事件」は明朝に衝撃を与えた。密貿易と倭寇への対策に悩む朝廷の命を受けて、日本の調査のために海を渡ったのが、『日本一鑑』の著者、鄭舜功である。「凶暴、野蛮な倭人」という従来の先入観にとらわれない鄭舜功の視線は日本の武士から庶民におよぶ。生活習慣や日本刀の精神性、切腹の作法、男女の人口比など多岐にわたって、凶暴なるも礼節を重んじ、秩序ある日本社会を描いている。
また、日本さらに畿内への詳細な航路の記録は、当時の日本の政治・軍事状況を映し出す。九州の東西どちらを通るのか、瀬戸内航路か太平洋航路か――。しかし、大きな成果をあげて帰国した鄭舜功には、過酷な運命が待っていたのだった。
本書によって、日本の戦国時代は、応仁の乱から関ヶ原の合戦へという「陸の物語」ではなく、実は日本からの銀の輸出と海外からの硝石・鉛の輸入を主軸とする「海の物語」であったというイメージが、新たに像を結んでくるだろう。

目次
はじめに─―忘れられた訪日ルポには何が書かれているのか
序 章 中世の日本を俯瞰する
第1章  荒ぶる渡海者
第2章 明の侠士、海を渡る
第3章 凶暴なるも秩序あり
第4章 海商と海賊たちの航路
終 章 海に終わる戦国時代
あとがき

 

 

上記あらすじの通り、倭寇や日明(密)貿易を切り口に、日本・明それぞれの状況や登場人物の活躍を紹介してくれる良著だと思います。

海外勢による戦国時代の日本の描写はヨーロッパ宣教師の手によるものが知られていますが、来訪者の数で言えば明や琉球の人の方が当然多かったはずで、こうした観点での記録って貴重ですよね。

 

明の方々から見れば当時の日本人は圧倒的な野蛮な存在だと見做されていた訳ですが、日本一鑑の著者である鄭舜功さんは日本人・日本社会に相応の秩序や知性・精神性を見出し、教化することも可能じゃないかと来日してくれ、大友家や京の朝廷&三好家と一定の交渉に成功するも、明に帰国後は……という。

 

驚くのは、鄭舜功さんに限らず、登場する明の方々がことごとく末路がおつらいこと。倭寇問題に限らず、当時の明社会の難しさが察せられます……。鄭舜功さんや日本一鑑がもっと陽の目を見ていたら大友家や三好家の記録も豊かに残っていたであろうに残念なことです。

 

 

日本一鑑にまつわるエピソードで、印象に残ったものをいくつか。

  • 大内義隆さんが明の法律に基づいて中国の商人を裁いた話を耳にして、「日本人が明の秩序を受け入れる可能性」を見出す鄭舜功さん。

  • 日本人は人命を軽んじる凶暴な面があるが、その凶暴な力によって秩序が保たれ、文化も尊重されている。日本人が倭寇となって悪いことをするのは、中国から日本に渡った者たち(「流逋」)のせいである。と見做す鄭舜功さん。

  • 日本人の精神性をよく象徴するのが日本刀である。日本刀の殺傷力は高いが、日本社会で最も尊ばれる日本刀は「人を斬ったことのない刀」である。と考察する鄭舜功さん。

  • 大分(豊後)や高知(土佐)の魚の味を褒める鄭舜功さん。

  • 日明間の航路に関するルート考察、島名比定、必要日数考察、必要引用水量考察等々がどれも面白い。

  • 三好長慶さんについて、藤原氏の人と勘違いしつつ、「その祖先は武臣の子孫であり、いまは山城の刺史(長官)として、公正に政治を行って衆を服させている。夷国はみな彼をうやまっている」。鄭舜功さんの部下が京で聞いた話をもとにしているのか、鄭舜功さんが滞在した豊後でも三好長慶さんの評判がよかったのか。

  • 信憑性を担保できない仮説ではあるが、三好長慶さん&九条稙通さん&十河一存さん(矢野以清さん)の働きかけで、島津尚久さんを含む倭寇の活動沈静化に繋がった可能性。

 

等々。

 

 

海や船の視点から戦国時代を見る、

硝石や硫黄等の物資流通の観点から戦国時代を見る、

外交的視点から戦国時代権力のありかたを評価する等、

引続き研究が進んでいくといいですね。

 

鄭舜功さんの遺した足跡が徐々に知られるようになり、日本・中国双方で正当な評価に繋がっていきますように。

なんやかやありますけれども、現代の日中関係もおおきくは平和でありますように。