東日本の戦国時代後半通史を記した当著が、最新の研究反映、視点の広さ、読みやすさ等を兼ね備えたハイレベルな一冊でかんたんしました。
16世紀後半、関東では武田・上杉・北条らの領土紛争が激化、奥羽では伊達の勢力が急拡大する。戦乱の中で進化する築城技術や経済活動、領国支配の構造などを描き、織豊政権の介入で統合へ向かう東日本の姿を追う。
詳しい方が内容をイメージしやすいよう、細かめに目次を引用します。
統合へ向かう東日本―プロローグ
本巻の対象地域
戦国末期の東日本
大規模化する領土紛争と「国郡境目相論」
東日本の社会・文化史
本書の構成
一 三国同盟の崩壊と領土紛争の激化
1 越相同盟の衝撃
上杉・北条氏の抗争と周辺大名・国衆
今川氏の滅亡と信玄包囲網
越相同盟の成立
2 混迷を深める東日本情勢
「甲越和与」と信玄の小田原襲来
「御国」の論理の登場と諸城の築城・修築
越相同盟の破綻
佐竹氏の勢力拡大
3 甲相同盟の復活と東日本情勢
甲相同盟の復活とその影響
再度翻弄される東国諸領主
信玄の死と勝頼の家督継承
拡大する北条領国
二 群雄割拠の北関東・奥羽
1 佐竹氏の台頭と北関東・南奥羽
佐竹氏の南奧進出と白河氏
岩城氏と相馬氏
北関東諸氏の動向
北関東と南奥羽・越後
2 伊達・蘆名・最上氏とその周辺
天文の乱後の伊達氏
蘆名盛氏の活躍
最上義光の勢力拡大
大崎氏と葛西氏
仙道の領主たち
3 北奥羽の諸勢力
永禄~元亀期の南部氏の内訌
津軽の情勢
出羽小野寺氏と大宝寺氏
下国安藤氏と湊安藤氏
三 領国支配の進展
1 領国支配と軍事
家臣団構造
検地・貫高制
年貢・公事体系
諸身分集団の編成
軍勢の構成と軍制改革
東日本と鉄砲
2 城館と地域社会
本拠の城
重要支城
境目の城
城下の宿・町と「宿城」
東日本の築城技術
城館の維持管理と在番制
城破り・破城と「古城」
城館・街道の変遷と地域社会
3 領国経済の構造
東日本の城下町
宿・町・市
交通網の整備と伝馬制
貨幣流通
鉱山と産金・製鉄
陶磁器の生産と流通
軍需物資と戦争経済
四 十六世紀後半の東日本社会
1 過酷な戦国社会
頻発する自然災害・飢饉
止まぬ村落間相論
都市・寺社での紛争
大名間戦争による地域の被害
禁制・制札
半手・半納・半済
2 ひとびとの交流
東国への旅、西国への旅
使者・飛脚の往来
渡り歩く武士たち
移動する商職人、遍歴する宗教者
奔走する女性たち
東日本と唐人・アイヌ
3 文化・芸術・宗教
領主の年中行事
贈答品と食文化
東日本の武士と芸能
絵画・工芸品の制作と流通
五 迫り来る織田信長
1 信長の勢力拡大と東日本情勢
長篠合戦とその影響
足利義昭と甲相越三和計画
北条氏と「東方之衆」の激突
甲相同盟の破綻とその影響
2 天正年間前半の奥羽
佐竹氏の「奥州一統」
天正前期の伊達・蘆名氏とその周辺
天正前期の北奧
天正前期の出羽
奥羽諸氏と織田信長
3 武田氏滅亡と「東国御一統」
高天神城落城と新府築城
武田氏滅亡す
追い込まれる上杉景勝
滝川一益の上野入部と「惣無事」
六 豊臣政権の成立と東日本
1 天正壬午の乱と北条・徳川同盟の成立
大混乱に陥る旧武田領国
天正壬午の乱の展開
北条・徳川同盟の成立と「惣無事」
「沼田・吾妻領問題」の発生
2 秀吉の台頭と東日本
「織田体制」と秀吉・家康
小牧・長久手の戦いと沼尻合戦
秀吉の「富士山一見」計画
戦国期南奧の中人制
3 家康の上洛と東日本
信濃情勢と景勝・家康
秀吉の北条・徳川同盟攻撃計画
景勝・家康の上洛と「惣無事」
争乱止まぬ北関東・南奥羽
七 秀吉による東日本統合へ
1 強まる秀吉の介入
北条領国の総動員体制
