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「雨月物語 感想 透明度の高い面白さ」上田秋成さん / 校注:長島弘明さん(岩波文庫)

 

映画の雨月物語が面白かったので、あらすじくらいしか把握していなかった原文の雨月物語をあらためて読んでみましたところ、日本型ドラマのオリジン感、純粋に面白い部分を抽出して蒸留したような透明感が際立つ面白さでかんたんしました。

「読む能」とでも言いますか。

 

古典の文章に抵抗がなくて、短編の物語文を読みたい場合は雨月物語めちゃくちゃいいんじゃないでしょうか。江戸時代の文章なので平安期や鎌倉期ほど単語や文法も難しくないですし、この本には質の高い脚注もついているので理解が容易ですし。

有名武将もちらほら登場するので、戦国時代好きの人にもおすすめですよ。

 

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雨そぼふる薄暗き午後,あるいは皓々たる月の夜,この世とあの世が交錯する.荒ぶる先帝の怨霊,命を賭した義兄弟の契り,帰らぬ夫を待つ妻の悲しき末路,男にとりついた蛇性の女の執念…….中国や日本の古典をさまざまに取り入れ,美しくも妖気ただよう作品に仕上げた上田秋成(1734―1809)の珠玉の短篇集.「白峰」ほか全9篇を,平明な注と解説で.

 

 

目次は次の通りです。

凡 例
雨月物語』あらすじ

雨月物語

巻之一
 白 峰
 菊花の約

巻之二
 浅茅が宿
 夢応の鯉魚

巻之三
 仏法僧
 吉備津の釜

巻之四
 蛇性の婬

巻之五
 青頭巾
 貧福論

解 説……………長島弘

 

有名なエピソードも多いので、ネタバレすることはあまり気にせず、以下さっくりと内容と感想を書いていますのでご留意ください。

 

 

白峰

西行さんが崇徳上皇の霊に遭遇するお話。

崇徳上皇の陵(お墓)の寂しさに涙する西行さんの人柄の良さ、

平家滅亡を予測してうきうき喜ぶ崇徳上皇(霊)の哀しさ、

魔道に堕ちた崇徳上皇の姿を見て再び涙する西行さんの人柄のほんま良さ、

等々が胸を打ちます。

 

 

菊花の約

尼子経久さんを敵ボス役にして、男二人の友情と信義が発揮される話。

いつの時代も男同士のバディものはいい。

敵ボス役ながら大物らしい器量を最後に見せる尼子経久さんも格好いい。

 

 

浅茅が宿

妻を残して出稼ぎに出た男が家に戻ってみると……というお話。

映画の元ネタ。

舞台背景が享徳の乱だったことに気づいて驚きました。

足利成氏さん、上杉憲忠さん、東常縁さん等々の活躍を知ったいまとなっては没入感が深くなって満足度が高い。こういったお話を読むと、享徳の乱に対する印象や感情が重層的になって、自分のなかではいい読書経験だとしみじみ思うのです。

 

 

夢応の鯉魚

三井寺の僧で絵が上手い興義さんが魚になる不思議な夢を見る……というか魚に転生して世の中を垣間見る、不思議なお話。

お話も面白いのですが、挿入画が非常に漫画表現的なモダンさで、江戸時代の画家さんの表現力に一目置いてしまいます。

 

 

仏法僧

高野山へお参りに行ったら豊臣秀次さんや紹巴さんの亡霊に遭遇してしまうお話。

夜が明ける段になって、「いざ石田、増田が徒に今夜も泡吹かせん」と勇んで立騒いで消えていく秀次さん一行がいかついです。あの世で三成さんたちに嫌がらせし続けているんでしょうか笑。

いかついのに嫌らしさや小物臭さは感じないあたりに人物描写の冴えを感じるんですよねえ。

 

 

吉備津の釜

浮気して妻を捨てたら、妻の怨霊にブッ殺されるお話。

陰陽師シリーズっぽいお話でして、女の情の深さと恐ろしさを突き付けてくださるのがマジあなや。

妖怪譚がお子様に原始的なモラルを植え付けるのと同じように、怨霊譚も定期的にリバイバルされてアホな男性に引き際を思い知らせたらいいと思います。

 

 

蛇性の淫

いわゆる道成寺伝説の一種です。みんなで行こう和歌山県

能や歌舞伎の道成寺以上に、女の執着心の恐ろしさが強調されている点に目を引かれます。ラストの決着の仕方が「霊験あらたかな袈裟で包み込んで妖力を封じる」という、鬼太郎祖先霊毛ちゃんちゃんこみたいでありつつ風雅な感じもする方法なのも趣深いの。

 

 

青頭巾

高僧快庵禅師が食人鬼に成り下がったゲイ僧を成仏させるお話。

美少年を喪って魔に堕ちるありさまがドラマ性高い。

主人公快庵禅師のビクともしない高徳っぷりも世紀末救世主的なヒーローさがあって格好いいのです。

 

 

貧福論

蒲生氏郷さん配下の岡左内さんが黄金の精霊さんと語り合うお話。

お金に善悪はないので、徳や性格がどうであろうがお金はお金を大事にする人のところ、お金の稼ぎ方を知っている人のところに集まるのだ、というリアリズムあふれる内容がたまらない。現代にあっていよいよ注目されるべき訓話だと思いますわ。

人柄がいいからってお金まで集まるべきだというのは変な話ですし、お金を持っているから人柄もいいはずだというのも変な話なんですけれども、人物と貧富につい因果を見出そうとしてしまうのが人間のよくある勘違いなのでしょう。

 

 

 

 

以上の物語9本で200ページ程度。それでいて描写や展開は豊かで広くて、読後感も多くのものを得たかのような満足に満ちています。文字密度に頼らず、エッセンスの抽出力・蒸留力の高さによるものなのでしょう。

色あせない面白さがあると思いますのでおすすめですよ。

 

 

たまには私の夢にもイケてる人や精霊が現れてイケてる知恵とかを授けてくださいますように。怖くも哀しくもないやつでお願いします。

 

 

映画「雨月物語 感想 日本固有の美と物語の普遍性」溝口健二監督(大映) - 肝胆ブログ