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「織田政権の登場と戦国社会 感想」平井上総さん(吉川弘文館 列島の戦国史⑧)

 

列島の戦国史8巻(/全9巻)、いよいよ織田信長さんの登場であります。

現段階の織田信長さん研究を分かりやすく簡明にまとめてくださっていて、いわゆる「最近の研究だと信長さんは……」的な文脈に関心のある方には最適な内容になっていてかんたんしました。

分量も200ページ程度で読みやすいですし出典となる参考文献も整理されていますし、信長さんの研究や創作をやりたい方は読むといいと思います。

 

これまでの列島の戦国史シリーズにおいて各地域が緩やかに統合していったことを見てきたわけですが、織田信長さんやその後の豊臣秀吉さんにより、一気に列島全体の統合へ向かっていくダイナミズムを味わえるのは通史ならではでジンときますね。

 

www.yoshikawa-k.co.jp

 

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16世紀後半、信長は室町幕府に代わる政権を立て全国を統合へ向かわせた。将軍義昭の追放や社会の諸相から織田政権の実像に迫る。

 

 

内容をイメージしやすいよう、細かめに目次を引用いたします。

織田信長の時代―プロローグ

    革命児か平凡な大名か

    信長期の戦国社会

    織田弾正忠家

    若き日の信長

    桶狭間の戦い

    桶狭間後の東海地方

    尾張の国主へ

 

一 室町幕府の再興

 1 足利義昭の上洛計画

    足利義輝の死

    将軍候補の争い

    義昭の上洛計画

    美濃斎藤氏との戦い

    岐阜城への移住

 2 信長と義昭の上洛

    義昭の美濃入り

    六角承禎との戦い

    入京と畿内平定

    義昭の征夷大将軍任官

 3 室町幕府再興と信長

    再興した幕府

    准副将軍・管領

    幕府―織田の二重政権

    天皇からの推任

 

二 織田政権の成立

 1 義昭との微妙な関係

    対立の端緒

    五ヶ条の条書

    両者の思惑

 2 敵対勢力の蜂起

    朝倉氏攻め

    姉川の戦い

    大坂本願寺の蜂起

    志賀の陣

    三好義継・松永久秀の離反

    延暦寺焼き討ち

    三方ヶ原の戦い

 3 義昭追放へ

    十七ヶ条の意見書

    義昭の蜂起

    義昭の追放

    天正改元と譲位

    室町幕府の終焉

 

三 信長の覇権確立への道

 1 発足した織田政権

    信長と「天下布武

    長島と越前の一向一揆

    武田勝頼三河攻め

    長篠の戦い

    朝廷官位の叙任

    徳政と安堵・給与

 2 反信長連合との戦い

    柴田勝家の大名化

    安土築城と家督譲渡

    義昭の再起

    本願寺包囲と木津川口の戦い

    雑賀・根来寺の分裂

    上杉謙信との戦い

 3 本願寺戦争の終焉

    荒木村重の離反

    鉄甲船の建造

    大坂本願寺との和睦

 

四 戦国大名と織田政権

 1 東日本の大名との関係

    東北の大名と織田政権

    上杉・武田・北条氏との関係

    武田氏の滅亡

    北条氏の服属

    織田政権と「関東惣無事」

 2 徳川家康との関係

    徳川氏と武田氏

    松平信康事件

    同盟か臣従か

 3 西日本の大名との関係

    伊賀国の制圧

    丹波・丹後の平定

    山陽の大名と播磨攻略

    山陰の大名と鳥取城の攻防

    宇喜多氏と毛利氏

    長宗我部氏と四国情勢

    九州の大名との外交

 

五 織田政権期の社会と文化

 1 都市・村・城

    信長と京都

    信長と堺

    安土城下町

    織田政権下の郷村

    小牧山城岐阜城

    安土城の特徴

    城郭統制

 2 茶・絵画・文学

    信長と茶の湯

    信長と狩野永徳

    『信長公記』の世界

 3 織田政権と宗教

    講和後の本願寺

    織田政権と高野山

    安土宗論

    信長と仏教

    キリスト教への姿勢

    信長の神格化

 

六 織田政権の構造と限界

 1 信長の政策

    岐阜楽市令

    安土楽市令

    交通・流通政策

    織田政権と銭

    貨幣と石高制

    検地と指出

    城下町集住はあったのか

 2 家臣団の構造

    織田政権の家臣団

    佐久間信盛の追放

    多発する裏切り

    正月儀礼と家臣団

    織田政権の運営形態

 3 信長の死

    朝廷官位と譲位

    本能寺の変

    変はなぜ起きたのか

    中世後期社会からみた本能寺の変

 

信長が残したもの―エピローグ

    戦国社会の終焉

    信長の政権構想

    海外への視点

 

あとがき

参考文献

系図

略年表

 

 

織田信長さんに関わる視点が包括的に整理されていてありがたいですね。

 

一般的なイメージとの違い、最近の研究では~文脈という意味では、

  • 一章の「幕府・織田二重政権」→二章の「織田政権」というニュアンス
  • 六章の「楽市や兵農分離の実像とは」

辺りが注目ポイントでしょうか。

 

 

私個人として一番面白かったのは六章-2の「正月儀礼と家臣団」でして、

安土城を作って以来、安土への家臣団集合による正月儀礼は二回しか行っていない

織田政権の場合、家臣団が一斉に集まって行う恒例の儀式は正月儀礼しか確認できず、増やした形跡もない。信長と家臣団のつながりを再確認する機会は、他の大名・政権と比べても明らかに少なかったのではないか。儀礼が少ないというと、虚礼を廃する革新的な考え方といったようなイメージを抱く向きもあるかもしれないが、儀礼によってもたらされる効果を軽視すべきではない。こうした面からもたらされる織田家臣団の結合の脆さが、先にみた重臣の裏切りをもたらすもう一つの要因になっていたとみられる。