北条氏規の上洛
「沼田・吾妻領問題」裁決
天正十六年の南奧・中奧
蘆名氏滅亡と伊達政宗の南奧平定
北奥羽の諸問題と豊臣政権
2 小田原合戦、そして奥州仕置
名胡桃城事件
小田原合戦の経過
家康の江戸入部と宇都宮仕置
奥羽仕置
奥羽再仕置
「天下統一」と東日本―エピローグ
地域の繋がりと断絶
地域的統合の進展
東日本の豊臣化の実態
あとがき
参考文献
関連地図
略年表
これだけ充実した視点を、よく通史としてまとめあげられたものですね。
素晴らしい。
本シリーズの特長としまして、やはり三章・四章で取り上げられる経済やインフラ、文化・芸術方面の記述に目を惹かれます。
とりわけ当著では、東国戦国社会の魅力であり、研究が進んでいる領域でもある「検地」「軍制」「城館」等の記述が豊富ですので、一般的な戦国時代ファンからすれば大変満足度が高いものがあるのではないでしょうか。
こういう領域って、いわゆる学術的な戦国時代研究(政治方面中心になりがち)ではあまり語られないことが多い一方で、一般的な戦国時代ファンからはむしろ注目を集めることが多いものですから、こうした通史本で一体的に語られることは喜ばしいことだと思います。
特に、北条家におけるこうした裾野が広い戦国時代研究の蓄積は凄いものがあります。この本でも鮮やかに描かれていますが、北条家も凄いし、北条家研究もすごい。そこから周辺の東国大名への研究の広がりや比較論もすごい。
率直に申し上げて、当シリーズでの叙述も含め、戦国時代に関する「最新の研究」は西国に比べて東国の方が成果量が多く、かつ成果が共有されている印象を抱いています。「大差」という訳ではなく、「やや」くらいの感覚論ではあるんですけど。
各研究者の質の問題ではなく、純粋に「量」で東国の方が勝っている感じというか。
現代での東国・西国の人口の違いや、西国は古代史や幕末に関心が寄っている点等が影響しているのかなあ等と想像しつつ。
そういう意味で、去年の大河ドラマが畿内中心だったのは良かったし、そのうち九州あたりの戦国時代を舞台に大河ドラマが製作されるといいのかもしれない。
そのほか、当著では「北関東」「南奥羽」「北関東・南奥羽と越後の関係」等、一般的にあまり取り上げられない地域的結合の視点から動向を記してくださっているのも魅力的ですね。
結果として伊達氏や上杉氏に加え、佐竹氏や蘆名氏の記述量が多いのもファン的に満足度が高いでしょうし、そこから個々の掘り下げに勉強や研究が進んでいけばいいなあと思います。
同じように、徳川家康さんが、本能寺の変後の東国社会の安定にいかに苦心していたかもよく分かる内容になっています。
こうした取り上げ方は「東国」という視点で通史を取り扱ったからこそでしょうし、甲斐あるハイクオリティな文章なので、東国戦国時代の入門冊子としても良いのではないでしょうか。
その他、個人的に面白かったのは
- キレた時のボキャブラリーが「ばかもの」になりがちな上杉謙信さん
- 東国でもたくさん流通していた備前焼
- 八王子城で出土したベネチア産レースガラス
- 南部氏等の下でアイヌ戦力が参加していた可能性
- 安東愛季さんが描いた「鷺の図」がイケてる
- 佐竹氏が北関東・南奥羽の結合を進めていく様がイイね
あたりです。
それにしても全体的に通史として文章が読みやすい上に、視点が広く深いので、著者の竹井英文さんすごいなあとかんたんしたのが一番印象的でした。
列島の戦国シリーズともども、当著が広く長く世に読まれますように。
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