吉川弘文館「列島の戦国史」シリーズの第一弾、「享徳の乱と戦国時代」が期待にそぐわぬ面白さ・完成度の高さでかんたんしました。
このシリーズ、とてもいいですね。
15世紀後半、上杉方と古河公方(こがくぼう)方が抗争した享徳(きょうとく)の乱に始まり、東日本の地域社会は戦国の世へ突入する。室町幕府の東国対策、伊勢宗瑞の伊豆侵入、都市と村落の様相、文人の旅などを描き、戦国時代の開幕を見とおす。
このシリーズは、各時代・地域の最新研究をバランスよく、かつ地域社会や文化の発展までを含めて整理してくださっていますので、目次を細かめにご紹介することが大事なのではないかと思います。
戦国時代とは―プロローグ
過渡期か独自の段階か
時期区分と地域の個性
本巻の狙い
一 室町社会と鎌倉府の変動
1 室町幕府と鎌倉府の成立
鎌倉か京か
初期鎌倉府
2 打ちつづく内乱
薩埵山体制
内乱の展開と諸地域の状況
上杉憲顕の復帰
公方と関東管領
鎌倉府の勢力拡大
稲村・篠川御所と奥州探題
3 鎌倉公方の滅亡
乱後の混迷
足利持氏の反幕府勢
鎌倉府包囲網の形成
外縁と変容する包囲網
二 享徳の乱
1 鎌倉府の再編
足利成氏の帰還
長尾景仲と太田道真
江の島合戦
成氏と上杉憲実
不穏な形勢
2 大乱勃発
上杉憲忠誅殺
古河公方の成立
幕府の対応
五十子陣の構築
堀越公方の成立
優劣決せず
3 乱の膠着化
足利政和の意向と立場
渋川義鏡の失脚
体制の移行
包囲網の綻び
包囲網の外で
三 混沌化する社会
一進一退
山内上杉氏家宰問題
五十子陣の崩壊
道灌、南へ北へ
足利成氏の進出
成氏と上杉方との和睦
2 都鄙和睦
武蔵・相模の戦い
追い込まれる景春
景春の乱の終結
都鄙和睦の過程
都鄙和睦の条件と実現
3 長享の乱
道灌謀殺
道灌の人物像
山内・扇谷両上杉の抗争
戦況の推移
越後・信濃の動向
奥羽の秩序と変動
四 都市と村落の様相
1 寺社の自治
鶴岡八幡宮と香蔵院珎祐
衆会と「被籠」
「悪党」事件
別当と供僧
検断と強問・喧嘩
喧嘩から合戦へ
都市と戦争
2 領主と在地のあいだ
佐々目郷白鬚神田問題
長禄四年年貢・反銭問題
台・洲崎の代官任用
寛正二年夫馬借用・年貢問題
代官と入部
3 在地の人々
百姓の代官拒否
珎祐と百姓
鑁阿寺領戸守郷
「強入部」
蒲御厨の公文・百姓
品川の有徳人
神奈川の蔵衆
五 旅する文化
1 連歌師宗祇と心敬
宗祇の東国下向
宗祇と長尾一族との交流
『白河紀行』の旅
心敬の東国下向
『ひとりごと』の執筆
「河越千句」と南奥の旅
大山隠棲と『老のくりごと』
宗祇と古今伝授
2 万里集九と太田道灌
万里集九の関東下向
太田道灌と学芸
江戸城の万里
万里の鎌倉行と交流
万里の帰還
3 旅と紀行文
聖護院道興と『廻国雑記』
堯恵と『北国紀行』
旅・交通・文化
六 踏み出していく社会
1 伊勢宗瑞の登場
「北条早雲」
駿河以前の盛時
駿河以後の盛時
足利政和の構想と挫折
2 宗瑞と伊豆・関東
堀越公方府の内紛
伊豆打ち入り
宗瑞、関東へ
戦乱の拡大
明応大地震と伊豆平定
伊豆打ち入りの意義
3 世紀末の状況
長享の乱の展開
今川氏親の動向
武田氏の内訌
上杉房能と長尾氏
動揺あるいは再編
ふたたび戦国時代とは―エピローグ
十五世紀末の東日本
戦国大名・戦国領主
戦国領主の勃興と下剋上
長い開幕ベル
あとがき
参考文献
略年表
目次からそのままハンド転記したのでとても疲れましたが、その甲斐あって、当著の構成がよく分かるかと思います。
詳しい方であれば、ある程度論筋を読み解くこともできるかもしれません。
近年、「戦国時代は東日本から始まった」という話を聞いたことがある方も多いかもしれませんが、当著においても東日本の戦国時代前夜から伊勢宗瑞(通説の北条早雲)さんの登場までを分かりやすくまとめてくださっていますね。
何から戦国時代というのは難しい話ですけど、エピローグの「長い開幕ベル」という素敵な表現が当著のスタンスをそのまま表しております。
享徳の乱で開幕のベルは鳴らされるが、そのベルは十五世紀後半を通じて鳴り続け、十六世紀初頭に至るということである。この間、待ちきれない演者の中には、上がりきらない幕の前に進み出てパフォーマンスを見せる者もいたりした。たいへん長い開幕ベルであったといえよう。
このリリカルな表現と歴史解釈、好きです。
本編全体は(あくまで私の素人理解ですが)各領域の最新研究を上手く集約しつつ、最新研究にありがちな先鋭的な見解については「紹介しつつ穏当な著者意見を添える」という大変バランス感覚のよい記述をしてくださっております。
伊勢宗瑞さんの伊豆打ち入りは中央政権の指示によるものなのか? ですとか。
「享徳の乱 中世東国の「三十年戦争」」峰岸純夫さん(講談社選書メチエ) - 肝胆ブログ
こういう、先鋭意見を無視せずに紹介して、著者の意見も添え、判断はある程度読者に委ねますよ、という幅をもたせた書き方。
私のように初心者だけどそれなりに突っ込んで学びたい、というスタンスの者にはありがたいですし、通史としての当シリーズにも相応しいと思いますね。
その他、個人的な感想、印象に残った点はざっくり次のとおりです。
- 上杉憲実さん、魅力的だなあ。
死去したのが長門の大寧寺とは知らなかったなあ。 - 長尾景春さんの評価が抑え目なのがむしろいいなあ。
過大視しすぎない方が長尾景春さんの魅力は引き立つと思う。 - 太田道灌さんの実像を細やかに分析してくれているので、これは道灌ファンは必見やなあ。上手いこと地域荘園での存在感を高めていく様、まさにやり手の戦国領主やなあ。
- 上杉房定さんの対文化人窓口・歓待っぷりが素敵だなあ。
京の人から見れば、東日本の玄関口的な役割だったんだろうなあ。 - 万里集九さん、確か下呂温泉でも見かけたなあ。
- 宗祇さんの古今伝授碑、三島で見かけたなあ。
- 記述は薄めだけど奥州情勢等も書いてくれているので、同時代で横串させるのはありがたいよね。
我ながら、いかにも素人感想だ笑
(参考:三島大社で見かけた碑)
力作シリーズの第一弾に相応しい良著だと思いますので、たくさん売れて読まれるといいですね。
こうした通史的シリーズが多くの人の目に触れ、研究的にも創作的にも、各地域間や各時代間の接合がますます進んでいきますように。
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