 

という視点は新鮮だなあと感じ入りました。

 

江戸時代は参勤交代に加え五節句や八朔など何かにつけて徳川幕府と諸大名の接点儀式を設けていたことで知られますし、確かに(プレ)統一政権にとってこうした儀式の重要性は軽視すべきでないのでしょう。

コロナ禍で行事や儀式が中止されがちな現代社会にとっても不安が湧く指摘ですね。

 

ただ、こうした儀式の乏しさ、あるいは家臣に起請文や人質を求めないことを以て、織田政権や信長さんの脇の甘さを指摘することはもちろん可能かと思いますが、私としては「勢力急拡大」「新興勢力」な織田政権と他の大名家を比較するのはそもそもあまり適切ではないのではという感想も抱きます。

信長さんたち首脳陣の人格・能力的問題というよりは、プレ統一政権としての実務整備が追いついていなかっただけなんじゃないの、他の大名家が同じようなプレ統一政権になったとしても同じような瑕疵は生じていたんじゃないの、という感触が。(あくまで印象論です)

 

畿内政権の三好家も、重臣を全員集めるような定例儀式はやっていなかった気がしますし(連歌で代替してた気もしますが)、長慶さんと実休さんの仲が微妙になって淡路島で仲直り? したりしてましたし、急速に勢力が広がった新興勢力の家中一体化施策というのはノウハウ蓄積前だったという面もあるんじゃないでしょうか。

日本企業が昭和期を通じて「社歌」「入社式」「幹部集合研修」「社内報」みたいな社内一体化施策を体得していったみたいに。

 

 

まあこの件に限らないのですけど、信長さん率いる織田家はとんでもないスピードで勢力が拡大した集団ですから、天正期の織田家と真に比較対象になる大名家ってあるのかなあという印象があります。

土地に腰を据えて勢力を充実させていた家と、全然知らん土地まで勢力拡げて中央政権の課題にも取り組んでと走り回っていた家との置かれた状況の違いってあるでしょうし。

や、比較整理はとても大事でどんどん研究が進んでいただきたいんですけど、そういう研究成果の上っ面だけ見て「織田家は●●家と比べてこういう施策をしていない、だから信長さんはたいしたことない」みたいなことを口にしてしまう方も世の中にはたまにいらっしゃるので、研究の周知って難しいなあと。

 

この本は、客観的に信長さんについて記載するよう努められていて、極端なアゲもサゲもありませんから、読者の皆さまにはそういうバランス感覚も評価していただきたいですね。

 

 

 

この他、これまでの列島戦国史シリーズを読んできた身からすると、四章で紹介される、各地の主要勢力がどれもこれも織田政権にお近づきになっていく様がたいへん感慨深いです。

明確に時代の変化を感じると言いますか。

当著では各地方の勢力について詳しい説明はされていませんので、興味のある地域の前史についてはシリーズの他の本をお読みになってもいいと思いますね。

 

いち畿内戦国史ファンとしては

この三好政権は幕府から離れた独自の政権で、朝廷を含めた京都の人々もある程度受け入れていたことから、織田信長の政権を先取りした事例ともいわれている(天野二〇一四)。

永禄元年(一五五八)に三好長慶足利義輝の和睦によって京都に幕府が復活するから過大評価は禁物だが、戦国大名たちの意識の上で幕府と将軍の存在がなおも大きかったことを考えると、それを相対化した政権として三好政権の出現は非常に重要であるといえる。

戦国社会の人々がずっと持ち続けていた「室町幕府の将軍(あるいはその候補となる足利一族)がすべての武士の上に立つ存在である」という固定観念を、信長は運と実力で覆していき、日本の政治構造を変えていったのである。信長以前にも三好政権という前例があり、また当初からの目標ではなく天正元年(一五七三)前後の政治情勢による結果論という側面もあるものの、右の意味で織田政権は政治史上重要であるといえる。

 

みたいな前史も一定踏まえた上で信長さんをきちんと高く評価されている文章に好感を抱きますし、

同様に

政策面では、豊臣政権のほうがかなり大胆に実施しており、織田政権はどちらかといえばほかの戦国大名と共通する要素が多い。戦国大名・織田政権と、豊臣政権との間では、段階差があるといえる。ただ、秀吉の政策も、何もないところから突如生まれたわけではない。たとえば豊臣政権が畿内で検地を大々的に実施しえたのは、織田政権下での服従や指出の実施などが下地として重要だっただろう。戦国時代に地域権力として大名が各地に成立し、それらが行った政策を踏まえて、豊臣政権の政策が生まれていったのである。

 

という評価には深く首肯させていただきたいところです。

織田信長さんは、前史から続く流れを更に前へ進めた。

織田信長さんが成し遂げたことがあって、次代の歴史が生まれていった。

信長さんに限らず、こうした通史的な目線はいつも心に置いておきたいですね。

 

 

最後に、信長さんと言えば本能寺の変ですが、当著のラストで陶晴賢さんの方がしっかりした謀反」と大寧寺の変の事前準備の確かさ・完成度の高さを褒めてくれていて嬉しかったです。

信長さんの本で陶晴賢さんが取り上げられると思っていなかったのでポジティブサプライズでございました。

いま大内家関係が大河ドラマになったら陶晴賢さんの配役は超美男が当てられるに違いなく、大内義隆さんとの愛憎シーンは非常に盛り上がるでしょうね。

 

 

 

これから先も織田信長さんがしっかり評価され、実像も虚像も愛される存在でありますように。

虚像であっても本宮ひろ志版やドリフターズ版の信長さん好きよ。

 

 

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